第35話 いつか君の英雄になれたら

 ニーナが謹慎紛いの事をさせられていると聞いて急ぎ足で向かったロベルトだったが、いざ部屋の前までやってくると、勢いを無くして立ち止まってしまう。


 ニーナになんと言うべきか。


 ただ話をしなければいけないという一心で部屋に来たが、考えが纏まっていない事に気がついた。


 ここ数日でニーナに対する認識がガラリと変わってしまった気がする。


 随分と恥ずかしい事を言ってしまった気もするし、今回の事件では凄惨な事件にも遭遇している。


 それもこれも、ロベルトが後先を考えずに我儘を言わなければ起きなかった事件であり、ニーナはただ巻き込まれた形にすぎないのは理解していたが。


『入らねえのか?』


「なにを話せばいいのかわからないんだ」


『そんなの簡単だろ。下着の色でも聞いとけ』


「お前に聞いた俺が馬鹿だったよっ……」


 部屋の前でそんな問答をしていると、目の前の扉が一人でに開いた。

 

「誰かいるんですか?」


 ニーナがキョトンとした顔でロベルトを見る。


「あれ? ロベルト様? 何してるんですか?」


「……無駄に耳がいいな」


「な、なんですか無駄って!」


「あ、いや。それより、どうだ? その、調子は?」


 ロベルトの言葉にニーナは目を丸くした。


「あ、盗賊たちが使った薬は一時的な効果だと言われて、今は特に問題ないそうです。身体の調子も普段と変わらない程度まで回復しました」


「そうか」


「はい! ……それよりロベルト様はお怪我は大丈夫ですか……?」


 ニーナは落ち着かない様子で、ロベルトの額と脚の包帯を見る。


「なんて事はない。かすり傷だ」


「……あんなに血が出てたのに……」


「え?」


「そうですね。ロベルト様がそう言うなら、きっとそうなんでしょうねっ」


 ニーナは顔を背けて投げやりに言った。その態度に流石のロベルトもムッとする。


「おい、何だ? 何を怒ってる?」


「別に! 怒ってなんかいません! ロベルト様が大事なくて本当によかったです! それだけですから!」


「待て待て!」


 そう言って扉を閉めようとするニーナに、ロベルトは慌てた。まだ話は終わってないとばかりに、伸ばした手がニーナの肩を掴んだ。


「なんですか?」


 いつもとは違い、素っ気ない態度のニーナにロベルトは混乱した。


「いや……その。もし何か怒らせるような事を言ったなら済まなかった」


 ロベルトが断腸の思いで捻り出した謝罪に、ニーナはため息をついた。


「……私も嘘をつきました。だからそれはごめんなさい。私、本当は怒っていました。私が怒ってる理由に気がついてないロベルト様に」


「……どうして怒ってるんだ?」


「だって……そんなに傷ついて、見るだけで痛々しい姿で、心配しないわけがないじゃないですか……」


「……そ、そうか?」


「なのに虚勢を張って、痛いのに痛くないって言ったり、怖いのに、立ち向かったり、どうしてなんですか……? なんでロベルト様は私の事を助けてくれるんですか?」


 泣き出したニーナに、ロベルトは肩に置いていた手を放し自らの頬を掻いた。


 少しの間沈黙が支配した。


 ロベルトはニーナに対して言いたい事があった筈なのに、それが上手く出てこない。


 ──これじゃヴァンを笑えないな。


 口下手なヴァンと似た様な部分が自分にある事を自覚した上で、ロベルトは意を決して口を開いた。


「俺はお前を泣かせてばかりだな」


「……」


「お前の言う通り、確かに虚勢を張った。そうだな。恐れもあった。傷も正直に言うとちょっと、いや、かなり痛い。嘘をついた事を認めるよ。けど、これから言う言葉に嘘はないから聞いてくれ」


 ロベルトが言葉を区切ると、ニーナが顔を上げた。


 頬を伝う涙を見て、胸が苦しくなりながらも、ロベルトは精一杯の笑顔を浮かべた。


「──無事でよかった。お前がいないと、俺は駄目みたいだ。だから、これからもそばにいてくれ。その代わり、お前が仕えていて誇れる様な……そんな人間になるから。だから辞めるなんて言わないでくれよニーナ」


 ロベルトの言葉に、ニーナは驚いた表情を浮かべた。


 それが徐々に泣き顔に変わり、そして優しい笑みに変わっていく。


「……私、昔からよく想像していたんです。御伽話に聞く英雄は、獣人にも分け隔てなく、人種による差別もない、誰にでも優しい人だって聞いて……どんな人なのかなって。そんな人が本当にいるのかなって。もし本当にいるなら、獣人の私にどんな事を言ってくれるんだろうって思ってました」


「……」


「想像通りではなかったです。想像より! もっとずっと、優しい人でした!」


 泣き腫らした目が、三日月のように笑った。


 その表情に、ロベルトは呆気に取られた。


 泣きながら笑うニーナを見て、胸の奥が熱くなる。


「優しいかどうかはわからないけど、そうなれるように頑張るよ……」


「はい! ロベルト様! ……助けに来てくれてありがとうございます!」


 これまで感じた事のない様な想いが胸を満たしていく。


 今まで漠然としていた物が、妙に形になった様に感じた。


 ヴァンは、どんな思いで聞いているのだろうか。


 訊ねても、気まぐれな彼はきっとそれに答える事はない。


 ヴァンと出会い、ニーナと出会い、短い時間だったが、色々な出来事があった。


 その中で確かに自分の中で何かが変わっていくのを感じていた。


 ニーナはロベルトのことを英雄の様だと言う。


 ヴァンに負けない英雄になれると言う。


 ロベルト自身はそうは思わなかったし、そうなれるとも思ってはいなかった


 今まで人からかけられる期待はロベルトにとって苦しいもので、そんなもののために努力をするなんて馬鹿らしいとさえ思っていた。


 けれど、今ここにいるのは、彼女の期待に応えたいと、ただそう思う自分だった。


「なあ。俺は、お前が言ってくれた様に、いつかお前の英雄に──」


「なんですか?」


「……いや、なんでもない」


 この時、ロベルトは誓った。


 ──ヴァンに近づく事が出来なくても、例えシルヴィアに追いつく事が出来なかったとしても、ニーナを裏切る事はしない。必ず、いつかニーナにとっての英雄になってやる。


 ロベルトの決意は胸のうちに秘めたもので、誰にも届くことはない。


 ──いつかその望みが果たされた時に、彼女はどんな顔をするのか、どんな言葉をくれるのだろうか。


 それは、生まれて初めてロベルトが夢を持った瞬間だった。









 ――――――――――――――――


#あとがき


これまでご愛読いただき、誠にありがとうございます!((o(^∇^)o))

これにて第一章完結となります!

かなりハイペースで駆け抜ける結果になりましたが、追ってくれている読者様や、応援してくれる読者様のおかげで最後まで書き切る事ができました( ´∀`)


感謝しています。本当にありがとうございました。








 

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いつか君の英雄になれたら 新田青 @Arata_Ao

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