さよなら、アンティーク
「そいつ」が僕の事を言っている事を理解するのに、しばらく時間がかかった。
「あの……
そう必死に言うと、やっと立ち上がってくれたので、一緒にベンチに座った。
「回りくどい言い方は嫌いだし、君にも悪い。だからハッキリ言った。ゴメン」
「あの……私を騙してたっていうのはそのこと?」
「アイツへの気持ちに最初に気付いたのは中学を出る頃だった。一緒の高校に行く、って聞いたときに酷く胸が高鳴った。俺の唯一のファンだからかな……と思ってたけど、それにしては自分で引くほど浮かれてた。そして、あいつに助けられて……学校に来なくなった。それを聞いたとき、俺は自分を許せなかった。そして……会いたかった。そこでハッキリ気付いたんだ。自分の気持ちに。アイツをあんな目に遭わせる事になった野球をもうしたくなかったから辞めた」
西館君はそこまで言うと、深く息を吐いて軽く頭を振ると再び話し始めた。
「こんな自分は変だと思った。普通じゃ無いとも。だから……アイツの顔もまともに見れなかった。そんな時、君を見かけた。すると何故か胸が高鳴ったんだ……だから……君なら……アイツを忘れられるかも、って思って。でも、この前アイツの家に謝りに行ったとき思ったんだ。やっぱり良樹を守りたい。アイツが好きなんだ、って」
そう言うと、西館君は立ち上がり深々と頭を下げた。
「俺は最低だ。何を言ってもいいし、何してくれてもいい」
港の灯りが僕らを照らす。
西館君は泣いてるんだろうか?
身体が微かに震えている。
僕は……?
僕は立ち上がると、西館君に近づきそっと……抱きしめた。
「大丈夫。謝らないで。大丈夫だから……あなたは何も悪くない。悪いのは……」
僕は途中で言葉を飲み込んだ。
口に出したくなかった。
言ってしまうと全てが壊れちゃう。
まるで、甘くて美しくて、すぐに壊れちゃうような飴細工みたいに。
僕は自分が大粒の涙を
あ……そっか。
僕の答えはもう決まってたんだ。
僕は西館君を抱きしめて、一緒に泣いた。
神様、どうか今この時だけは僕たち二人だけにして下さい。
他の人は誰も来させないで。
5分でいいから……
こんな砂時計のくびれた場所のような、歪な時間はきっと……もう来ないから。
「本当に……もういいの?」
佐和子さんが名残惜しそうに言うけど、僕は迷わず頷いた。
「うん。もういいよ。そのドレッサーはもう使わないから」
僕の言葉に佐和子さんは静かに頷いて、スマホを触る。
あの水族館の出来事の次の日。
佐和子さんに女装はもう止めることを伝えた。
それを受けた佐和子さんは、ドレッサーを売ることにしたのだ。
「それはいいんだけど……彼とも会わないって……」
「それも決めたんだ」
そう。
もう西館君には会わない。
「僕は嘘ついてたんだ。佐和子さんにも西館君にも、僕自身にも。ホントの自分で向き合うことをしないで、女の子になることでもう一人の自分になって、その子に代わりをさせていた。それで結局大事な人たちを傷つけていた。でも……もう止めたいんだ」
「私は良樹君の気持ちに従う。私もあなたをつなぎ止めるために、偽りのあなた……私がコントロールしやすいあなたを作ってた。だから……ホント言うと、これ処分できてホッとしてる」
佐和子さんは恥ずかしそうにそう言った。
本当の僕はこれから何を考えて、どう生きていくんだろう。
もしかしたら本当の僕はやっぱり、変身したいと思うのかも知れない。
その時は、その時の僕が望むドレッサーを買おう。
そして、自分の手で自分の心が望む自分に変わろう。
そして……誰を好きになるんだろう。
凄く我が
でも……本当の僕が、佐和子さんか西館君か。それとも他の誰か。
分からないけど、そんな人が見つかったらその時こそ、ハッキリ言えるのかも知れない。
さよなら、作り物の僕。
さよなら、アンティーク。
【終わり】
さよなら、アンティーク 京野 薫 @kkyono
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