まじないのチケット

打ち出の小槌

まじないのチケット


 深夜に蛍光灯が切れた。

 舌打ちして物置にスペアの蛍光管を取りに行く。物置は毎度のことながらぐっちゃぐちゃ。そんなことだから女房に逃げられた。来年で三十路かとため息ひとつ。

 さて、蛍光管はあったがサイズが違う。また舌打ち。ふと足元にある古いラジオに目がいった。

「親父の形見だな」

 木製の大ぶりなラジオ。つまみのダイヤルは二つしかない。

 まだ音は聞けるかな。軽い気持ちで乾電池をさがしてはめてみる。ダイヤルを回してみた。

 雑音が酷いが音が拾えた。

 と、これはどこのチャンネルだろうか?

 爺さまが女性のパーソナリティ相手に怪談をしている。

 ややくぐもった声の爺さま。

「今夜のお題は『チケット』という。どれ語ろうか」

 それは、こんな話だった。



 ・・土砂降りの雨が降っていた・・

 町はずれの喫茶店の駐車場に一台の車が停まっている。黒のワンボックス。フロントはぬいぐるみでいっぱい。運転席には金髪でこってりメイクの娘がひとりノートパソコンを叩いていた。後部座席にはブランドロゴ入りバックが三つ。そして開いたままのリュックには札束がぎゅぎゅうに詰められていた。

 娘は額から汗がたらたら流れてる。顔は青ざめキーボードを叩く指は震えていた。おかしなことに助手席にある紫のチケットの一枚がぺりっと千切れふっと消えた。

「これって、やばい」

 娘はつぶやいた。


 その娘は雀とあだ名されていた。ちゅんちゅんうるさいくせにいざとなったらぱっと飛んで逃げてしまう。キャバ嬢でひとあたりはいいが、とにかくねだる。たかる。それで男の家に遊びにいっては金をくすねた。あげく店を首になって飛んでゆく。

『働きたくない。楽して生きたい』というのが口癖であった。美人局つつもたせをやったこともあるが雀は嘘が下手くそですぐにばれる。嘘が上手くないのがいまいましかった。

 ただ、近頃ギャンブルにはまったのが痛かった。借金がぱんぱんに膨らむ。どこかのキャバクラを探そうか。いっそ闇バイトでもしようか。

「でも、働きたくない」

 ならばとオカルトに走った。いわゆるパワースポット巡りして神頼み。それで宝くじを買って大金ゲット、なんて。

 暇があればネットをあさった。通常ではありえないだけにやばいスポットがないか。こうなったら神だろうと鬼だろうと悪魔でもかまわない。

 力のあるところ。闇サイトまであさった。すると犯罪だろうとなんだろうと答えてくれる謎のサイト『ぬらりひょん』をみつけた。

 ぬらりひょんはAIが答える。登録料は高かったがこれはお賽銭と思って我慢した。そしてめっちゃ願いが叶うパワースポットと問うと、しばし間があって答えてくれた。

 この近くの山奥にひっそりと小さな神社がある。禁忌の神社で道は迷う。たどり着けたもののみ求めるものを叶えてくれるという。

 雀はすぐ山へ車で向かった。

 あっけなかった。

 迷うどころか、おいで、おいでと手招きされたように鳥居の前へ。車を降り草の茂るなか屋根も傾く小さな神社の前に立つ。ひび割れた賽銭箱に奮発して五百円玉を投げ入れた。ぱんぱん手を叩き大声でわめいた。ちっともいいことない。馬は外れる、パチはでない。嘘つきゃすぐばれる。なんとかしろ。

 ちゅんちゅん騒いだあと、ふいに雷の音がした。

 慌てた雀は車に戻る。とたんに辺りが白く煙るほどの雨。ぴかっと稲光。すぐさま耳をつんざく雷鳴。頭を抱えてしばらくあった。恐る恐る顔を上げて息が止まるほど  驚いた。

 ざあざあ雨の中フロントをのぞく者がいる。勢いアクセルを踏んだけどエンスト。ここで気がついた。こいつ知ってる。

「と、十一といちじゃないの」

 客の十一。闇金をやってる。あだ名は十日で一割の利子だから。おもしろいのは質草でも貸してくれる。それが盗んだものでもかまわない。おかげで雀がかっぱらったものをさばくのにありがたかった。

 けれど・・やばいのに引っかかって亡くなったって噂。

 黄色く濁った眼玉にひょろりとした姿はいつもだけど腕がねじれてるような。そして足も引きずってる。へらっと笑った舌は欠けていた。

 コンコンとドアガラスを叩く。いざとなったらひいてやるつもりでガラスを下げた。ぬっと顔を突っ込んできた。

「ひいっ」

「雀よお。お、お前、困ってるってな」

 ぎくしゃくと十一は後部座席をのぞく。そこには質草にもならなかった雀のバックが積まれていた。

「さばこうとしたか。でもこっから見ても偽ブランドって解る。ねだる、たかるからつかまされたな。おまけに、ペテンで売っぱらうにも嘘が下手くそじゃあな。どうにもならねえな」

 ぽたぽた濡れた姿で笑ってる。こいつとエンジンをかけた。

「ま、まて腐れ縁だ。お、お前の求めるもの叶えてやる」

「なんだって」

「チ、チケットやる。まじないものよ。これがあれば嘘でさばけるぞ」

「からかってんの」

「なら、やってみろ。ただ雀よ、綴りで十枚。嘘が一つで一枚消える。それを超えてバックをさばけば、お前の体がチケットとなる。忘れるな」

 きょとんとなる雀。おつむが話に追っつかない。

「それって、いったいどういう・・」

 だしぬけに落雷があった。きゃっと頭を抱える。ほどなく我に返ったとき十一の姿はどこにもなかった。

「ゆ、夢みてたの」

 しかし、膝上に紫のチケットが綴りもので十枚あった。

 雀は途方に暮れる。どうしたものか。けれどこれがドッキリとも思えなかった。と、そこでスマホが鳴った。ラインがきてる。

「やばっ。闇金からだ」

 前と違ってやつらも表立って手荒なことはしないけど、こっそりさらわれるとキャバ嬢仲間で囁かれてた。

「もういいや。やってみてだめならチケットぽいでいいじゃないの」

 アクセルを踏む。そして街道沿いのリサイクルショップへ入ってみた。

 驚いた。

 質屋でせせら笑われたバックを十万といってみた。すると店主は満面の笑みで十万円の現金を渡してくれた。

 チケットを見るとなるほど一枚千切れて消えていた。

 どきどきしながら二件目を探してバック二つで五十万と吹っかけた。ここでも二つ返事で現金がもらえた。

 よっしゃと雀はアパートへ戻るとバックのほとんどを車に詰めた。アクセル全開。ジュエリー貴金属など高価なものを扱う質屋巡りをおこなった。

 大ぶりなリュックにぱんぱんの札束。いつしかチケット三~四枚ほどになってた。

「勝った」

 ほくほく。借金を払い終わったら海外旅行しよっか。ありがたいのは神社か十一なのか。

 ぐうっと腹が鳴いた。ひとまずランチと車を走らせる。なんとなく小降りの雨が本降りとなってきたような。町はずれで喫茶店をみつけると駐車場に停めた。シートベルトを外そうとしたところでぎよっとなる。

 チケットがひとりでに千切れて消えた。

 どういうこと?

 わけがわからない。なにもしてないのに。冷や汗がどっとふきでた。

 やばい。心が叫ぶ。

 チケットがこのまま消えたらどうなる。いや、そもそもなんで消えてくの?

 わからない。

 どうしたらいい。こんなオカルトなことどうやったら答えが解るの。

「オカルト」

 ぴんときた。雀は後部座席に置きっぱになってるノートパソコンに手を伸ばす。

「ぬらりひょん」

 元はといえば始まりはこいつ。こいつなら・・


 青ざめてノートパソコンを叩く雀。冷や汗がたらたら流れてゆく。いまもチケットが一枚千切れて消えた。

「やばい、やばい」

 やっとアクセス。震える指で状況を打ち込む。なんで、なんでなの。責めるようにエンターを押した。

 間があった。

『おまえは』

 やがてアンサー。

『まじないチケットの落し穴に落ちた』

 雀は叫んだ。

「チケットの落し穴って!どういうことよ?」

『それは・・』

 ぺりっと最後の一枚が千切れて消えた。

 息を呑む雀。

 ひと際雨が激しくなった。あたりは真っ白に煙る。

 そのなかで、ゆらりとひとがくるような。

 寒気が走る。

 ゆらゆらと漂うようなそいつ。ドアロックしようと手を伸ばす。その手を、骨の指に掴まれた。ドアガラスをすり抜けてくる。

「ひゃああっ」

 するりと入ってきた。

 亡霊か。

 そいつは、真っ白でえぐられたような眼の穴に削がれたような鼻穴と歯も舌もない口がぱくぱくしていた。

 みしり。指が二本ひねり折られた。

「い、いたっ」

 そいつの指も三本だけだった。

 雀は逃れようとシートベルトを外す。その腕をいつのまにか掴まれていた。ぐきっと捻じ曲げられる。

「ぎゃあっ」

 痛みにもがきながらもドアを開け外へ転がり出た。雨にずぶ濡れになりながら逃れようとするも動けない。そいつが足にしがみついていた。

 べきべき。砕き折られた。

「ぎゃああっ」

 のたうち、あがきながら必死にはいつくばってゆく。

 パアーッ。けたたましいクラクション。トラックが突っ込んできた。




 雨のあがりの夕闇迫るころ。

 喫茶店の駐車場には規制線が張られていた。パトカーが何台も止まって現場検証している。警官が鑑識官に話しかけていた。

「つまりは、ひどい土砂降りで道路の境が解らなかった。そのまま出てトラックにはねられた。ということですか」

 返事がない。

 代わりに、ブルーシートをずらす。

 その顔の口が少し開いてる。舌が千切れていた。まるで引き抜かれたように・・


 ぴぃっががっと雑音があった。


「どうじゃ」

 爺さまが笑う。

「怖い。でもひとつ解らない」

「なにか」

「チケットの落し穴ってなに」

 爺さまが笑う。

「そもそも、チケットのまじないは『嘘でさばける』ということじゃな」

「はい」

「わからぬか」

 間があった。

「つまり、誰とはいっておらぬ。その娘でなくともな」

「えっ、というと」

「そう。嘘で売ったものがまた嘘で売られたら、そのたびにチケットが消える。あげくその体をチケットとして、もってかれたな」

「なるほど」

「お終いに舌を抜かれたの」

 ぶつっ。



 雑音が酷くなってそのまま音が拾えなくなった。

 ざあざあと雨音がする。


             (完)

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