第22話:恋の銃弾は5.56mm

「――行け!」


 隊長の号令と共に、チームが動く。

 俺は中段のフォロー、前を進む女子高生の〈ユミ〉を援護するポジション。


 基地の倉庫、そこに組まれたキルハウス。

 木板で仕切られた廊下と部屋に、自動小銃を構えたまま進んでいく。



 突入作戦はまだ2回しか参加していない。

 次に参加するので3回目、今回は本格的な攻撃作戦になると説明された。

 俺はもう新人じゃないということだ。



 ユミが突入する部屋の前で止まる。

 集中して部屋の中を探っているようだ。


 中高生の超能力者部隊「ブレイブユニット」、その中で唯一重火器を使っている彼女の能力は『透視』だ。

 目からX線が出ているわけではないが、遮蔽物や壁越しに人間の気配を探知できるらしい。



 ハンドシグナルでこちらに伝達。

 敵は4人、重火器で武装、待ち構えている。


 ――そうなれば、対処は決まっている。


 チームメンバーの背にあるショットガンを借り、目の前にあるドアの蝶番に向ける。

 俺の背後に続いていた隊員が手榴弾を投げ込む姿勢を取ったのを確認し、トリガーを引く。


 強烈な発射炎、銃声、反動。それと同時にドアに大穴ができる。

 ドアを固定している蝶番が破壊され、ゆっくりと倒れ始めた。

 ショットガンの銃床ストックで殴るようにして、ドア自体を突き飛ばす。

 それと同時に、閃光手榴弾フラッシュバンが投げ込まれた。


 破裂音が鳴り響き、廊下にまで閃光が届く。

 それが終わるのと同時に、ドアの前を横切った。そのままチームメンバーが安全を確保した通路を通って迂回。

 それから銃声が鳴り響く部屋に突入した。


 さっき破壊したドア、その側面方向からの通路。

 銃を構えたままの敵役、その横側から攻撃――――




「状況終了!」


 即座にショットガンから装填した弾薬を取り除き、安全な状態にする。

 他の隊員も同じように装備を無効化。これで今回の突入は終わりだ。



「次のチーム、突入位置に!」


 俺達は駆け足でキルハウスを出る。

 今回は不参加となる控えメンバーが入れ違いで入っていく、ドアや壁を直すためだ。


 本日4回目の突入だが、過去最高だったと思う。

 連携も取れていたし、ミスもほとんど無い。

 時間と手間は掛かってしまったが、それでも確実に進められた印象がある。



 銃を置き、ヘルメットを取る。

 汗で湯気が立ち、倉庫内が思った以上に冷えていることに気付いた。

 集中していると寒さや疲労を感じにくくなる。他の隊員も同じようだった。


 ――アドレナリン、意外と簡単に出るんだよなぁ。


 興奮物質であるアドレナリンは極限状態で集中力や身体能力を高めてくれる。

 しかし、その分泌は個人差が大きい。都合良く、ピンチをチャンスに変えるこなんてことは程遠い。

 

 逆に集中し過ぎて、トンネルビジョン――視野が極端に狭くなり、過敏に反応し過ぎてしまうという問題の方がずっと厄介だった。




「お疲れさまです」

 気付けば、すぐ横にユミがいた。

 湯気が出るほど汗をかいた男の隣、臭いとは思わないだろうか……?


 ――気にし過ぎだ、自意識過剰だろ。



「お疲れ、今回はちゃんとフォローできたみたいだ」

「ありがとうございます、自分もやりやすかったです」


 静かに微笑むユミ。

 ここ最近は任務が続いて、なかなか訓練をする機会が無かった。

 以前は失敗ばかりだったキルハウス訓練も、他の隊員と同じくらいにやれている。

 今日はそれが実感できた。



「あの……お聞きしたいことが」

 覗き込むように俺を見るユミ、ちょっと距離が近いのもあって直視できない。


 ――ホント、美形だもんなぁ。


 物静かな移民ハーフ系女子高生、一昔前ならSNSやら何やらでバズるような美しさがあった。

 だが、今ではそんな感じの人間は日本に溢れている。虚しい時代だ。



「どうしたの?」


「ええと……」

 ユミにしては、なんだか珍しい。

 彼女は大人の男達に紛れて銃撃戦をするくらい度胸のある女子だ。

 そんな彼女が言葉を選んでいる……元々、そんなにあれこれ話すような子ではないのだが、それでも言い淀むことは無かった記憶がある。



 数秒考え込んだ後、再び俺を見上げてくる。



「やよい……ではなく、ミヅキとは最近どうですか?」


「ああ、ミヅキね」


 何かと縁がある「ブレイブユニット」の一員、命を救われたこともある。

 毎朝、日課であるランニングに付き合ってもらっているが、最近の任務では一緒になることはほとんど無かった。


 ――どうしてユミが、ミヅキを気に掛けるんだ?


「何かあったのか? 俺は特に何も聞いてないが……」


「いや、その……」

 言葉に詰まるユミ。話しにくいような問題でも起きたのだろうか?


「ほとんど毎朝会ってるけど、悩みとかあるような感じじゃなかったな」

 今日も一緒に走った。そろそろ走るコースを変えようか、なんて話したものだが。



「進展は、無いんですか?」



 ――進展、だって?


 一瞬、ユミが何を言っているのかわからなかった。

 だが、なんとなく言い淀んでいたことを考えると……その意図は見えてくる。



「あの……ユミさん? 何か勘違いをして――」



「どう弁明しようと、シロタさんとミヅキは交際しているようにしか見えないです」


 ――そ、そりゃそうだよな……!


 早朝に時間を取って一緒に過ごす。それがランニングだったとしても、傍目から見れば恋人のそれだ。

 もしかしなくても、そういった関係と認識されてもおかしくない。



「いやいや、30のオッサンと女子高生はさすがに……」


「はあ……普通だと思いますが」


 さすがに親子の年齢差までならないとは思うが、さすがに10歳も離れている相手には拒否感があるだろう。

 それとも、今の若い世代は年齢に囚われないのか……?


「それに、俺がこう……女子高生を好きになったりしたら、犯罪になっちまうだろ! 気持ち悪くないか?」


「いいえ、まったく」

 ユミは真面目そのものだ。俺をからかっているようには見えない。

 世代が違えば、違う人間というのは昔からある話だが、ここまで感覚が違うものなのか?


 ふと、周囲を見回すと――俺とユミの周囲には誰もいない。

 助け船は出してくれそうになかった。



「それに、シロタさんは特別です。ミヅキが好きになるのもわかります」

 微笑みながら、ユミが近寄ってきた。

 整った顔立ち、しっとりと汗ばんだ肌が妙に色っぽい。



「いやいや、そんなんじゃないと思うぞ」


 頭の中ではわかってた。

 ミヅキは、俺に好意を向けてくれている。

 しかし、大の大人として……それを素直に受け止めていいものだろうか?


 ミヅキは未成年、責任ある大人が手を出していい相手ではない。



「じゃあ、ミヅキのことはどうでもいいんですね」


「まあ、良き同僚ってとこだな」


 自分でも、苦し紛れの嘘だとわかる。

 俺自身も、ミヅキに――〈やよい〉に特別な感情を抱いている。

 命を救われ、立場を守られ、何度も助けてもらった。


 もちろん、それだけじゃない。

 でも……その答えを出すのは、今ではないはずだ。










「――――シロタさん」


 ユミが微笑みながら、見上げてくる。

 そして、俺の腰に巻き付くように抱きついてきた。


 お互いに装備を着ているから、身体の感触はわからない。

 それでも、彼女の心臓の鼓動が聞こえてくるような気がした。




「自分を……自分の人生を、もらってはくれませんか?」







 ――これって……?!


 頭の中に、ユミの言葉が反響する。

 俺だって男だ、未成年――つまりは若くて魅力的な女性が言い寄ってきているとわかれば、性欲が理性を支配しそうになってしまう。

 考えたくもなかったユミとの未来が脳裏に描かれ、あんな姿、こんな姿、その先に待っているだろうウェディングドレス姿を想像しそうになったところで、俺はなんとかユミを引き離した。


 ユミは発育が良すぎる。

 こんな美人に抱きつかれたら、男なら誰だっておかしくなってしまうだろう。




「悪い冗談はやめろって、そういうのは……好きな人にだな」








「自分は……シロタさん、好きです」






「へっ……?」


 周囲に誰もいなくて助かった。

 ここに悪ノリが好きな隊員がいたら、きっと大変なことになったはずだ。



「シロタさんは大したことじゃないと思ってるかもしれませんけど、今の時代で人のために動けるのはすごいことなんですよ?」


「そうなの……?」


 人のことを思いやるのは当たり前では無かったのだろうか。

 もしかしたら、今の学生は徹底的に自己中心的になるような教育を受けているのかもしれない。 





「同級生の話をしても?」


「ああ」


 唐突にユミが話を切り出す。

 わざとらしい咳払いの後、さも当然のように語り始めた。


 


「自分と同じクラスの女子は、弱みを握った女子生徒を使って売春宿を経営してました。お気に入りの移民系男子をボディガートにしたり、脅しに使ったり……」


 ――なにそれ、こわい。


 今の女子高生はそんなことするのか……ニュースでも聞かないぞ、それ。



「君は……なんともないのか?」


「自分、その売春宿を2つほど潰してきました。無理矢理連れて行かれたので」


 ユミのセリフによって、脳内で描き出されたのは……拳銃片手に怪しい建造物で悪漢を薙ぎ倒していくアクションヒーローのようなシーン。

 実際、ユミの能力とスキルがあれば学生の悪徳ビジネスなんてあっという間に潰してしまうだろう。



「自分、はじめては好きな人にって……決めてて」


「はあ……そうなのか」


 真顔で俺を見つめてくるユミ。

 整った顔立ちが、妙に不安を煽ってくる。ついさっき、単身で同級生の悪行を成敗した武勇伝を聞いたからだろうか?



「自分たちのような子供でも、こんなですよ? 大人だって信用できない」


 たしかに、同級生が知らないところで犯罪行為をしていたと知ったら周囲の人間全てを信用できなくなってしまうだろう。

 その気持ちは、想像でしかないが……理解できそうだ。



「カウンセリングとか……行く?」


「信用できません」


 また、距離を詰めてくる。

 俺は無意識に後退っていたせいで、間合いは変わらずだ。



「じゃ、じゃあ……なんで? 俺なんか……」



「それは、シロタさんは信用できるからですよ」

「こんな頼りがいのない男がか!?」


 1歩、また1歩と距離を詰めてくる。

 頭が真っ白になりそうだ。


 女子高生から大胆な告白をされ、詰め寄られている。

 俺はいったい、何故にこんな悪夢を見せられているんだ……? 

 












「シロタさんは、絶対に人を陥れようとしない――そう、信じられるから……好きになるんです」




「――それ、答えになってないって!」


 ゾンビが如く、両手を突き出してくるユミ。

 それに掴まったところを見られたら、社会的な死が待ち受けている。

 だったら、マジのゾンビウィルスに感染した方がマシだ。



「ミヅキのことがどうでもいいなら、自分がもらっちゃうんで」



「なんだよ、どうしてそこまでミヅキのこと――」


 俺の言葉に、ユミの動きが止まる。

 そして、冷ややかな視線を向けてきた。




「それ、わざとなんです?」


「な、なにが……」

「ここまで言われて、どうして素直に好意を受け入れてくれないんですか」


 ――そ、そりゃあ、未成年だぞ! 犯罪だろ!!


 ふと、脳裏に過ぎるのはこれまでに手を出してきたエッチな創作物。

 女学生モノの映像作品、ノベルゲーム、漫画……たしかに、そういうのは想像の中だから良い物だ。

 リアルを目の前にして、男として……ヒトという生物として、若い女性に魅力を感じてしまうのもわかる。


 だが、それは良くない。

 大人として、良くないのだ!!





「しーろーたーさーん……」


 手をワキワキしながら接近してくる色欲塗れのユミゾンビ。

 俺をからかっているのか、ガチなのか、もうよくわからん。


 直線的に後退を続けていたら、壁に背を合わせることになってしまった。

 逃げられない。逃げることはできるが、俺の心境的にはもう絶望の色に染まっている。

 きっと、首筋にがぶり。俺はもう、オダブツだ。



「おなわにつけー」


「ユミさん、意味分かってる?! それ」


 わざとらしく、がおーと呻り声を上げながらやってくる未成年超能力者に、俺は為す術が無い。

 せめて、誤解されないように座り込んでみることにした。それくらいしか思いつかなかった、無念――








「お前ら、何やってんだ」


 ふと、頭上から声がした。

 キルハウスの上に組み上げられたキャットウォーク、その鉄製の足場にしたのはロック隊長だった。




「ミーティングだ、さっさと戻れ」



 それだけ言って、隊長はその場を後にする。

 一方、ユミは『命拾いしたな』と言わんばかりに不敵な笑みを見せていた。



「こういうのはさ、人が来ないような場所でひっそりやるもんだぞ」


 告白というのは、やはり雰囲気とかムードというのを大事にするべきだ。

 童貞の俺でもわかるぞ。それくらい。



「いいんですか? シロタさんの部屋に行っても」

「――ダメッ!! それは絶対にダメッッッ!!!」


 社員寮はそれなりにしっかりした造りとはいっても、そこに女子高生が出入りしてるところを見られたら、責任を取るのは俺だ。

 あのやかましい女博士にばっちりきっちり嫌味を言われ、自尊心をズタボロにされた上で追い出されるに決まっている。






「じゃあ、ちゃんと選んでくださいね」




「へっ?」


 頬を赤らめ、ユミは俯いた。

 半ば駆け足で、逃げるように去って行く。


 俺は呆然として、その場から動けなかった。

 隊長のゲンコツがタッチダウンするまで、冷静さと意識はどこかで迷子になったらしい。



 出来れば、誰か教えてほしい。

 


 俺の明日は、どっちだ?

 

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未経験なのにスカウトで「謎の組織」のエージェントになっちゃいました! 柏沢蒼海 @bluesphere

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