第20話:俺が相棒で、相棒がオレで……

 早朝のランニングを終え、シャワーを浴び、朝食を取る。

 そして、いつものように出勤。もちろん、同じ敷地内だから通勤というものは無い。


 かつては車で片道30分の通勤をしていた。

 その30分にどれだけがあったか、今思い返せば唯一の癒やしの時間だったとすら思える。



 防弾繊維で作られたブラックのスーツを身に纏い、社屋のオフィスに向かう。

 着心地が悪くて、重いだけのスーツだが、もうすっかり慣れてしまった。

 それよりも重い戦闘装備を日常的に付けてトレーニングをしている成果なのかもしれない。

 こんなことで成長を感じても、特に意味は無いのだが……


 オフィスの自席に着席。

 仕事道具と筆記用具を用意し、タイムカードの打刻を済ませ、全員の予定が書かれたホワイトボードをチェックする。

 今日は普段通りに自主訓練、特に任務や予定変更は無いらしい。


 ――さて、今日も徹底的に体をイジメますか……!


 無意識に背伸びをしていると、2階から博士が降りてくる。

 相変わらず、何を考えているか……いや、いつも何かを企んでいるに違いない。

 

 戦闘服に白衣を羽織ったリトルスプリング博士がオフィスに顔を出すなり、大声を出す。


「全員、会議室!」


 博士の声で全員が起立、そのまま白衣姿を追って階段を駆け上がる。

 そこは会議室という名前を与えられているが、実際は作戦の打ち合わせをするためのブリーフィングルーム。

 今は特に作戦を控えてないため、机も椅子もセットされていない。


 そこに、姿勢を正したまま立つ男がいた。

 金髪、長い手足、彫りの深い顔、真っ黒な戦闘服。

 まるでハリウッドアクションムービーやアクションゲームから飛び出してきたかのような人物だ。きっと、声もイケメンに違いない。



「総員、休め」


 ロック隊長の号令に従い、体勢を作る。

 そうしてから、博士は満足気に話し始めた。



「みなさん、どうもお疲れさま。今日から新人が入るからよろしくね」 

 そう言って、金髪イケメン男の隣に立つ。


 そういえば、俺が入った時はこんな紹介はしなかった。

 あのイケメンは特別待遇なのかもしれない。



「彼は〈コンドル〉、オペレーターユニットに所属するわ。来日したのは昨日だけど日本語は充分話せるから安心なさい」


 博士からの紹介が終わったらしく、〈コンドル〉という名前が与えられた男が1歩前に出る。


 ――コンドル……カッコイイ、コードネームじゃねぇか!!





「はじめまして、スコットです。本名でも〈コンドル〉の方でも、好きなように呼んでください」

 

 見た目通り、めちゃくちゃイケメンボイスだ。

 多分、ホラーゲームだったら事件に遅れてやってくる新米警官。アクションゲームなら政府の極秘エージェント。そんな役柄が与えられてそうなイメージ。




「以上、解散!」

  

 博士のなげやりな号令が飛び、隊員達がだらだらと退室していく。

 俺もそれに紛れてオフィスに戻ろうとしていると、後ろから肩を掴まれる。

 振り向くと――イケメンが満面の笑みを輝かせていた。



「――シロタさんですよね!!」

「あっはい」


「お会いできて光栄です」


 気付けば、勝手に握手させられていた。

 さっきまでのイケメンフェイスが崩れ、無邪気な子供のように喜んでいる。


 ――ど、どういうこと~~~~!?!?


 俺みたいな『彼女いない歴=年齢』みたいな人間は、整形レベルのイケメンフェイスを直視できない。してしまったら最後、目の前が真っ暗になる。色んな意味で。



「えっと、あの……あの――」



「〈コンドル〉、困ってるからソレやめなさいな」


 博士が割り込むようにして、握手が終わる。

 イケメンからが流入して自我が崩壊するところだった。


 ――それにしても、俺なんかがこんなイケメン新人に認知されているんだ?


 疑問を問おうと博士を見ると、それを察したらしい。 

 邪悪な笑みを浮かべ、悪辣な言葉を吐き出す。



「――シロタァ、アンタは有名人よ? 2度もオブジェクトに暴露して、散々迷惑掛けて、おまけに武器の無断使用に飽き足らず、とってもだいじな『ブレイブユニット』の2人を怪我させるところだったんですからねぇ。他の支社でも問題児って噂になってるの」




 ――それ、聞きたくなかったなぁーーーー!!



「まあまあ、ドクターもその辺で」


「アンタもボロ出さないようにね」


 どうやら、俺の断罪は終わったらしい。

 まさか、そんな悪評が広まっているとは…………精一杯やってるつもりなのだが。


 気付けば、博士は退室していた。


 そして、再び――〈コンドル〉が握手を求めている。



「良ければ、色々と案内してくれますか?」



 悪いヤツじゃないのは、見ればわかる。

 イケメンと仲良くするというのは、俺の学生時代のトラウマを呼び起こしかねないが、俺は大人だ。これくらい、なんとかしてみせる。


「ああ、よろしく頼むぜ」


 差し出された右手を握り締め、視線を交わす。



「よろしく、先輩」


































「……ありえねぇよ、アイツ」


 俺は公園のベンチに腰掛け、空を見上げていた。

 もうすぐ夏も終わり、空に雲が増えてくる。

 朝焼けに照らされて、ふんわりとボリュームのある雲が流されていく。


 俺も、あんな感じに何も考えずに流されていたい。



「――やっぱり、ここにいた」


 耳にすっかり馴染む声、もはや相棒と言ってもいいだろう。

 だが、年齢と性別の壁がある。これは不可侵領域だ。



「何かあると、いつもここに来ますよね」


 視界の端に、見覚えのある顔が現れた。

 なんだかんだ、何かと縁のある女子高生。超能力者部隊「ブレイブユニット」の頼れる優等生〈ミヅキ〉だ。


 ――そう言われてみると、なんでここに来ちまうんだろう?


 特に意識したことは無い。

 これまで住んでいた賃貸の部屋や基地からも近く、ランニングの途中にも立ち寄ることがある。

 今日はミヅキとの待ち合わせ場所に向かわず、真っ先にここに来ていた。


 そんなことはどうでもいい。

 俺はもう、何をやってもダメなのだ。




「……何かあったんですか?」


 ミヅキが隣に座ったらしい。

 あまりにも自分が情けなくて、彼女の顔を見ることすらしたくない。



「――昨日、新しい人が来てね」


「知ってます。〈コンドル〉さんですよね」


 あれだけイケメンだったら、すぐに認知されるのは当然だ。

 そうなれば、ますます俺の立場が無くなる。


 ただイケメンが来ただけなら、まだなんとか平静を保てた。

 だが、あれは……もう、どうにもならない。




 昨日、熱い握手を交わした後。

 俺は〈コンドル〉と共に日課をこなすことになった。


 それはもう、地獄。

 俺がいかに非力で、ザコで、底辺なのかを思い知ることになる。




 射撃場では自動小銃で撃つような距離を拳銃で楽々命中。

 

 格闘訓練で相手をすれば、俺を好き放題投げ飛ばし。


 倉庫に組んだまま残った室内戦キルハウスの設備でタイムアタックをしてみたら、隊長すらも余裕で越える速さでクリア。記録を大幅に更新。


 退勤はレザージャケットを着て、ブラックのスポーツバイクで颯爽と退勤―― 





 ――なんだよ、あのイケメンムーヴの数々ッ!!


 本当にムービーやゲームの世界の住人だと信じてしまいたくなるほどの超人的なスペック、それに超絶イケメンの白人フェイスにサラサラ金髪!!

 同じ地球で生まれたとは思えないほどの違いに、俺は絶望していた。

 それに手が届かないのは、当然だから諦めている。


 色々頑張って、歯を食いしばってやってきた。

 そのおかげで他の隊員と仲良くなってきたのに、あのイケメンに全部塗りつぶされてしまう。




「……えーと、〈コンドル〉さんって、そんなに凄い人なの?」


 どうやら回想だけに飽き足らず、口にも出てしまったらしい。

 これでもう、気を掛けてくれるミヅキもイケメンの虜になってしまうだろう。

 それだけじゃない。作戦で一緒になったら全員が俺の顔を忘れてしまうほど〈コンドル〉に注目が集まるのは間違いない。



 一方、俺は頼りないし、ブサイクだし、デブだし……



「ねぇ、女性がそんなにイケメン好きだと思ってる?」


「えっ? そうじゃないの?」


 俺の言葉に呆れたようで、大きく溜息を吐くミヅキ。

 女はイケメンが三度の飯より好きというのは、俺の世代では共通認識なのだが……今の世代は違うのかもしれないな。


 

 

「もしかしてだけど……〈コンドル〉さんが来たら、私達がシロタさんを無視するようになるとか思ってたりするの?」


 訝しげな表情で俺を見るミヅキ、それに言葉以上のモノで答えてしまっていた。



「その……すまない」


「そんな顔見ちゃったら、聞くまでも無かったって感じね」


 年下の女の子に看破されてしまうとは、なんと情けない大人だろう。

 とてもじゃないが、虚勢を張って戦える自信を保てなくなりそうだ。 




「1つ言っておくけど」


 ミヅキがわざとらしく咳払いをする。

 そして、俺に人差し指を突き付けた。



「――イケメンだからって、それだけで良いわけないじゃない」






「…………そうかなぁ」


「そうなの!」


 強引に手を引かれて、ベンチから引き離される。



「ほら、もう時間になっちゃう!」


 腕時計を確認すると、確かに出社時間までそれほど残ってない。

 ――ということは、ミヅキも……!



「君だって、登校しないと」


「だから急かしてるんでしょ!」


 俺とミヅキは走った。

 おっさんが女子高生の隣で走るのは、ちょっと恥ずかしい。

 もうすっかり慣れたと思っていたが、まだまだらしい。


 基地のゲートでミヅキと別れ、シャワーを浴び、ブラックスーツに着替える。

 気付けば、ネガティブな思考と感情は消えていた。〈コンドル〉の顔を思い出しても、それほど嫌な気分じゃない。



 ――ミヅキにお礼言わないとな。


 脳裏で彼女の声が蘇る。


『――イケメンだからって、それだけで良いわけないじゃない』


 俺は〈コンドル〉の魅力を上回れるほど、彼ら彼女らと関係性を築けていただろうか。

 少なくとも、誠意は伝わっていて欲しい。

 そう思うのは、ちょっと打算的かもしれない。


 でも、ちょっとだけ前向きになれそうだ。

 適材適所、俺は俺の役割。〈コンドル〉には仕事ができるヤツなりの役割が与えられるはず。


 すぐ一緒に働くことなんかにはならないはずだ――



 この時はまだ、楽観的だった。

 翌日、博士から呼び出され命じられた任務の説明を受けるまでの、ほんの少しだけの平穏であった。

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2024年11月23日 00:00

未経験なのにスカウトで「謎の組織」のエージェントになっちゃいました! 柏沢蒼海 @bluesphere

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