第21話:ホットロード・チェイス
似たような景色が流れるのを横目に、周囲の動きを意識しつつハンドルを握る。
高速道路に乗ってかれこれ数時間、俺と相棒に与えられた任務は退屈なものだ。
『積荷』を目的地まで運搬。そのために防弾装備が施されたSUVが与えられた。
俺達が運んでいる荷物は大きめの木箱。三角座りした大人がすっぽり入りそうなサイズ。
後部座席を倒し、仰々しく幾重のワイヤーで車内に縫い付けるようにして固定している。そこまでする荷物なら、空路で運べばいいのではないかと考えてしまう。
「次のサービスエリア、ラーメンがオススメらしいですよ」
「そ、そうか……」
「やっぱり、ジャパンに来たらラーメン! 外せない……!」
助手席でさっきから携帯端末で調べ物ばかりしているのは、海外からやってきた新人らしからぬ新人の〈コンドル〉だ。
本名はスコットらしい。そっちの方で呼んでくれとまで言われたが、そこまで仲良くなりたいとは想わない。
さすがにヘルメットは被っていないが、フル装備の状態。
そんな格好で暢気にサービスエリアで食事やらなにやら楽しんでいたら、目立ってしょうがないだろう。
もし、この『積荷』を狙っているヤツらがいるとしたら、そんな目立つ行動をしているバカを見逃すはすがない。
だが、〈コンドル〉がいるなら……あっさり対処してしまいそうだ。
「シロタ先輩はどのラーメンが好きなんです? ホント、たくさんありますよねぇラーメン!」
「あの……コンドルさん、業務中なんで――」
「ノー! ノー! スコットって呼んでください!」
――随分、余裕あるなぁ。
任務といえば、こっそり事を済ませるか、大人数で行うものが当たり前だった。
少人数でリスクのある任務、そういった展開は今回が初めてだ。
緊張しないと言えば、嘘になる。
それに、〈コンドル〉の態度で緊張が和らぐことも無い。
「同じソイソース……しょうゆ味でも全然違うんですよね、アレは何故なんでしょう?」
暢気なものだ。ハンドルを握っているわけじゃないから、存分に気を抜ける。
次のパーキングエリアで運転を交代してもらおう。俺はもう疲れてきた。
「次のサービスエリア、絶対寄りましょう。自分はみそチャーシューラーメンを食べます! あと焼肉丼!」
ふと、バックミラーに動きがあった。
後方で次々と追い越しを掛けている車両がいる。大型ワゴン、そのフロントガラスは妙な光り方をしている。スモークフィルムのように見えるが、それとはちょっと違う。
――あれは、もしや……
自然とアクセルを深く踏み込んでしまう。
周囲の車両の動きを再度確認し、状況に備える。
「ハンバーガーも美味しいらしいですよ、気になりますね!」
「――スコット、交戦に備えて」
ドアミラー越しに後方を確認する〈コンドル〉、俺が見た車両を確認したらしく、ホルスターから拳銃を抜いて装填を確認し始めた。
俺も拳銃を抜く、片手でスライドを引いて初弾が装填されているかを確認。
――大丈夫、やれる……!
「敵は2台、フロントは防弾フィルム……多分、クラスは3。安いヤツですね」
「なら、拳銃弾で抜ける。あとは車両が防弾加工されてなければいいが……」
〈コンドル〉は新人として加入したが、知識や経験の豊富さはベテラン並みだ。
だから、俺みたいなヤツと組ませても任務を成功させる見通しが立ったのだろう。
少し癪だが、認めるしかない。
周囲には輸送車両や一般人の乗用車が走っている。
ここで銃撃戦をすれば、もれなく巻き込まれてしまうのは想像に難しくない。
だからといって、やり過ごせる気はしない。
――銃撃戦になれば、こちらが有利だが……
こちらはグレードの高い防弾加工が施されたSUV、体当たりみたいなことをされなければ走り続けられる。
サンルーフがあれば身を乗り出して自動小銃を撃ったりもできるが、この車にはそういったものは無い。
「クソ……高速道路上で仕掛けてくるとは――」
「大丈夫、なんとかなりますよ。シロタさん」
そう良いながら、〈コンドル〉は座席の足元に置いていたケースを開ける。
中から出てきたのは、マグナム弾を撃てる自動拳銃で有名な大口径拳銃。黒くて、デカくて、カッコイイ。素人が撃つと怪我をすると言われているヤツだった。
「――おいおい、ライトニングホークかよ。よくそんなもの用意したな」
「特注の徹甲弾です。装薬も強烈なのでヘッドセットしてくださいね」
渡されたヘッドセットを付け、集音機能を確認。ちゃんと聞こえる。
まさか拳銃弾サイズの対装甲弾なんかを用意していたとは驚きだ。
むしろ、そんなものがあったことも嬉しいサプライズだが。
「周りに一般車両が多い、もうちょっと先でヤリたい」
「了解」
アクセルを限界まで踏み込む。
同時にクラクションを鳴らし、周囲に警告するようにして追い越していく。
目立つし、迷惑運転だ。それでも戦闘の巻き添えにするよりはずっとマシだ。
何台も追い抜いた先で、トンネルに入った。
薄暗い視界の中で敵のワゴン車を見失う。
だが、それでいい。ここで攻撃されても困る。
トンネルを抜け、陽光に晒される。
そして、背後には――敵のワゴン車が追従してきていた。
前方に車両は無し。
後方も敵のワゴン車以外は見当たらない。
「交戦、開始」
「エンゲージっ!」
〈コンドル〉が手にしていた大型拳銃のスライドを引く。重々しい金属音と装填音、とても拳銃とは思えないようなそれに、俺は頼もしさを感じていた。
加速を緩めつつ、右車線を走行。
助手席の〈コンドル〉が狙いやすいように動く。
ドアミラーに白いワゴン車が見えた瞬間、窓から男が身を乗り出しているのが見えた。
その手には自動小銃が握られている。
「ナンセンスですね」
〈コンドル〉はそう言いながらシートベルトを外し、助手席を倒す。
座席が無い後部、その窓を開けて発砲。ヘッドセットで緩和されてもなおハードキックな銃声が車内の空気を震わせる。
間もなくして、ワゴン車から身を乗り出していた男が力尽き、道路上に落ちていった。
続けて発砲、ワゴン車のフロントガラスは粉々に砕けていた。
だが、車速は緩まない。そのままこちらを追い越そうとしてくる。
助手席の窓を開けて撃ち合ってもいいが、それだと俺が撃たれることになるだろう。
それに、〈コンドル〉は別のワゴン車に対処中だ。
――やってやるよ。
運転席の窓を開け、拳銃を持つ右手だけを出す。
照準を定めにくいが、仕方無い。撃たないよりマシだ。
追い越しを掛けてきたワゴン車、それが前に出ると後部ハッチが開く。
そこには自動小銃を構えた男が2人、サングラスを掛けた典型的な悪人面だ。
初弾を装填するためにレバーを引いている悠長な姿が見える。
「おいおい、ヒットマンとか対抗する企業とかだと思ってたのに。ヤツら素人だぜ」
無防備な相手に向けて拳銃を撃ちまくる。
さすがに精密射撃とはいかないが、敵の1人に命中。自動小銃を破壊したようだ。
「シートベルト締めとけ、突っ込むぞ!」
慌てて助手席に戻る〈コンドル〉を横目に、俺は再びアクセルペダルを奥まで踏み込む。
急加速、こちらの前方を走るワゴン車の後部に衝突――射撃姿勢を取っていた敵が衝撃で転ぶ。
すぐにハンドルを切って、車線変更。
そのワゴン車を追い抜くように横に並んだ。
そして、〈コンドル〉が狙い撃てるように位置を調整。ついでに後部の窓を開けた。
「さよなら、だ」
マグナムオートの咆哮、強烈な銃声と閃光。
その後にワゴン車から黒煙が噴き出し、速度が落ちていくのが見えた。
拳銃を構え続ける〈コンドル〉。その表情は無表情のように見えたが、目付きはまるで猛獣のように敵意を剥き出しにしている。
それを見るのは初めてではない、高度な訓練を受けて、どんな状況でも冷静な戦闘員――兵士の目だ。
ロック隊長、同じく古参の隊員、そういったメンバーが戦闘時にする表情。
古強者のような経験豊富な隊員、それと同じような顔をする新人がどこにいるというのだろうか。
しばらく、高速走行を続ける。
速度超過で警察に追われたって構うものか、こっちは銃撃戦が終わったばかりなのだ。
「やれやれ、サービスエリア過ぎちゃいましたね」
ふと、案内板を見ると、高速道路の終点が近付いていた。
ここまで来れば、追っては来れないだろう。
むしろ、待ち構えている可能性もあると言えばあるのだが……
「ラーメンなんて、どこでも食えるだろ」
「その余裕、さすがです。シロタさん」
「……いや、さすがって――ほとんど、そっちが倒したんじゃないか」
〈コンドル〉が小さく笑う。
それにつられて、俺も笑う。
銃撃戦、襲撃の後だというのに恐怖は無かった。
それはきっと、俺も成長したということでもあるはずだ。
〈コンドル〉が思った以上に頼れるヤツだというのが大きかったが、それでも襲撃をやりすごせたのは彼の高い能力があったおかげだからじゃない。
俺も、彼も、相互に連携できた。
それこそが、本当の理由だろう。
ほんの少しだけ、もっと〈コンドル〉を――スコットと、仲良くしてみたい。
俺の知ってる、とびきり美味いラーメン屋に連れていくことにしよう。
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