里帰り
バスタブの中に京子のバラバラになった首と四肢・・・そしてそれらの上にまるで捧げ物のように心臓が置かれていた。
俺は悲鳴を上げたまま、這いずりながら浴室を出た。
玄関に・・・玄関に!
もうダメだ。
プレゼンはどうでもいい。
逃げなきゃ。
そう思うが、腰が抜けたのか立つことが出来ない。
悲鳴を上げながら這いずってると、突然リビングの灯りが点いた。
驚いて見るとそこには・・・
「お帰りなさい、あなた。お待ちしてました」
優しい笑顔でリビングから現れたのは由衣だった。
「由衣・・・」
俺は涙と鼻水でベタベタになった顔で必死に笑顔を作った。
ああ、良かった・・・助かった。
俺は這いずりながら必死に由衣の近くに向かった。
まるで赤ん坊みたいだな。
「由衣。やっぱり俺にはお前しかいない。お前以外の女なんてみんなゴミだ」
そう言いながら由衣に抱きつく。
「嬉しい。私もです」
由衣は俺を抱きしめながら言った。
ああ、何て暖かいんだ。助かった。助かった・・・
「顔を上げてもらってもいいですか?お帰りのキスをしたいんです」
俺は子供のようにしゃくりあげながら顔を上げた。
もちろんだ。いくらでもしてやるさ。
「目を閉じて」
言われるままに目を閉じる。
気配で由衣の顔が近づくのが分かる。
そして由衣の唇が俺の頬に触れて・・・
次の瞬間、俺はまた悲鳴を上げた。
理解できない苦痛に。
由衣の歯が俺の頬を食いちぎろうとしていたのだ。
悲鳴を上げながら由衣を見ると、いつもの由衣の微笑みのままだった。
だが、異なるのは顔が血にまみれている事と、俺の頬が食いちぎられようとしていることだけ。
俺は子供のように泣き叫ぶと、床を転げ回った。
俺の頬が・・・食われた。
「美味しい・・・あの女よりもずっと。やっぱりあなたを選んで良かった」
俺はもはやまともな思考が出来なくなっていた。
怖い。痛い。助けて。もう嫌だ。血が止まらない。
そんな言葉が早回しされたテレビ画面のように高速で脳内を流れていく・・・
必死に玄関へ向かおうとする俺に由衣はあっさり追いつくと、俺に覆い被さってきた。
「愛してます、あなた。さあ、帰りましょう。私の・・・今は私たちか。二人の故郷に」
「なんで・・・」
泣きながらやっと口から出たその言葉に由衣は、驚いたように答える。
「あなた、言ってくれたのに。『お前の幸せのためなら何でもする』って。里帰りもいい、って言ってくれたでしょ?だから」
俺は叫びながら首を勢いよく横に振る。
こんなの・・・里帰りじゃ無い。
「そんな・・・そっか。言葉だけじゃ信じてもらえないよね。私ったらいつもそう。待っててね」
そう言うと由衣は服を全て脱いでいく。
血のにおいが満たす中での由衣の裸体は美しかった。
だが・・・その姿が変わっていった。
頭から角が二本生えてきて、口と鼻は前に伸びていく。
陶器のような肌からは毛のような物が生えてきていた。
これって・・・
そう、まるで子供の頃に本で見た・・・悪魔。
そうだ。
おばあちゃんの家で見たんだ。
でも酷いよ。
あんなに怖かったのに、なんでまた見せるの?
もうおばあちゃんなんて嫌いだ!
パパ、ママ、助けてこのお化け屋敷怖いよ。
もうおうち帰る!
「・・・大嫌いだ・・・ちゃんなんて・・・うち・・・かえる」
目の前のあくまはまたおねえちゃんにもどった。
おねえちゃんはにっこりわらって僕にいった。
「帰るためには成果が必要だった。愛する人の魂。あなたと一つになって、その魂を持って帰れば・・・もちろんああなたも一緒に。ずっと暮らしましょう。供物もさっき手に入れられたし」
おねえちゃんはそういって僕の左胸に手を当てた。
でも、そのあとすぐに凄く痛くなって大声を出しちゃった。
バキバキって変な音…もうやだ!
でも、僕のズキズキ痛むほっぺたに手を当てて「すぐに痛くなくなるから」とおねえちゃんが言ってくれたらふしぎとスーッと痛くなくなった。
僕、我慢できそう。がんばる。
だって、ぼく・・・おねえちゃん、大好きだから。
【完】
ホームシック 京野 薫 @kkyono
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
素人物書きの自分語り/京野 薫
★91 エッセイ・ノンフィクション 連載中 49話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます