達成度37:きっと、二度目の青春は恋愛ゲームの正規√になる(はずだったのに)。
「よし、全員具材は入れ終わったな」
「「「はーい」」」
「よろしい。ではこれから焼いていくぞ」
鏡野は生地をたこ焼き機に少し溢れるくらいに投入し、たこ焼きの形を作る。
「おおっ、見ろ塩江君! 結構うまく行ったんじゃないか!?」
「お、いい感じだな」
「さすが私……こんなにも恵まれた容姿を持つ美少女であるにも関わらず、まさか料理の才まで備わっているとは全く自分が恐ろしい。私は私が怖い。鏡野怖い」
んな『まんじゅうこわい』みたいに言われましても。
「あと久しぶりにお前のナルシ発言聞いたな……」
辟易する僕には目もくれず、鏡野は手元の携帯を確認する。
多分、クックなんちゃらとか見ているのだろう。
僕と霧島姉妹もさっきから手伝いを申し出ているのだが、鏡野は『これは暫定生徒会長にして部長にして委員長にして議長にして同好会長である私の仕事だ』と、頑なに譲ってくれないのだ。
「えーと、そしたら次は生地をひっくり返せばいいんだな」
携帯をスワイプしながら次の工程を確認した鏡野は机の上に置いてあった二振りのピックを両手に持ち、ふんと鼻を鳴らして気合を入れた。
頼もしいと思いたいところだがしかし、エスタークみたいなピックの持ち方をしてご満悦な彼女に期待はできないだろう。
あと両手持ちはどう考えても玄人のやり方だ。
「私に任せてくれ。これを使ってひっくり返せばいいんだろう? 目をつぶってでもできるぞ」
「絶対目つぶってやんなよお前」
めちゃめちゃ危ないぞ。お前も僕らも。
「まあ見ていろ。関西人もびっくりな私のピックさばきを────母は私をこう呼ぶ。曰く、ピックのダルタニアンと」
「ダルタニアンが持ってるのはピックじゃなくてレイピアじゃないか?」
あとそのお母さんからのあだ名シリーズなんなんだよ。
彼女はピック両手に深呼吸し、息を整えてからついにたこ焼きを見つめて作業に入る。
「よし行くぞ、たこ焼きくらい簡単にひっくり返して────あれっ?」
勢いよくピックを突き刺した鏡野だったが、しかしたこ焼きは思うようにひっくり返らない。
「ん、おかしいな。ここを、こうして……んんっ?」
眉をひそめながら鏡野はぼすぼすとたこ焼きを突き刺し、ひっくり返そうとする。
だがたこ焼きはただただ蜂の巣と化していくばかりだ。「ん? あれ? んんん?」などと声を漏らしながらなおもたこ焼きをひっくり返そうと頑張っている鏡野。
が────、
「……ダメだ、ボロボロになってしまった」
後に残ったのは半分マッシュポテトみたいに崩れ、穴ぼこまみれになったたこ焼きだけである。鏡野は愕然と自らが生み出した惨状を目の当たりにし、耐えきれなくなってしまったのかついにちらっと目を逸した。
「……これが、私のたこ焼き……ふふっ……私の……ははっ」
その身体はたこ焼き機みたいに小刻みに震え、目尻にはじんわり光るものが浮かび始めている。
一瞬にしてタコパとは思えないほど悲痛なオーラに包まれた旧生徒会室。
ここは戦場か何かか?
居たたまれない気持ちになった僕はやおら立ち上がり、彼女の元へと歩み寄る。
「しょうがないな、貸してみろ鏡野。僕がやってみるよ」
「塩江君が?」
「僕もあんまやったことはないけど、まぁこれよかちょっとはマシにできるだろ」
鏡野からピックを受け取った僕は、蜂の巣にされていないたこ焼きを選んでひっくり返そうとする。だが、
「ん? あれ、なかなか上手くいかないな」
えい、えい、えい────懲りずに何度も再チャレンジしてみるが、
「……鏡野、僕たちは仲間だな……」
そこにあったのはグチャグチャの肉塊みたいなたこ焼きだけだった。
「ふふっ……これが僕のたこ焼き……ははっ……」
「めんどくさいのが二人に増えました、と私は思いました」
「犠牲者が二人に増えました、とわたしも思いました」
お前ら……。
「はぁ……仕方がありません。伊織、今こそ私たち双子の類まれなるたこ焼きスキルを見せつける時が来たようですね」
「はい、そのようですね香織。今こそわたしたちの天賦の才を発揮するときです。行きますよ」
撃沈して机に突っ伏す僕らを押しのけ、霧島姉妹が前に進み出てそれぞれピックを手に取る。
どうやら次のチャレンジャーは彼女たちらしい。
「さぁ────霧島の名にかけて、たこ焼きをひっくり返しますよ」
閑話休題。
「私たちはみんな仲間ですね、と私は思いました」
「この部活全員不器用にも程がありますね、とわたしも思いました」
僕と鏡野の隣で机に突っ伏す人間が増えただけだった。この部活にはどうやら家庭力という概念が存在しないらしい。まぁ、こいつらだもんな……。
暫定生徒会メンバーが軒並み撃沈した死屍累々の惨状の中、それを見ていたただ一人がそこでおもむろに立ち上げる。
「はぁ……全く、仕方ないわね」
塩江菓凛はため息をついて、霧島姉妹からピックを受け取る。
「菓凛……もういい、これ以上たこ焼きの犠牲者を増やすわけには……っ!」
這々の体で手を伸ばす僕に対し、呆れた表情を浮かべる菓凛。
「何を言ってるのよ、兄さんは」
と、彼女は首をゆるゆると振ったかと思えば、ものすごい手さばきでピックを操り────たこ焼きをひっくり返しはじめた。
「たこ焼きくらい────誰でも作れるでしょ」
「……」
「……」
あ、そういえばこいつ、料理得意だったっけ。
菓凛は手慣れた手付きでひょいひょいと手玉に取るようにたこ焼きをひっくり返し、次々焼いていく。
まるで屋台の店主の如く洗練された動作には無駄がなく、スマートに、しかし凄まじい速度でたこ焼きが焼き上がっていく。
シュババババという擬音が聞こえてきそうなほどの神業に、僕らはただ眺めていることしか出来なかった。そして気づけば────、
「はい、出来上がり。熱いから、気をつけて食べてね」
「菓凛君……すごいな」
「菓凛……すごいです」
菓凛、否、菓凛さんは全部のたこ焼きを完成させてしまっていた。
……我が妹ながらこの女、できるッ!
しかも完成時にちょっとした気配りまで出来てしまう始末。妹じゃなかったら絶対に惚れてた。妹だから絶対に惚れないけど。
菓凛は出来上がったたこ焼きを小皿に移し替えていく。そこまで大きくない一台のたこ焼き機で焼ける量には限界があるし、それを五人で分けるのだから、必然的に量はあまり多くはないが……これはおやつのようなものだ。ちょうどいいだろう。
「さすがは菓凛、ありがとな」
「べ、別に良いわよ……お礼なんて。このくらい、出来て当然だし。普通だし」
「やっぱりオカンに似てるなお前は」
「あとでしばき倒すからね」
「ごめんなさい……」
そんなわけで、色々あってようやく僕らはたこ焼きにありつけることになった。
「「「いただきまーす」」」
僕はおそるおそる湯気が漂う出来立てのたこ焼きを割り箸でつまみ、口の中に入れる。……うお、熱いッ!
「あ、あひゅい! ふーっ! ふーっ!」
「だから言ったじゃない、熱いって」
まるで口の中でマグマが煮えたぎっているような感覚だ。僕はひっひっふーとラマーズ法みたいな口の形をしながらも、必死にたこ焼きを冷ます。
すると、だんだんと口の中でソースと青のり、マヨネーズにたこの味が広がってきた。
「っ、うまい……!!」
「ああ、この焼き加減といい、味付けといい絶妙だ。これはおいしいな、塩江君」
「んん、とっても美味しいです────と、私は思いました」
「んん、すっごく美味しいです────と、わたしも思いました」
「いい感じにひっくり返せたみたいね。良かった」
全員がはふはふと息を吐きながらも、笑顔でたこ焼きを堪能する。
ああ────思えば僕は、どうして旧生徒会室で美少女とタコパなどやっているのだろう。
きっと、二度目の青春は正規√になる。
タイムリープしたばかりの頃はそんなことを思っていたはずなのに、今の僕を取り囲むこの状況は何なのか。
鏡野柚葉という怪しい少女と出会い、暫定生徒会なる地下組織ならぬ地下部活に強制的に参加させられて。
なんだかんだで彼女と問題を解決し、いつの間にか謎の双子と実の妹までメンバーにまで加わって。
打倒現生徒会を掲げ、旧校舎の一室を占拠し、自らこそが正当なる生徒会であるとの主張のもとに活動を行う暫定生徒会。
現状そんな主張をまともに掲げているのはリーダーである自称生徒会長一人だけだとはいえ、どこからどう見てもおかしな変人集団だ。
僕の思い描いたはずの青春の正規√からは程遠い世界。
全く────どうしてこんなことになってしまったのだろう。
僕はただ、普通で真っ当で無難で平穏な青春を手に入れたかっただけなのに。
だが、だがしかし、だ。
「ほら香織、がっつき過ぎですよ。頬にたこ焼きが付いてます」
「む、言われなくてもあとで拭く予定でした、香織」
「む、お姉ちゃんに向かってその物言いはなんですか。感心しませんね」
「コラそこ、すぐ喧嘩しない! 仲良く食べなさいよ!」
「「はーい」」
「やっぱりお母さんみたいです、と私は思いました」
「やっぱりママみたいです、とわたしも思いました」
「なっ────誰がお母さんみたいですって!? だから私は……って待ちなさい、逃げるなあんた達────!!」
「はは、見ろ塩江君! 後輩組は仲がいいな!」
彼女らの顔を見回す。
暫定生徒会長、鏡野柚葉。
書記、霧島香織、霧島伊織。
副会長、塩江菓凛。
あるいは。
あるいはこんな、正規√から逸脱した日々も悪くないと、そう思う。
「……ん?」
猫とネズミの如く教室を駆け回る菓凛と霧島姉妹を横目に、十分に冷ましたたこ焼きをふと口に放り込んだ僕だったが────そこである違和感に気づく。
なんだ、これは……味が違う? たこ焼きソースの味じゃない、これは……これはまさか……!
「辛っぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!?!?」
「に、兄さん!?」
「塩江君!?」
「あ、デスソース&唐辛子チューブ入り激辛たこ焼きが当たりましたね」
「く、口がーーーーッッ!?」
口内に火が!! 轟々と火が燃え盛っている!! 水を、とにかく水を────!?
僕が封印直前のモンスターの如くのたうち回っていると、いつの間にかそばにいた霧島姉妹が紙コップを持っていた。
「はい先輩、お水です」
「ハァ……ハァ……ナイス霧島……」
「ちなみに先輩、クイズです。わたしはどっちだと思いますか?」
「はぁ? ……じゃあ、香織」
僕はクイズの答えを聞くより早く彼女から紙コップを受け取り、中の液体をごくごく飲み干す。
「……不正解です。わたしは伊織です」
「あーそうだったか、ごめんごめん……」
「なので、いっつも香織とばっかり絡んでいる不届き者の先輩にはラー油を薄めた水をお渡ししました」
「ウッソだろ待て待てお前オオオオオオオアアアアアア!?!?」
時、すでに遅し。僕は彼女からもらった紙コップをごくごく飲んでしまっていた。
途端に襲い来る地獄の業火のような激辛。やばい、死ぬ、死ぬぞこれは!?
無我夢中で甘いジュースを注ぎ、口の中を消火するように飲み干す。
この書記、かわいい顔してやることが悪魔すぎる。
「お前らマジで覚悟しろよ……」
「きゃー先輩が怒りました、と私は思いました」
「きゃー先輩がキレました、とわたしも思いました」
「待てやコラ!! お前らにも食わせてやる、デスソース入りのたこ焼きをな!!」
そうして暫定生徒会初のタコパは、騒乱の中でなんとか幕を閉じたのだった。
★
「さてさて、記念すべきタコパも無事に終わったことだし……そろそろ向かうか、塩江君」
「無事には終わってないと思うんだが……向かう? どこにだよ」
後片付けが終わって間もなく、鏡野はそう言って立ち上がった。
手には大量の紙束を抱えている。
「決まっているだろう、旧校舎の全体を回るんだよ。さっき印刷してきたこのポスターを貼るのさ。ああ、勿論君にも手伝ってもらうよ? なにせ何十枚もあるんだ。こんな重労働、私のようなか弱い乙女にはとても荷が重いよ」
「はぁ!? いやお前、また怪しい勧誘ポスターを作って……!!」
「問答無用! 行くぞ塩江君、我々こそが真に正当な生徒会だと全校生徒に知らしめようじゃないか!」
「い、今からか!? タコパ終わったその足でか!?」
「当然! 今日行かずしていつ行くんだい? さぁ諸君────活動の時間だ!」
「了解です、と私は思いました」
「わかりました、と私は思いました」
「鏡野先輩!? もう……仕方ないわね。ほら行くわよ、兄さんも」
鏡野を先頭に、ゾロゾロと暫定生徒会の面々が旧生徒会室を出ていく。
……どうして。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
はじめ思い描いた青春からは、あまりにかけ離れた光景に思わずため息が漏れる。
それでもこれ以上鏡野を待たせると面倒なことになりそうだ。
そう思い、しぶしぶ立ち上がって彼女らの後に続く。
「はぁ……わかったよ」
いつの間にか座り慣れてしまったパイプ椅子から立ち上がり、去り際に旧生徒会室のプレートを眺めながら、僕は二度目のため息をついた。
────きっと、二度目の青春は恋愛ゲームの正規√になるはずだったのに、と。
《了》
きっと、二度目の青春は恋愛ゲームの正規√になる(はずだったのに)。 小鳥遊一 @takanasi_
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