第15話 山の怒りとニニスのブチギレ-3

 ニニスが忽然と去ってから兵士たちはざわつき始めた。ニニスはどうしたのか、祈りを中断した方がいいのではないか、と慌てる様子で話し合う。しかしアファトは巨木への祈り集中していてその声は耳に入らない。

 すると、アファトは異変に気づいて眉をしかめた。


(な、なに!? 私の祈りがものすごく強力な魔力で阻止されてる!)


 アファトは目を固く閉じて懸命に祈りを捧げ続ける。しかし濁流のように押し返す謎の魔力に彼女は冷や汗をかいた。

 彼女にも聖女としての自信があった。それは今までの経験と実績が支える強固なものだし、どんな困難も乗り越えることができるほどの実力を有していた。

 だが今、アファトに対抗する魔力はまるでその自信ごと呑み込むように迫ってきていた。


(バーデウテ様っ! 私に、私に力を……!)


 するとその時、アファトの周囲にいた兵士の一人が駆け寄って切羽詰まった声色で言った。


「危険です、アファト様!」

「えっ?」


 兵士がアファトの身体を後ろに引いたことでアファトは驚き目を開けてしまった。

 その瞬間、アファトが立っていた地点の地面が突如として隆起した。叩きつけるように浮き上がったその土は明らかに何かの意思を持って動いた。

 兵士のおかげでアファトは無事だった。しかしもしまともにあの土に当たっていたらと思うと身震いがした。


「皆さん、構えてください! 攻撃です!」


 アファトの掛け声で兵士たちはアファトを護るように彼女の周囲を固めると、気を引き締めて武器を構える。木漏れ日の中で周囲を警戒する一行。風も音も無く、ひりついた空気が辺りを支配した。

 その中で、アファトがあることに気づいて近くの兵士に尋ねる。


「待って。ニニスちゃんは? ニニスちゃんはどこ!?」

「そ、それが……、理由は分からないのですが突然消えまして」

「なんですって!」

「一旦祈りを中断して捜索した方がいいのではと、話し合っていたところです」


 会話の途中、彼女たちの視界に映る木々が淡く光った。視界に映る木々全てだ。さらに地面の草も僅かに光っているようだ。

 アファトは冷や汗をかく。


(ニニスちゃん! 早く助けにいきたいけど、私たちも危ないの……!)


 彼女は心の中でそう呟く。

 木々の淡かった光は徐々に強まっていった。そして木々から光の粒子らしきものが出てきたかと思えば、それらは空中の一点に集まっていった。

 光の粒子はだんだんと形を成す。それを見ていた彼女たちは、光の集まりがあるところで人型になろうとしていると気づいた。


 アファトたちから警戒の眼差しを向けられながら、人型となった光は怒気を感じさせる低い声で話した。


「そこの人間!」

「っ!」とアファトは光を睨む。

「今すぐこの山から立ち去れ! 貴様ら下劣な人間に、この山の土を踏ませる資格は無い!」

「あ、あなたは誰なんですか!?」

「我は山神ケレーティオス。この地を統べる神である」

「なっ!」


 アファトは驚いた。その名前はケレータ山の山神と耳にしていたからだ。


「ケレーティオス様……!? な、なぜ!? どうして人々を嫌うのですか!」

「貴様らに話すことは無い!」


 その時、青空だというのにケレータ山に落雷が起こった。アファトたちから少し離れたところに落ちたものだが、その音は山全体に響いた。

 さらに落雷を皮切りにして、空に黒々とした雲まで立ち込める。


「人間どもの侵入はしないと誓い、この地から今すぐ立ち去らぬというのなら、貴様らはその判断を後悔することになるぞ!」

「そんな……っ! お待ちください! 人々にとってケレータ山は無くてはならない存在なのです! せめて理由だけでも話していただけませんか?」

「よくもぬけぬけと言えたものだな! 話すことは無いと言ったはずだ!」


 ケレーティオスは人差し指をアファトたちに向けた。すると、周囲の木々から一斉にバサッと金属が擦れるような音がした。アファトが周りを見れば、木々の葉の一枚一枚が鋭い刃になっているようだ。

 恐怖を抑えるためにアファトが拳を強く握る。ケレーティオスは怒気をまじらせて言った。


「少し痛い目を見ないと分からないようだな!」


 ケレーティオスは人差し指を上方向に振るった。

 次の瞬間、木々の葉のいくつかが枝を離れて宙を舞い始めた。それもただの葉ではなく鉄のように鋭い状態の葉だった。

 その葉がアファトたちの周りを旋回する。兵士たちはアファトを守ろうとさらに身を固め、アファトもバーデウテに捧げる祈りの準備を始める。

 指を交差させて組むと呟いた。


「バーデウテ様、私に力をお与えください……」


 アファトが目を閉じると、その瞬間、葉の一枚が爆炎を上げて燃えた。その爆発は周囲の葉も巻き込み、数十枚の葉が灰になって散った。

 その後もバン!バン!バン!と爆発を起こすが、しかし相当な数のある葉を全て対処するのは不可能に近かった。

 ケレーティオスがアファトを睨む。


「貴様! この山に火を放つなど! 覚悟は出来ているのだな!?」


 すると、木々から葉がさらに飛び立って、アファトたちを囲んだ。取り囲む葉は先端がアファトたちに向いている。


「我の怒りを味わわせてくれよう!」


 その言葉で兵士たちがさらに強く身構えた瞬間、葉は一斉にアファトたちに飛んだ。無数の硬く鋭い葉が、意志を持って、空気すらも切り倒す勢いで放たれた。



 ──────だが、ケレーティオスの予想とは大きく外れることが起きた。

 硬い葉同士がガシャガシャと擦れる音がするのみで、兵士たちに当たる音は鳴らなかったのだ。

 それだけでなく、そこに立っていたはずのアファトたちは姿を消していた。何の予兆も無く、そして消えるまでにかかる時間も一切無く、まるで幻だったかのように居なくなっていた。


「なんだと!? どこに行った!?」


 ケレーティオスは慌てて辺りを見渡した。

 すると、一人の歩み寄る女性を見つける。

 ケレーティオスは警戒を強めて睨んだ。


「ここです。あなたが攻撃をしていた方々なら、私の後ろにいます」


 ケレーティオスがその女性の後ろを見ると、確かに木の影に隠れて人が数人座りこんでいた。彼らはアファトも含め、状況を飲み込めないのか目を丸くしている。


「貴様! 何者だ!」

「私はニニスライトと申します。あなたの方こそ、どうしてアファト様たちを攻撃したのですか?」

「我は山神ケレーティオス! 傍若無人な人間よ! 貴様らにこの山の土は踏ませぬぞ!」


 ケレーティオスは両手を左右に広げた。

 すると辺り一帯の草や木の葉に集う光が強く増していき、その光は草木の先端から放たれてケレーティオスの前に集まった。

 空中に光の塊が形成されていく。彼はニニスを睨みながら言った。


「分かるぞ。貴様、ただ者ではないな? ならば貴様には特別なものを見せてやろう」


 光の球体は瞬く間に膨らんでいき、ニニスだけでなく後ろのアファトたちも呑み込めるほどに巨大になった。

 しかしそれだけに留まらない。光はさらに膨張していく。空中に浮かぶそれは暗雲に覆われた山の中で、まるで淡い太陽のように光り輝く。

 ニニスが立つ周囲を全て抉り取れるほどになるとケレーティオスが言う。


「潰れるがいい!」


 その言葉を合図に、光の球体は周囲の空気を震わせながらニニスへと迫ってきた。

 視界の全てがその光に包まれるほどの巨大な球体。アファトにはそれがこの地一帯を吹き飛ばすのに充分なほどの魔力があると分かった。聖女としての活動の中でも滅多に見ることの無かった魔力の質と量は、実際にケレーティオスが神であると分からされた。


(私の本気の祈りでも打ち返せるかどうか……! まさか、神様と張り合うことになるとはね)


 アファトは咄嗟に立ち上がる。


「ニニスちゃん! 皆さんを連れて逃げて! 私がなんとか食い止めるから!」


 その声を聞いてもニニスは動かなかった。じっと球体を見上げている。そして一言、神妙そうに呟いた。


「……その必要もありません」


 アファトはその言葉に「えっ!?」とポカンとしてしまった。ニニスは足元の手のひらより少し大きい石を拾って握る。

 そして、とてつもない力で右の脚を前に踏み込んだ。踏み込んだ衝撃で地面が振動し、辺りの木の葉が揺れ、アファトもよろめいてしまう。

 ニニスはそのまま投げのフォームに入ると、その掴んでいる石を光の球体に向かって遠投した。

 いや、目撃した者にとってはただの遠投ではなかった。石を投げた瞬間に発生した爆風のような衝撃と、目にも止まらぬ速さで突き進む石は、ただの遠投という印象を抱かせない。


 放たれた石は光の球体に突き刺さるように接触する。

 そして次の瞬間、光の球体は内側から弾けるように爆散してしまった。石に加わった勢いは球体を貫いた。その衝撃で石も砕け散ってしまう。

 空中に漂う光の球体の破片だった光は、周囲の光に溶けていくように消えていった。

 ケレーティオスもこれには心底驚く。


「き、貴様! 今何をしやがった!」

「ケレーティオス様こそ……お優しい神様ですね」

「なんだとっ!? 我を愚弄するか!」

「ちょっとニニスちゃん! 刺激しちゃダメ!」


 アファトがニニスの肩を掴んで落ち着かせようとする。しかしニニスのケレーティオスに向ける視線は変わらなかった。


「いえ、愚弄などとんでもありません。私の本心です。貴方様はあくまでも私たちに入山をです。おそらく貴方様は本来の力を出し切っていないのでしょう。ご乱心になられているのに手加減をする理由は、おそらく貴方様がお優しいから……」

「……」ケレーティオスは黙って聞く。

「何かしら人間に対して怒る要因があり、人の入山を禁じるようにして、そして穏便に追い出すのみで済ませようとしたと予想がつきます」

「ほほぅ。小娘。分かったような口を利くじゃないか」と、心なしかケレーティオスの口調が穏やかになった。

「そして、ここからも私の本心なのですが……」


 ニニスは一度深呼吸をすると、緊張を振り払う覚悟を決めた。


「いくら神様だからって、理由も言わずに攻撃するなんてあんまりじゃないですか! そもそも私とアファト様は初めて来たんですから、あなたを怒らせた覚えはありません!」

「……なんだと?」


 一瞬緩んだかと思われたケレーティオスの威圧感は、さらに増してしまうのだった。

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自分にしか加護をかけられない聖女だけど、精一杯頑張ります! あばら🦴 @boroborou

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