真夜中のミッション

幸まる

ボクがんばる!

深夜。


夜ふかしのパパもすっかり寝入った頃、ボクは部屋の入口に向かう。



ふすまの隙間に身体をねじ入れて、ソロソロと隙間を広げた。

まだ幼稚園のさやちゃんは、パパとママと一緒に和室で眠っているから助かった。

これが子供部屋の扉だったら、取っ手に手が届かなくて開けられなかっただろう。


だって、ボクは、クマの縫いぐるみだから。



ようやく通り抜けられるだけの隙間を開けて、ボクは後ろを振り返った。

パパとママの間で寝ているさやちゃんの、枕元に座っているミミさんと目が合う。


ミミさんはピンクのうさぎの縫いぐるみ。

ボクの大事なパートナーだ。

さやちゃんは、いつもボクとミミさんを一緒に並べて遊んでくれる。

ボクのキャラメル色の体と、ミミさんのピンクの体がぴったりなんだって。

色の組み合わせの良さはよく分からないけど、ボクはミミさんが好きだから嬉しいや。


そんなことはともかく、ミミさんが心配そうな目で見ていたから、ボクは大丈夫だよと手を振って、真っ暗な廊下に出た。


ボクはこれから、大事なミッションに挑むのだ。




ポス ポス ポス


暗い廊下を歩いて、階段の上に出た。

照明の明かりがない今は、下を覗くと深い穴みたいに見える。

ミッションを成功させるには、この階段を降りて、一階の居間へ行かなければならない。


よーし!


ボクは気合を入れて、えいっと前に倒れた。


ポスン ポスン ポスン ポスン…

ゴロゴロ ドン!


ボクの体は階段を下まで転がり落ちて、勢いよくその先の壁にぶつかって止まる。


イテテテ…


中は綿の縫いぐるみだけど、さすがに階段を下まで転げ落ちたらちょっと痛かったや。



「ちょっとぉ、驚くじゃないのぉ」


間延びした声が聞こえて、ボクは手をついて体を起こした。

目の前には水槽があって、中からカメさんが睨んでいた。

正面の壁にぶつかったと思ったけど、どうやらちょっと逸れて、角に置かれたシェルフラックにぶつかったみたいだ。


「驚かせてごめんねカメさん、ボク、居間に行くところだったんだ」

「居間ぁ? ひとりでぇ?」

「うん、ボク、ミッション中なんだ」

「ミッショ〜ン? 何のぉ?」

「さやちゃんの大事な宝物をさがしに行くんだ!」


ボクは柔らかな胸を張った。




さやちゃんの宝物。

それは先月の誕生日にプレゼントされた、ビーズセットの中にあった。


小さな子供でも遊べる、カラフルな大きめのビーズがたくさん入ったセット。

さやちゃんはそれをプレゼントされてから、毛糸やゴム紐に通してアクセサリーを作ったり、並べて絵を作ったりして楽しそう。


今日のさやちゃんの髪は、赤いビーズが付いた髪ゴムで括られてた。

さやちゃんが作った髪ゴム。

似合っていて、とてもかわいかった!


そのセットの中に、一番大きくて、七色に輝くお花の形のビーズがあった。

さやちゃんの一番のお気に入り。

宝物だ。


「何に使おうかな」って言いながら、まだ使わずに大事においてあった。


それなのに、今日机に並べて遊んでいた時に、さやちゃんの手元からそれは転がり落ちた。

並んで座っていたボクとミミさんは気付いたけど、さやちゃんは気付いていなかったんだ。


片付ける時になって、さやちゃんはお花のビーズがないことに気付いた。

ママも一緒に探したけど見つからなくて、さやちゃんは大泣きしたのだった。


でも、ボクとミミさんは見てたんだ。

コロコロ転がったお花のビーズが、テレビ台の下に入っちゃったのを!




「だから、ボクが拾ってあげるんだ。きっと、さやちゃんが喜んでくれる!」

「ふぅ~ん。そりゃあぁ大事なミッションだねぇ」


カメさんは、にゅうっと首を伸ばすと、尖った鼻先で居間の方を指した。


「テレビ台の横にぃ、非常灯がおいてあるだろうぅ あれを転がせば明るくなるよぅ」

「わあ、助かるよ。ありがとう、カメさん!」


ボクはお礼を言って歩き出す。


ポス ポス ポス


居間の扉は、換気のために夜は開けたままだ。

ボクは難なく中に入って、カメさんの言った通り、テレビ台の横に立ててある非常灯に近付く。

それは充電器の部分がコンセントに刺さっていて、本体を持ち上げれば光るようになっている。

でも、人間にとっては小さい物だけど、力のないボクには重くて持ち上がらない。


よーし!


ボクは気合を入れて、ドンと非常灯に体当りした。

非常灯は土台から落ちて、パアと光を放った。


わあ、明るい!

これならテレビ台の下も照らせるよ。


ボクは非常灯を転がして、テレビ台の下を照らした。



テレビ台の下は、掃除が下手なママのおかげでホコリだらけだった。


うえっ。

ボク、あそこに入らないといけないの?


そう思ったけど、さやちゃんの笑顔のためには、ここで引き下がるわけにはいかない。

もう、あんなふうに泣いてほしくないんだ。

さやちゃんには、ニコニコの笑顔でいて欲しいんだもの。


よーし!


ボクは気合を入れて、テレビ台の下に体を入れる。

さすがに縫いぐるみでもすんなり入れる隙間ではなくて、ボクは体をギュウギュウと狭めならが隙間にねじ込ませた。


よし、何とか半分入れたぞ。

お花のビーズはどこかな…。


目を凝らせば、非常灯の光に照らされて、ずっと奥の壁際に七色の輝きが見えた。


あった、あれだ!


……と思って伸ばした手に、別の柔らかな物が触れた。

引張り出して見れば、それは赤いリボンの飾り。


あれ?

これってずっと前に失くした、ミミさんの耳飾りのリボンじゃない?



そう思った瞬間に、パッと階段の照明が点いた―――。




「あら? 非常灯落ちてるじゃない」

「あ、さやのくまちゃん!」


ママが非常灯を拾い上げると、さやちゃんがボクを見つけて抱きしめた。

腕に付いていたホコリの塊が落ちる。


どうやら、さやちゃんはトイレに起きてきたらしい。


「くまちゃん置き忘れてたの? 持って上がったら?」

「う~ん、忘れてたのかなぁ…」


言いながらボクを抱きしめて階段を登る。


あ、待って、待って!

まだお花のビーズが取れてないんだよぅ。


そう思っても、さやちゃんとママに伝わるはずもない。

苦笑いのカメさんの前をさやちゃんに抱かれて通り、ボクはあっさりと布団に戻されてしまったのだった。


ミッションは失敗に終わった……。

ガクリ。





「わあ! ミミちゃんのリボン飾り、ずっと探してたの!」


翌朝、目を覚ましたさやちゃんが、ボクの腕にくっついているミミさんのリボン飾りを見つけて言った。


「あら、あったの?」

「うん! 探しても見つからないから、お花のビーズで作ってあげようと思ってたの。でもお花のビーズがなくなって困ってたんだけど、こっちが見つかっちゃった!」


不思議だね、と言ってさやちゃんが笑う。

ボクはミミさんと目を合わせる。


じゃあ、お花のビーズは、このリボン飾りの代わりになるはずだったってこと? 



「くまちゃんが見つけてくれたのかな。ありがとう!」


さやちゃんはボクをギュウと抱きしめた。

そんなわけないじゃない、とママは笑っているけど、ボクは内心ドキドキしちゃった。


お花のビーズは拾えなかったけど、とにかく、さやちゃんの笑顔は取り戻せたみたい。

それに、大事なミミさんのリボン飾りも取り戻せた!



あれ? これってミッション成功?

えーと、まあ、いいかっ!


ボクは、ちょっぴり汚れた柔らかな胸を張ったのだった。




《 おしまい 》

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真夜中のミッション 幸まる @karamitu

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