達成度35:二人目の副会長
翌日。僕は菓凛を暫定生徒会に案内し、さっそく鏡野に会わせた。
暫定生徒会の部室である旧生徒会室の中央にて、塩江菓凛は鏡野柚葉と向き合っていた。
教室の最奥には鏡野が愛用しているお馴染みの上等な回転椅子と、その前に置かれたこれまた立派というほかにない無駄に大きな机がどんと鎮座しており────その机の前に立った菓凛は、鏡野に向けておもむろに頭を下げた。
「塩江菓凛です。兄がいつもお世話になっております。まだまだ至らぬ点の多い未熟者ですが、誠心誠意努力していく所存です。よろしくお願いします」
洗練された仕草で粛々と腰を折り曲げ、気持ち悪いくらい丁寧な挨拶をする菓凛。そんな彼女の姿には、我が妹ながらも惚れ惚れするものがあった。
「……と、いうわけで。妹の菓凛が入ってくれることになった。真面目でうるさい奴だが仲良くしてやってくれ。これで条件はクリアだな」
僕はどこか自慢げな(妹を誇りに思う気持ちがあったのかもしれない)笑みを浮かべて、鏡野を見る。するとなぜか横の菓凛はジト目になってなにかもの言いたげに僕を見てきたが、とりあえず気づかないフリをして乗り切る。
そして当の鏡野はといえば────ぽかんと口を開け、呆気に取られたように僕と菓凛の表情を代わる代わる見つめていた。
まぁ、無理もないか。昨日改めてはっきりと入部の意志を明らかにしたとはいえ、普段あれだけ暫定生徒会と鏡野に対して悪態をついていたいきなり僕が妹を連れてきたのだ。
そりゃ驚くだろう。僕が鏡野ならば心配になってしまう。
だがいつまでも気を取られているわけにはいかないと理解したのか、ハッと鏡野は表情を変えておずおずと口を開いた。
「校章のデザインから見るに君は……一年生か」
「えっ? はい、そうですけど……」
二人はどこか緊張した様子で言葉を交わす。これは僕が間に入って仲介する必要があるだろうか、と口を挟もうとしたタイミングで、不意に鏡野は言った。
「ここに……暫定生徒会に、入ってくれるのか? 本当に……?」
鏡野の口から絞り出されるようにして発されたその声は、わずかな震えを帯びていた。
鏡野はキャスケットを外し、胸の前まで持ってきたそれをぎゅっ、ぎゅっ、と揉みながら呟くようにして続けた。視線を不安げに彷徨わせ、せわしなくキャスケットをいじる。
「いや、その気持ちは無論ありがたいが、もし塩江君……君の兄に言われて来させられているようなら、入部を強制はしない。入るかどうかは、あくまで君の意志を尊重する。それにもしここが合わないと感じたのならいつでも退部してくれていいし、入部したからといって毎日通わなくてもいい。力を貸してくれるだけで……ええと、その、つまりは何が言いたいかと言うとだな……無理はしなくてもいい、ということだ」
「……」
鏡野柚葉。彼女はきっと、不安に思っているのだ。
僕が最初そうであったように、菓凛もまた強制されて、あるいは何らかの取引や脅しがあってここに来させられているのではないか、と。
僕は何か言うべきか迷ったが、しばし考えた末に黙る。ここは他でもない妹の口から語られなければ信用できないだろうからだ。
菓凛はそんな鏡野を見て、目を丸くしていたが……その直後、くすっと笑った。
「いえ、私は兄に脅されて、無理にこの場に来たわけじゃありません。ちゃんと入部しますし、ちゃんと入部したら毎日来るつもりです。兄から話は聞いていますから。ここは……楽しい部活だって」
「……」
ほほ笑む菓凛に、僕は何気なしに目を逸らす。それは照れくささと、照れくささに起因する居心地の悪さを感じたからだ。
「そういえば、あなたは鏡野さんですよね?」
突然自分の名前を呼ばれ、鏡野はビクッと身体をこわばらせる。
「あ、ああ、そうだ。しかしなぜ私が鏡野柚葉だと? まだ自己紹介は終えていないはずなのだが……」
「すぐに分かりました。兄と相性が良さそうな人だなって」
「「そ、それはどういう意味だ!?」」
突然とんでもないことを言い出した菓凛に声を荒げると、偶然鏡野と台詞がシンクロする。
身を乗り出して同時に反応した僕らは互いに顔を見合わせる。だが妙な気恥ずかしさが相まってまともに視線を合わせることができず、すぐに目を逸した。
菓凛はそんな僕らを見て、くすりとさらに笑みを深める。
「ほら、息ぴったりじゃない」
「────っ!」
途端に身体が火照りだす。
熱い、なぜだか無性に顔が熱い!
まだ四月だというのに、どうしてこんなにも体温が上がっているんだ。
ふと鏡野のほうを見ると、どうやら彼女も同じ状態らしく、ぱたぱたと右手をうちわ代わりにして顔を仰いでいた。
クソ……菓凛め、覚えてろよ。こいつが暫定生徒会に入ったらどんな仕返しをしてやろうかと考えていると、いきなり鏡野が「と、とにかくそういうことなら大歓迎だ!」と立ち上がって菓凛の手を両手で取った。
「塩江君……いや、これだと塩江君と被るな。菓凛君! 君は救世主だ、よく来てくれた!」
感激した様子の鏡野は、目を輝かせながら菓凛の手をぶんぶんと上下に振り回す。
菓凛は苦笑いを浮かべながら、それでも鏡野の手を固く握り返していた。
「さて、そういうことなら早速君に役職を与えねばな」
来た、恒例の役職タイム。
RPGで言うところの好きな職業を選んでね! 的なアレである。
まぁ僕はあんまりRPGやってないんだけどな。
「何か希望はあるかな? 何でも遠慮せず言ってくれていいぞ。庶務、監査、広報、会計、その他諸々……なんとびっくり今なら選び放題だ! 君は実に運がいいな!」
「一年中選び放題じゃないか? うちは」
「うーん、そうですね」
と、腕を組み考えるポーズを取る菓凛。
「私はなんでもいいです」
「なんでも!?」
「はい。特にこだわりがあるわけでもないので。……あ、そうだ。兄はどの役職なんですか?」
「僕か? 僕は……」
「兄さんには聞いてないわ」
「んな理不尽な……」
「塩江君かい? 彼は副会長だね」
「そうですか。じゃあ、私もそれで」
「「え!?」」
またもや僕と鏡野の声がシンクロしてしまった。むむむ、恥ずかしいやらやりづらいやら。
「駄目ですか?」
菓凛は首を傾げて鏡野のほうを見る。
「いや、副会長が一人でなければならないという決まりはない。別に、構わないが……」
「いいのか? 僕と同じ役職で」
「言ったでしょ。別にこだわりがあるわけじゃないし、構わないわ。それに妹として兄さんの仕事のミスをフォローしてあげないといけないもの。そのためには同じ役職のほうが都合がいいでしょ?」
「……」
相変わらず、顔以外は可愛くない妹である。鏡野はうんうんと頷きながら「なるほど、了解した」とキャスケットを被り直し────。
「では塩江菓凛────君に暫定生徒会、副会長の役職を与えよう!」
と、その場でくるっとターンして謎のポーズを取った。
ビシッ!とドヤ顔を決める鏡野に対してリアクションを示さず、菓凛は「ありがとうございます。これから頑張ります」と両手を胸の前で握った。
お前、僕以外にはあんまり突っ込まないのな……これで案外臆病な部分があるのかもしれない。
するとその時、不意に突然ドアが開かれた。
何事かと僕らは視線を集中させるが、
「すみません詩織の補講で遅れました、と私は思いました」
「すみません香織のお説教で遅れました、とわたしは思いました」
そこに入ってきたのは華奢な体躯の、まるで妖精のように儚い神秘的な雰囲気をまとった双子の少女だった。
霧島香織&伊織である。遅刻の言い訳を互いに押し付け合いながら入ってきたこいつらだが以外に仲は悪くない。いや、喧嘩するほど仲が良いと言うべきか。
「おっ、お前らも来たか霧島ツインズ」
「そのお笑い芸人のようなあだ名はやめてください、先輩。つい漫才をやりたくなってしまうので」
漫才やりたくなっちゃうのかよ。生粋の芸人じゃん。
「それはともかく────そちらの方は、えっと?」
「あれ? 霧島姉妹じゃない。あんた達こんなところで何してんのよ」
「「菓凛?」」
顔を見合わせてきょとんと首を傾げる三人。
どうやら彼女らは知り合いだったようだ。
「面識があるのか、お前ら」
「はい、友達です」
「ああ……この子たち、私のクラスメイトだから。兄さんには話したことなかったっけ? うちのクラスに瓜二つの人形みたいな双子がいるって」
なんと、ここで繋がりがあったとは驚きだ。
もっとも考えてみれば三人は同学年────同じ一年生なわけだし、その可能性は大いにあったわけなのだが、しかし僕はまるでその可能性を考えていなかった。
ていうか、その情報をもっと早く教えてもらってれば霧島姉妹の騒動もスムーズに解決できたのに……今さら言っても仕方のないことではあるが。
「それで、なぜ菓凛がここにいるんですか? 依頼人ですか?」
「あっ、私ここに入部したから。よろしくね」
「……?」
いまいち要領を得ないといった様子で、頭上に疑問符を浮かべる双子。
「あー、そいつ僕の妹でさ。同好会申請のために入ってくれることになったんだ」
「ええっ、先輩の妹だったんですか。びっくりしました」
ぎょっと上体を仰け反らせて若干オーバーなくらいのリアクションを取る霧島姉妹だが、相変わらず表情筋は一ミリたりとも動じていない。動かざること氷像の如し、だ。
「私もびっくりよ……まさかあんた達が兄さんと同じ部活に入ってるなんてね」
菓凛は肩をすくめながら笑う。うん、元々知り合いなら仲を深めるのも早いだろう。
ここは一年生同士で仲良くやってもらうことにしよう────と、思っていると。
「ごほん」
突然鏡野がわざとらしく咳払いをした。
「どしたん、鏡野」
「ま、なんだ諸君。こうして我々暫定生徒会の存続が決まったわけだし、新メンバーの歓迎会と祝賀会を兼ねてだな……ええと、その」
鏡野は地面に視線を落とし、もじもじとキャスケットをいじりはじめる。
その雰囲気はいつになく普通の女の子らしいというか、彼女らしからぬ、真っ当な恥じらいのある表情を浮かべていた。
「……ぱーっと皆でお祝いをやりたいな、と思ってだな」
「お祝い? あー、いいんじゃないか? せっかくだしな」
僕が頷くと鏡野は途端に表情を明るく輝かせる。ぱぁぁぁ、と花が開くようだった。
「だろう!? そうだろう!? ふふっ、決まりだな! 我ながら良いアイデアだと思ったんだ!」
キャスケットを押さえ、嬉しさのあまりぴょんぴょんと飛び跳ね始める鏡野。
おい、お前キャラ崩れかけてんぞ。
しかしそれはともかく、明るい笑みを浮かべて子供のようにはしゃぐ彼女は……いやいや、落ち着け僕。
「でもお祝いったって何するんだ? どっかに飯でも食いに行くのか」
ラーメン屋とか? ドナルドなんちゃらのハンバーガー屋さんとか? 生憎と友達とそういう場所に買い食いに行った経験がないのでわからない。
「ふっ、当たらずとも遠からず、だ。わからないかい? 塩江君」
鼻の下をさすりながらドヤ顔を決める鏡野。そして彼女は再びくるりと回転すると、
「暫定生徒会での、初めての盛大なお祝い。それはずばり────タコパだッ!!」
……こうして、鏡野の提案により第一回暫定生徒会たこ焼きパーティーの開催が決定した。
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