座頭市の真実
海石榴
1話完結 座頭市は実在した
子母沢寛氏は、旅館のあるじから聞いた話を『座頭市物語』という6000字程度の掌編にまとめた。
当方は子母沢寛氏に畏敬の念を抱く一読者に過ぎないが、この『座頭市物語』は存外読まれていないので、ここで改めて紹介しておきたい。この掌編によると、座頭市は江戸後期の天保の頃、実在した人物らしいのである。
当時、あんま業で関東を渡っていた市は、
このときの市の風貌は、でっぷり太った中年男で、年若い女房おたねを連れていたという。バクチが強く、中途失明であったようだ。また、映画などで知られるように、居合抜きの達人で、喧嘩の仲裁が見事であったと聞く。
どうするかというと、賭博場などで喧嘩があるとすぐ割って入り、一同の前でサイコロ壺でも盆でも何でもいいから宙に放り投げ、それを抜く手も見せず一刀両断、真っ二つにするという芸を披露するのだ。すると、一同唖然、茫然、度肝を抜かれて喧嘩がおさまるという寸法であった。
だが、市が客分となった助五郎という親分は、汚職役人と結託し、荒稼ぎをしていた。筋目の通らぬことを嫌う市にとって、助五郎のやり方は苦々しいものであった。ほどなくして、助五郎は市に「抗争中のやくざ一家を襲いたい。ついては手を貸しておくんなさい」と頼んできたが、市は「目の見えぬ者まで助っ人にしては、親分の名折れになりますぜ」と言って、この襲撃に加わらなかった。
ために、市を抜いた手勢で相手を襲撃した助五郎一家であったが、なんたることか、相手方の反撃にあい、逃げ帰ってくるお粗末さであった。この数年後、助五郎は策をめぐらせ、相手の親分を陰険な方法で闇に葬った。
一宿一飯の恩義ゆえに、それまで我慢していた市であったが、「汚ねえ。博徒の風上にもおけぬ。汚え手口だ」とつぶやき、助五郎一家を去る決心をした。
市は女房のおたねに言った。
「オイラ、また旅の草鞋を履くぜ。オメエはこんなオイラといて苦労するよりら、もっと若い男をみつけて、一からやり直しな」
すると、おたねは笑って言った。
「なに言ってんの。ふふっ、もう手遅れでござんすよ」
その翌日、市は助五郎の愛用の長脇差を携えて、助五郎の前に出た。助五郎は「すわっ、こ、殺される」と目を剥いて驚愕した。
刹那、市が動いた。親分の目の前にあった酒徳利を、いつ抜いたか、いつ切ったか、目にも止まらぬ迅さで一刀両断したのである。
腑抜けのように口をあんぐり開けた助五郎に、市が念をおすように低い声で見栄を切った。
「これで盃は
子分どもはあまりの恐怖に手出しができない。少しでも動くと、酒徳利のように、今度は自分の首が飛びかねないのだ。
市はおたねとともに悠然と姿を消したという。
――了
以上、子母沢寛氏に心からのリスペクトとオマージュを捧げます。
座頭市の真実 海石榴 @umi-zakuro7132
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