第16話 月光に導かれて
玲子と和子はそれぞれの部屋に戻って、軽い睡眠を取った。
流石に精神的な疲れがどっと押し寄せて来て、まさに泥のように眠った。
何時間くらい眠っただろうか、頭がぼーっとし、泣きはらした瞼が痛い。
起きた気配で、番頭さんが呼びに来た。ドア越しに「前田さん、宜しければお食事召し上がりませんか?」と声を掛けてくれたので「はい、すぐに伺います。」と返事をし、身支度を整えた。
食堂に行くと、健司の家族も一緒だった。「こんにちは。」と彩が声を掛けて来た。
「お姉さんが、パパを助けてくれた人?」と聞いて来たので
「ううん、助けた訳じゃなくて、その時一緒に居ただけで、何も出来なかったの。ごめんなさい。」と俯いた。
すると、和子が「いいえ、このお姉さんがいたから、私たち家族が来るまでパパ、頑張れたんだと思う。」と言った。
「そうなんだね。ありがとう。パパを守ってくれて。」と言いペコっと頭を下げ自分の席に戻って行った。
運ばれてきた食事を頂いた。どれも美味しかったけれど、ほとんどが喉を通らず、恐縮した。
食事が終わり、健司の家族が病院へ行くと言って席を立った。
和子が近づいて来て「前田さんも一緒に来て下さいね。」と言った。
和子たちは父親の車で、課長と玲子は番頭さんに送ってもらい、病院に着いた。
健司の入院している階までエレベーターで上がり、ナースセンターで声を掛けた。
当直の医師が出て来て、「ご家族と、会社の方ですか。」と言い、経過を説明してくれた。「予断を許さない状態ではありますが、少しずつ良い方向に推移しています。暫くして安定すれば、回復に向かうと思われますが、それには1週間程度、様子を見る必要があります、その後順調に回復すれば一般病棟に移れると思いますが、まだ暫く掛かると思います。」と言うコメントだった。
ナースセンターの奥に、ガラス越しの部屋があり、そこがICUになって居て外からでは健司の様子を窺い知る事が出来ない。
完全看護の病院で、付き添いの必要が無い事から、宿に戻ることにした。
課長はその足で駅に向かい「社に戻って統括本部長に様子を報告する。」と言い帰って行った。
玲子は、和子の父の車に同乗させて貰い、宿に向かった。
宿に戻ってから、改めて駅前の交番に行く事にした。
番頭さんにお願いして、駅まで送っていただき歩いて交番に向かった。
「すみません、先日事件のあった件で伺った者なのですが。」と言うと勤務していた警察官が「ああ、あの事件の被害者の方ですね。」と言いながら「では、調書を作らせて頂きます。少々お時間掛かりますが大丈夫ですか?」と聞かれたので、頷いた。「では、先ずあなた様のお名前、住所、勤務先を改めてお聞かせください。」と言い、調書に書き始めた。此処に来た経緯、仕事の内容、当日の時間的な事からどんな風に加害者がやって来たのか、人数、車両の事等細かく聞かれた。
「覚えているだけでも良いので、お答えください。」と優しい口調で聞かれたが、やはり、記憶があいまいになると「そうですか。」と言って上司と何か話をして、確認をしていた。最後に出来上がった調書を読み上げ
「この内容で間違いが無ければ、此処に署名して、右手人差し指で拇印を押してください。」と言われた。
「これで調書の作業は終了となりますが、質問等は有りますか?」と聞かれたので
「犯人はどうなったんですか?」と尋ねると「翌日には逮捕され、今取り調べの為留置されています。」と聞かされ、少しほっとした。
警察官の説明によると、地元の人間とは関係なく、何処からともなく情報を仕入れては難癖をつけ、恐喝まがいの事で金品を奪うと言う悪質な連中で、ほかにもいくつか被害届が出ていたらしい。
特に、健司を刺した犯人はほかにも傷害事件を起こしており、書類送検されたと言う事だった。
駅前から、タクシーに乗り旅館に帰ったら、フロントのソファーの所に彩が座っていた。玲子の事を見つけると「お姉さん、ちょっとお話してもいいですか?」と聞かれたので、「なあに?」と聞くと、どこかに行って二人で話がしたいと言うので、近くのファミレスに行く事にした。
寒いが、少し歩くとそのファミレスがあり、二人で入った。飲み物を注文し出て来ると、少しして彩が口を開いた。
「お姉さん、私のパパとママの事知っていますか?そのぉ、離婚するっていう事。」
「え?」突然の話で驚いたが、この事件があってから母親にそう告げられたらしい。
「どうして?」と改めて聞くと、「ママが言ってた。離婚した後はお姉さんと暮らすんじゃないかなって。」
「そんなぁ、まだわからないよ。」と言うと、「だって、お姉さんパパの恋人じゃないの?」と聞かれたので、「あくまで、会社の同僚で、一緒に仕事をしている仲間だよ。」と言ったが、「それじゃ何で、病院まで一緒に来てくれたの?」と更に聞かれたので「それはね、私が一方的にあなたのパパに好意を持っているから。だけど、パパは、まだ何にも言ってくれないから解らない。」と正直に答えた。
「ママが言っていたけど、パパはママに、心を寄せている人がいるって、お姉さんの事だと思うけど。」と大きな瞳で、玲子を真っ直ぐに見てそう言った。
「う~ん、それなら嬉しいけど、でも実際あなたのパパからは何も言われていなし、もちろん付き合っても居ないから、本当に分からない。」と言うと
「そっか、パパのそういう所が、ダメなんだよね。肝心な事はいつも言わない。ママに対してだって、そうだった。」と少し怒った口調で言う。
玲子はその表情を見て、笑ってしまった。
「あなたは、パパの事を良く見ているのね。」と言うと
「だってパパの事、大好きなんだもの。」と言った。
「そう、パパが聞いたら、きっと喜ぶわよ。」と言ってお互い笑いあった。
彩とそんな会話をし、心がとても和んだ。
もし、本当に健司さんと付き合うとしたら、どうんな風になるんだろうと、不安と期待がちょっとだけ沸いた。
宿で一緒に夕食を取って居ると、病院から和子に電話があり、健司の意識が戻ったたと言う事だった。
急いで、病院に向かう。
玲子と和子、彩、それに和子の父が、面会が出来ると言う事で、健司の病室に入ると、眠っていた健司が目を開け、訳が分からない顔をして
「どうして?」と言った。
経緯を玲子が説明し、病院に運ばれたと説明すると、その後ろから彩が「パパぁ」と言って泣きじゃくりながら、健司の手を握っていた。
そっと彩の頭に手をやり、撫でながら「彩、心配かけてごめんよ。」と言った。
和子はそれを見て、もらい泣きし「あなた、本当に良かった。」と言って、顔を両手で覆った。
玲子をみて「前田さん、本当に迷惑かけてすみません。」と言ったが、玲子も大粒の涙を手で拭きながら、首を振り嗚咽した。言葉にならない声で「よかった。本当に良かった。」と何度も言っていた。
玲子と和子が一緒に居るカオスに、健司は面食らって、大丈夫なんだろうか?と不安がよぎった。
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