達成度36:変な青春の到達点

「えー、それでは暫定生徒会の廃部回避と新メンバーである菓凛君の加入を祝いましてー……諸君、乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」


 鏡野の音頭とともにいくつもの紙コップが天へと掲げられる。

 机と椅子を寄せ合って即席のパーティー会場が作られた旧生徒会室にはわあわあといつにも増して騒がしく活気が漂っていた。


 机の上にはどこからか鏡野が引っ張ってきたたこ焼き器(さすがに念入りに洗った)とたこ焼きの粉にソースや青のり、それからなぜか醤油やらお菓子やらが並べられている。


「しかし、ここには本当に色々あるな……さすがに食材とかお菓子はスーパーで買ってきたけどさ。たこ焼き器とかコレ、そもそも何に使ってたんだ……?」


「それは勿論たこ焼きを作るためでしょう。学園祭などで使っていたのでは? それよりかわいい後輩にジュースを注いでください、先輩」


 乾杯の後の僕が紙コップに注いだ抹茶さくらラテ(さっき自販機で買ってきた)を飲もうとすると、横に座ってきた霧島姉妹のどちらかがくいっと袖を引いて紙コップを差し出してくる。


「今乾杯したのに中身注いでなかったのか?」


「はい、中身が溢れると困るので」


「ふーん。ま、いいや。入れてやるよ。で、どのジュースにするんだ? ジュースも結構あるぞ。りんごと、グレープと、カレピスと……ん? なんでそこに並んでデスソースがあるんだ」


「さっき私が買ってきました」


「なんで!? なんでタコパにデスソース持ってきたの!?」


「たこ焼きロシアンルーレットをやろうかと思いまして。ちなみに唐辛子チューブもあります」


「ほんとお前ら、人形みたいに大人しい顔しといて案外中身ははっちゃけてるよな……」


「ちなみに唐辛子チューブはルーレットとは関係なくこっそり先輩のたこ焼きに入れようかと思ってます」


「嫌がらせの犯行予告やめろ! むちゃくちゃ辛いだろそれ! 僕あんま辛いの得意じゃないんだぞ!」


「そうですか、それは何より良かったです」


「何にも良くねぇからな!?」


 唐辛子チューブを片手に慈愛の籠もった天使の如き微笑みを浮かべる美少女の後輩。なんだこれ、情報量が多すぎるだろ。


「んで、お前は結局どれにするんだよ」


「じゃあ全部ミックスで」


「中学生がファミレスのドリンクバーでやるやつじゃん……」


 こいつ、一応JKだよな……。たしかに見た目は幼いけども。僕は呆れつつも彼女から紙コップを受け取り、適当に全種類のジュースを注いで渡してやった。デスソースもぶち込んでやろうか真剣に検討したが、祝いの場に免じて延期にしておいてやる。


「ほれ、塩江ミックスだ」


「ありがとうございます」


 僕の手からベストブレンドの塩江ミックス(突っ込んでくれないの?)を受け取った霧島のどちらかは満足げに頷くと、カップに口を付けてごくごく飲み干す。

 いい飲みっぷりだな。


「あのー、ところでお前はいったいどっち……」


「あ、ずるいです。香織が抜け駆けして先輩にジュースを注いでもらっています。先輩、わたしにもお願いします」


 香織のほうだったか。そして今、僕に紙コップを突き出しているのが伊織と。


「姉妹揃って注いでないのか、しょうがないな。えーと、で、伊織は何のジュースがいいんだ?」


「ミックスがいいです」


「お前もかよ……」


 やっぱり姉妹なんだよなぁ、こいつら。しぶしぶさっき香織に作ったものと全く同じミックスジュースを作成し、伊織に渡す。

 双子は全く同じ動作とタイミングでごくごくジュースを飲んでいた。その様子はまるで合わせ鏡、まさしくドッペルゲンガーそのものである。


「「美味しいです」」


「そりゃ良かった。わざわざ手間隙かけてミックスした甲斐があったな」


「ちょっとあんた達、ジュースもいいけど飲みすぎてそれでお腹パンパンにしないでよね? 今日のメインはあくまでもたこ焼きなんだから」


 哺乳瓶に入ったミルクを飲み干す赤ちゃんの如く紙コップから口を離さない霧島姉妹に、横から出てきた菓凛が人差し指を立てる。うわ、母さんだ! うちの母さんだ!


 僕はふと、幼い頃のおやつタイムに母さんからそっくりそのまま同じことを言われたことを思い出した。


「菓凛はお母さんみたいです、と私は思いました」


「菓凛はママみたいです、とわたしも思いました」


「お、お母さんみたいですって!? ちょっと! 私はまだそんな年齢じゃないわよ!」


「いや、お前らマジでそれな。こいつめっちゃ母さんだわ。うちの母さんだわ」


「に、兄さん!? アンタ後でうちに帰ったら覚えてなさいよ!?」


 やべ、つい双子の勢いに釣られて迂闊に乗っかってしまった。

 後が怖ぇや……うん、でも今は忘れよう。無かったことにしよう。


 と、僕が現実逃避に走り出しているとたこ焼き機の前に陣取って両手にピックを持った鏡野がふんすと鼻息を荒くして声を張り上げた。


「よし、それでは諸君、早速たこ焼きを作るぞ! 生地はここにあるからな、後は焼いていくだけだ」


 今日の鏡野はトレードマークのキャスケットはそのままに、いつもの改造制服の上からエプロンを着用していた。どっからそのエプロン持ってきたんだお前。


「第一回暫定生徒会わくわくクッキングだ!」


「なんだその子供向け料理番組みたいなタイトルは」


「細かいことは気にするな、塩江君。安心しろ、私はこれでも料理は得意なほうなんだぞ」


「へぇ、鏡野が? 意外だな」


「ふん、その評価は心外だな塩江君。私はいつも電子レンジでカレーを温めているし、お湯を沸かしてカップ麺だって自在に作ってしまう」


「……」


「なんだその目は」


「いや、突っ込み待ちなのかどうか確かめようと思って」


「え? 今、何か私が面白いことでも言ったか?」


「……」


 あれか、一口に「料理ができる」といっても、その「料理」がどのくらいのレベルを指し示すのかは人によって大いに個人差がある。


 そのような認識の齟齬がたまに生み出すのだ────「料理ができる」と豪語する、できない人間を。


「母さんは私をこう呼ぶ……曰く、レトルトの魔術師と」


「それ褒められてんのか?」


「そして、冷凍の剣士と」


 ……冷凍の剣士はちょっとかっこよくて腹立つな。


「つまり気にすることはない、私に任せてくれ塩江君。たこ焼きの一億個や十億個、すぐに作ってやる」


 お前は業者か何かか?


「さっそく生地を入れるぞ」


 と、僕が呆れ果てているのもつかの間。鏡野はドヤ顔を浮かべたままたこ焼き機のスイッチを押す。するとたこ焼き機はぐおおおおんと音を立てて動き始めた。……このたこ焼き機大丈夫か? 雄叫びみたいなのあげてるけど。


「えーとどれどれ? 鉄板が十分に温まったらサラダ油を塗ればいいんだな」


 鏡野はスマホをちらちら見ながらたこ焼きを作る準備を着々と進めていく。

 関係のない話になるが、僕は彼女が携帯を持っていたことに驚いた。僕は霧島姉妹とは何気に連絡先を交換しているのだが、鏡野とは一切繋がっていない。


 別に繋がる理由も無かったしな。だが、正式に加入してこれから本格的に活動していくのなら彼女の連絡先は持っていたほうがいいかもしれない。


 これが終わったら聞いてみるか……なんか死亡フラグみたいで嫌だなぁ、今の。


「そうしたら半分まで生地を流し込んで、っと。おい諸君、具材投入の時間だ! 各々好きな食材を入れてくれ!」


 わーい、と真顔でデスソースを持ってきた後輩を右手でガッと止める。

 わーい、と唐辛子チューブを持ってきた後輩を左手で止める。


 僕に止められた霧島姉妹は、無表情のままぷくーと頬を膨らせた。


「なんですか先輩、邪魔しないでください。今から世紀のデスゲームを行うんです」


「やめろ、そんなことしたらタコパがラグナロクになるぞ」


「いいじゃない、面白そうだし」


「菓凛!?」


 意外だった。てっきり真面目な菓凛はこっち側に付いてくれるものかと思っていたが……いや、僕がこっち側にいるから向こうに付いたのか?

 うーん、でもたしかに一つくらいはそういうのがあってもいいか。


「……まぁ、いいか。でもデスソースを入れるのは一個だけにしろよ」


「わかりました。先輩のに入れておきます」


 もはやロシアンルーレットじゃなくてただの毒殺だろ。


「というのは冗談です。それでは面白くないので、ランダムで入れますね」


 心なしかうっきうきでデスソースを注いでいるように見える霧島姉妹をよそに、僕はふと鏡野がこそこそとたこ焼きに何かを入れていることに気づいた。


「鏡野?」


「ひゃん!?」


「お前は何入れて……って、チョコ?」


 鏡野が持っていたのは刻んだ板チョコだった。


「ほう、スイーツたこ焼きですか」


「たいしたものですね」


「お前ら急にどうした」


「知らないんですか? たこ焼きに甘いお菓子を入れて食べると美味しいんですよ。スイーツたこ焼きです。手軽に作れるし楽しいので、巷で話題なんです」


「へー、そんなのがあるのか」


 しかし言われてみればたしかに、相性は良さそうである。鏡野はバッと振り返り、水を得た魚の如く猛烈な勢いでまくし立てる。


「そ、その通りだとも香織君! そう、私はいずれ学園のトップになるものとしてだな、流行の最先端を突き進んでいるんだ! だから別に甘いものが食べたいとか好きとかでは決して……決してないんだ!」


「その言い訳は苦しいです、と私は思いました」


「う……!?」


「別にいいじゃんか、甘いもん好きでも。高校生には珍しくもないだろ。僕も結構好きだし」


「い、いやでも、恥ずかしいというかなんというか……って違う! いいから君たちも好きなモノを入れろ!」


 鏡野は顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振る。その手にはちゃっかりマシュマロが握られていて面白いが、可哀想なのでこれ以上は突っ込まないでおいてやろう。

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