夜遊び
ロッカーの前でスマホを睨んでいたミロさんが膝から崩れ落ちて泣いた。そのとき私はまだ着替えの途中で、気乗りしない客を引っ張っているのだと思い黙って見ていたのだけれど、突然の事態にギョッとして駆けよった。さっきまでは気迫のある様子だったのに、今は真っ白になってうなだれている。
「何事!?」
「……ららら」
「言葉にして!」
「落選だ……」
「は?」
ずいっと差し出されたスマホを見るとサイトの画面が開かれている。細々した文章の中で「落選」の二文字だけがやたらに目立って見えた。
「推しの卒業ライブなんです。落ちました。初期から応援してたのに」
「それは残念だったね」
ミロさんのメンタルが壊れてしまった。頭がグラリと揺れ、右目と左目が別の方向を向いた。瞳孔は全開で焦点がさだまらない。半開きの口の中で何かうめくとスマホを床に叩きつけ、おもむろに大の字に寝転んだと思ったら、お菓子コーナーで「これ欲しい」状態の女児さながらジタバタと悶絶した。
「ミロさん! 気を確かに!」
「クソが……もう全員ぶっころ」
「ストップ!」
肩を強くゆする。はっとしたミロさんは、目の中に光を取り戻した。綺麗にセットしたばかりの髪はぐちゃぐちゃだ。
「もう、ツインテール、かたっぽほどけちゃってるよ。直してあげるから座って」
素直に体育座りをしたミロさんは、まためそめそと泣き出した。なぐさめるのは得意じゃないけれど、呪詛を吐かれるよりマシだ。ミロさんは地雷系とバンギャのハイブリッドで本当に人を呪い殺せそうな雰囲気がある。もちろん褒め言葉だ。深淵は人を惹きつける。なんちゃって。
「イツカさんは推しいますか?」
「いた、かな」
「アタシの気持ちわかります?」
「わかるわかる。えーっと、わかるよ。ミロさんはいつも可愛いね」
「うん」
見れる程度に髪を整え、早々に更衣室を出た。刃に触れれば切れるような雰囲気だ。落ち着かなければ、度数の高い缶チューハイをストローで摂取させなければならない。酒は時として良く効くお薬になる。
心配は杞憂だった。その夜、ミロさんは「つらいことがあったの」とたくさんの客を呼び、方々から猫っ可愛がりだった。転んでもただでは起きぬ、究極のキャバ嬢だ。
club L 水野いつき @projectamy
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