第18話 Flower Moonの軌跡

 意識を取り戻した健司は、事件当日の事を思い出していた。

輩が数人、現場で大声をあげみんなが困ってた。自分がそれを何とかしようと止めたかったが、相手はかなり手馴れている連中のようで、こちらの行動の上を行って居た。「厄介な連中だ」と思いながら、今後の対応を考えなけれがと思った。

 倒れた相手を起こそうとした途端、左の腰の上あたりに激痛が走り、力が抜けていく感じがして倒れたまでははっきりと覚えていたが、玲子が走り寄って来る光景が、おぼろげながらスローモーションのように、ゆっくり感じられた事が思い出される。

 一般病棟に移り、暫くして私服警官が病室にやって来て、事情を思い出しておいて欲しいと言う事だった。「改めてお伺いします。今日は経過を、お伺いしに来ただけですので。」と言って帰って行った。

 流石に40代の健司の回復力は早かった。あと数センチずれていたら絶命の危険もあったが、運も良かったのだろう。みるみる回復をし、トイレまでは自力で行けるようになって居た。入院した頃、病院の窓から見えた中庭の雪は、すっかり消えていた。


 東京に戻った玲子と和子が、仲が良くなるにはそれほど時間は必要なかった。

玲子が東京に戻ってから、初めて健司の自宅を訪ね、和子と彩と3人で食事をして以来、その関係は深まって行った。特に彩は玲子に懐き「玲子さん」と呼ぶ様になっていて、二人で買い物に出掛けたりする迄になって居た。

「パパは、いつごろ退院できるのだろう?」と言う。玲子が

「そそらく、それほどかからないと思うよ。今度病院に行ったら、先生に聞いてみる。前回お見舞いに行った時、自分で歩いてトイレに行って居た。」

「そうなんだ、楽しみだね、私も、もうすぐ2年生だから、パパ驚くかな?」

「そうね、彩ちゃんもこの数か月で、ずっと身長が伸びたよね。」といい、大人びて来た我が子を見るような目で彩を見ていた。

 東京では桜のつぼみが膨らみ始め、情報番組で早ければ来週位には、咲き始めるのではないかと言っていた。


 和子は、健司から預かっている離婚届を何時提出するか、彩の親権をどうするか悩んでいた。今の彩の成長を考えたら、たとえ両親が離婚しても、しっかり自分を保っている事が出来るだろうと考えた。例えば親権を自分が持つにしろ、健司が持つにしろ、自由にお互い会うことも出来るだろうし、玲子の存在も大きいと思う。

 中学2年生と言うと、多感で難しい年だが、全くそれを感じさせない。周りの大人の女性たちが、自分らしく生きているのを見て、自然と意識が自立出来ているのではないだろうか。

 玲子と話している時、和子が「もし、健司さんとあなたが再婚するなら、この家に住む事になるんだよね?」と言った。

「やだ、和子さん、まだ気が早い。私達、何にも始まって居ないのよ。」

「大丈夫、私と彩が健司さんのお尻叩くから。」と笑った。

「それじゃぁ、私とママは引っ越すの?」と彩が言うと「そうね、そうなるかな。」

「でも彩の学校の事があるから、近所になると思うけど。」

「そっかぁ。」と彩。すると玲子が、「パパの戸籍に残って私たちが3人で住む?」と言うと「それもありかな。でも、そしたらママが一人になっちゃう。それはダメだな。」と言うと、玲子が「私、何言ってんだろう。まだ何にも始まって居ないと自分で言っておきながら。」と言い3人で笑い合った。


 3月の末頃に健司の退院が決まった。

玲子と和子、彩の3人は健司の病室に居た。退院するので、荷物の整理とか、宿で預かってもらっていた荷物の整理をするため3人でやって来た。彩は既に春休みになっており、「早くパパに会いたい。」と言ってついて来たのだ。

 退院してから、旅館に戻り4人で食事をした。ささやかだけれど退院祝いと言う事で1つのテーブルを囲んで、健司と玲子が隣り合って座り、向かい側に和子と彩が座った。

「なんか変な感じだな。此れはどういう事なんだ?」と言うと和子が、「健司さんが入院している間に、私達、すごく仲良しになったんです。それで私、決心がついたんです。今日ここに来る前に区役所に離婚届を提出してきました。」

「おいおい、なんで今なんだ。もっとゆっくり考えて・・」と言いかけた時、

彩が「パパのそういう所がダメなのよ、いつまで玲子さんを待たせたら気が済むの?」と言った。健司はその発言に言葉を失い「なんで彩がそんなことを・・」と言いかけた時、和子が「3人ともみんな知っています、貴方が玲子さんに心を寄せている事。」

「あとは、あなたが告白するだけです。あなたが気兼ねなく告白出来る様、私は今朝、離婚届を提出して来たんですから。」と言った。

 とにかく驚いて、なぜこんな事になって居るのか、健司は全く理解が出来なかったが、3人の女性の笑顔を見ていたら、どうでも良くなった。

 食事が終わり、帰りの列車まで時間が有るので、皆んなで散歩をすることにした。

吹く風は優しく、春の空気が胸を突いた。

公園まで来た時、和子が「健司さんお願いがあります。」と言った。

「どうした?」と聞くと「7秒だけ私を抱きしめてくれませんか?」

「えっつ?」二人が見ている前でと思ったが、健司は和子を静かに抱き寄せ

「今までありがとう、君と出会えて本当に良かった。」と言い抱きしめた。

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