第14話 小さな証人
* * *
「お疲れハリエット、解析班から許可をもぎ取ってきたよ。これが約束のものだ」
翌朝やってきたイライザを、ハリエットは家の裏手の工房で出迎えた。潤滑油で汚れた軍手を外しながら、「ありがとうございます」と笑う。その鼻の頭についていた鉄錆らしき黒い汚れを見てイライザがハンカチを差し出すと、ハリエットは照れたような顔で拭った。
「すみませんこんな格好で」
「私は別にいいが、セブンスさんの前では上を着た方がいい。今はそうでもなかったとしても、後々いたたまれない気持ちにさせてはいけないから」
「……」
ツナギの上を脱ぎ、薄手の下着だけの姿になっていたハリエットがじわじわと赤面する。
「もう家に出入りしたんだね? その服のまま」
「気にしてなかったです……」
「あはは、君がリラックスできている証と考えたら、むしろホッとするくらいだ。いたのが彼でなければ、もう少ししっかり叱っていたところだけれど」
「はい……」
眉を下げるハリエットに微笑みかけて、イライザは近くの台に乗せたカバンを開いた。ぼんやりと赤い光が漏れて、ハリエットたちの頬を微かに照らす。
「さて、君が止めてくれた運搬機の
過剰に発達した制御装置の要――
もちろんせっかく止めた機械をそのまま使うのは危険だから、馬力もサイズも落とした
そんなハリエットの提案に賛成したイライザが、警察隊の解析班に掛け合って提供してくれたのがこの記憶石だった。
ハリエットはカバンから記憶石を取り出し、作業台の端に置いていた「作品」を近くに引き寄せた。
安定感を与える一対の車輪と、推進力を生む二本の脚。運搬機の持つ移動機能を完璧に再現したその装置は、大きさだけは中型犬ほどになっていた。いわば運搬機のミニチュアと言える機械の
「運搬機に本来カメラは搭載されていないのですが、デルファイ・カンパニーで使用されていたものは管制システムから届く映像を前提に制御されていたはずなので……それを踏まえて設計したんです」
機体の前方、首の付け根のような位置にある小さなプレートを外しながらハリエットは説明する。外装を取り外した下にあるのは複雑に入り組んだカラクリと、やや大きい空洞だった。
「再現がうまくいっているといいけど――」
呟きながら記憶石を取り上げ、空洞に収める。カチリと音がして、神秘の鉱石は最初からそこにあったかのように制御装置に嵌め込まれた。
「入った!」
「いきなり走り出したりはしないのか?」
「まだ燃料を入れていませんし、念のため制御装置とは無関係に動力機関をオンオフできるようにしてありますから」
コンコン、と工房のドアが遠慮がちにノックされた。
「燃料の用意が終わりました。ハリエットさん、その……今、開けても構わないでしょうか?」
強めのためらいが感じられる口調。イライザが「手遅れじゃないか」という視線をハリエットに向けた。首をすくめながら上を羽織って、「ありがとう! 今そっちに行く」と声をかける。外に出る通用口を開くと、外の涼しい風が屋内の作業で火照った頬を冷やした。
「近くの空き地を使いましょう」
小さな運搬機を抱え、イライザとセブンスを家から少し離れた空地に案内する。地面にそっと下ろすと、機械は脚を前に投げ出すような姿勢で静止した。ハリエットは腕にかけていたロープをマシンの胴に巻きつけ、反対側の端を手に巻きつける。それからタンクを引き出し、セブンスが運んできた燃料を補充した。
動力機関に点火し、ストッパーを解除してから数秒。
カシャ、と音がして機械が体を起こした。
「おお、動いた」
「あとは、ちゃんと新しい身体に馴染んでくれるか……」
固唾を呑んで見守る二人と静かに立つセブンスの前で、小さな運搬機は新しく備わったばかりのカメラをゆっくりと回転させる。周囲を見渡すように慎重にぐるりと首を一周させ――突如として猛然と走り出した。
「わっ⁈」
強く引かれたロープがピンと張り、引き止められた車体が勢い余って宙に浮く。その場に叩きつけられてもなおカシャカシャと地面を掻く足が剥き出しの土を掘り、あっという間に地面を抉っていく。
「どこに行きたいの……?」
ロープが引っ張られる方向に、そっと足を踏み出す。途端に地面を掴んで駆け出したマシンにぐいっと引っ張られ、ハリエットは道へ飛び出した。
「ハリエット!」
「ハリエットさん!」
二人の声があっという間に遠ざかる。一目散に道を走っていく小さな運搬機は、曲がり角で止まって周りを見渡しては走り、また止まっては走りを繰り返した。
(こっちは……ウエスト・エリア?)
少しずつレプリカは西へ、そして層の中央へ向かい始めていた。元々の運搬機を止めた時にも、暴走する機体はウエスト・エリアへ疾走していたことを思い出す。
やがて小さな運搬機は家々の間の路地を抜け、下を見下ろせる穴の縁に辿り着こうとしていた。腰より少し高い程度の、粗い金網のフェンスに突き当たる。そこで止まる――そう思った時、マシンの脚が上へと振り上げられた。
車輪が力強く地面を押し、細い脚が金網を捉えて駆け上がる。
そして、小さな運搬機は下の層へと飛び出した。
メカニック・ガールは恋の設計図を知らない 木月陽 @came1ily_42
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