第17話 Blue Moonに誘われて

 健司の意識が戻った。玲子はそれだけで先ず、嬉しかった。

助かって良かったと心から思った。早速、会社の上司に電話で報告をした。

「町井さんが、気付きました。」

「課長が、そうか良かった。良かった。」としみじみ言った。

「それでは、今後の事で申し訳ないが、先ず今のプロジェクトを別の人間に引き継いで、君は社に戻ってくれ。取り急ぎ、引き継ぐ人間をそちらに行かせるから。落ち着いたら、プロジェクトに戻って欲しいが、その辺は戻ってから相談するとしよう。」

と言って電話は切れた。

 この数日間、本当に生きた心地がしなかった。それだけに、この瞬間をどれだけ心待ちしていた事か。

旅館の社長、専務、番頭さんに報告をした。

「今後の事は、数日以内に引き継ぎの者が参りますので、引き続き宜しくお願いいたします。私も、事態が落ち着き次第戻る予定です。」と言った。

 翌日、観光協会や商店会、メインバンクと各方面にご挨拶に伺い、皆一様に良かったと喜んでくれた。特に観光協会の担当していた女性スタッフは、涙を流して喜んでくれた。「本当によかった。お疲れさまでした。」と労ってくれた。

「落ち着きましたら、また戻ってくる予定です。それまで代わりの者に引き継ぎますので、今後ともよろしくお願いいたします。」と伝えた。


 健司の意識が戻ったところで、和子や彩は帰って行った。主治医は「峠を越し、快方に向かっています。若い頃から体を鍛えられていたので、回復も早そうです。この調子なら10日位で一般病棟に移れると思いますが、経過次第なので、詳細は追ってご連絡いたします。」と言う所見を聞き、安心して帰れる事に成った。

 玲子も、会社から引き継ぎの人間が到着次第、東京に戻ると伝えた。

別れ際、和子が、「もし嫌でなかったら、東京に戻ってからお会いしたいです。」と言った。そばにいた彩も「お姉さん、必ず来てね。」と言って、父親の運転する車に乗り込んだ。走り出した車の後ろの窓から、彩は一生懸命、手を振ってくれた。


 帰る前に一度、病院を訪ねた。できればもう一度会ってから帰りたいと思い、エレベーターで健司の入院している階に行き、ナースセンターで声を掛ける。「町井さんの会社の方が面会をご希望されていますが。」と受け付けてくれたナースが、婦長らしき人に取り次いでくれた。

まだ、ICUからは出られないでいるが、回復は順調なので特別に5分だけ時間をくれた。服の上から白衣を羽織り、帽子をかぶって健司の眠っているベットの脇に座る。

 眠っている健司の横顔をじっと見つめていると、自然と頬に涙が伝って落ちた。

なんとなく気配を感じたのだろうか、健司が目を開けた。

「やあ、色々迷惑かけたね。」

「迷惑ではないです。心配は沢山しましたが。」と言うとニコッと笑い、

「まだ、退院には時間が掛ると思うけど、退院したら君に伝えたい事が有るんだ。」

と言った。その言葉を聞いてさらに涙があふれた。

「まだまだ時間は掛かると思うけど。」と言うと、玲子が「大丈夫、いつまでも待っていますから、慌てずに良くなって下さい。」と言った。

「それと、妻と何か話したのかい?君と妻が一緒に見舞いに来たので、心臓が止まるかと思った。」と言い、小さく笑った。

「わたし、奥様とお友達になりました。裸の付き合いで。」と言うと「どうして?」と不思議そうな顔をしていたので「今回の事で、たまたまお風呂でご一緒して。」と話した。

婦長が「お話し中ごめんなさい。あまり長くなるとまだ体力が回復していないので、疲れると良くないので、この辺で。」と促され、健司に別れを告げた。

「一度、東京に戻って又来ます。それまで、少しでも良いので良くなっていてくださいね。あと、彩ちゃん、とても可愛い子ですね。」と言って病室を出た。

 エレベーターで1階まで降り、玄関の所のタクシー乗り場に行き旅館まで戻った。

荷物を纏め、列車の時刻を調べた。

今からなら、間に合う列車がある。旅館の方々にご挨拶をし「すぐに戻ります。」と言い残して駅に向かった。

 みどりの窓口で、チケットを購入して改札をくぐった。少しして、特急列車がホームに入ってきて、乗り込んだ。

 走り始めた列車の窓から、鉛色した空に、地面に積もった白い雪の不思議なコントラストの風景を眺めていた。新幹線に乗り継ぎ、風景が山の中へと変わっていく。

少しの間ウトウトしていると、列車は大宮駅を出発した。車内アナウンスが次は終点東京です。と言った。すごく遠くから、久しぶりに帰ってきた感じがして、ひどく疲れた感じがした。

 久しぶりの我が家に着いた。マンションのドアのカギを開け、中に入る。荷物を玄関に置き、寝室に入り服を着替え浴槽に向かった。

熱めのシャワーを浴びながら、「良かった、本当に良かった。」と何度も思い、また、泣いた。

 シャワーを終えて寝室に戻り、ベットに入ると、すぐに深い眠りに落ちた。


 翌日、会社に出勤し、職場の皆んなに心配された。

課長に口頭で報告した後、社長室に行き、社長と統括本部長に報告をした。

社長が「大変だったね、本当にご苦労さん。」と言ってくれ「何なら2,3日休暇を取ってゆっくりして下さい。」と言ってくれた。

 一応、それまでのプロジェクトの進捗状況も報告したが、恐らく、予定は変更せざるを得ないだろうとも伝えた。その日は、早退をし休暇を取らせてもらう事にした。


 自宅に着いた頃、LINEが入った、和子からだった。帰って来る時、交換をしていたので、向こうを出る時に戻ることを連絡していたのだ。

「おかえりなさい、お疲れ様。時間が出来たら、是非我が家にお越しください。娘の彩も楽しみにしています。」とあり、すぐに返信をした。

「2,3日休めることの成りました。ご都合が宜しければ、お伺いいたしますが何時が宜しいですか?」

直ぐに既読になり、「明日でも、明後日でも夕方なら大丈夫ですので、お越しになる際ご一報ください。」とLINEが帰って来た。

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