顔写真

伊咲 

第1話

「知らない女の人に顔写真を見せられた?」




 唐突な馬鹿話の様な物にいきなり付き合わされ、呆れている私とは裏腹に友人、Nの話の勢いは止まらなかった。




「ああ、昨日の夜軽い仕事が終わって帰ってたらさ、女の人が立ってたのよ。で、一本道だから迂回とかも出来ないし、何だか変な人だなーって思いながら通り過ぎたらさ、鞄からA4サイズぐらいかな、の顔写真をいきなり出して自分の顔に貼り付けたのよ。なんか笑ってたし、俺走って家に飛び込んでそれから寝てなくてな」




 彼の異様な勢いの原因は不眠なようだ。所謂「深夜テンション」と言う奴が続いているのだろう。




「寝てないから変な妄想が浮かんでるだけだろ」




 正直早く帰りたくて、私は冷たく突き返した。




「いや違うって。でさ、その顔写真の人、その時は暗くて分からなくて、後で考えてみたら最近亡くなった知り合いの写真だったんだよ。俺は気味が悪いぜ。何人か友達にも聞いたんだけど、全員その女と、いろんな顔写真を見ていた。これは正に地域の不審者って奴だろ?」




 それだけ事細かに言われると、確かに不気味に感じてきた。Nだけだと妄想で済ませただろうが、他人の証言もあるとそうは行かない。適当に話を合わせてくれた、という線もあるが、彼にそれ程の価値は無い為、その線は薄いだろう。




 気になるのは、その女の行っている事だ。はっきり言って、意味が分からない。そんな人が私が住んでいる街に確実に「いる」のが無性に不安だ。




「とにかく、だ。正直あんな奴には二度と会いたくない。然し気になるのは気になる。俺はちと調べてみるぜ。お前も早く帰れよ。」




 言うだけ言ってNは帰ってしまった。無駄な時間だったが、無駄に気になる爪痕を残されてしまった。




 私も帰路につく事にした。




 気付かない内に日が沈みかけていた。夕日で建物が黒い切り絵の様に見える。あの赤い空が、子供の時は現実感の無い世界みたいで恐怖を覚えていた。だが今は現実の世界で現実感の無い物が存在している。子供騙しの怖さより、本当に分からない物が街にいる。


 少し歩幅が早まる。何故か焦りが内に沸き起こってきた。




 街灯も暗い一本道、噂の女が一人、ただ立っていた。




 鞄の中から長方形型の紙を取り出し、自分の顔に貼る。彼の言った事は本当だった。




 紙のせいでくぐもった笑い声が酷く不気味だ。




 さっさと彼女の横を通り過ぎようとするも、なぜだか顔写真に既視感があり、無性に気になってきた。何の為に顔写真を持っているのか。その意味は何なのか。様々な写真にはなにか共通項があるかもしれない。取り敢えず明日、Nにこの事を、写真の人物を報告しよう。




 素早く、然し確実に写真を覗き見る。




 するとそこには、A4用紙いっぱいに収まる様雑に引き伸ばされている、自分の顔があった。




 翌日、近くの喫茶店でNと合うことになった。




「ああ、お前も見たんだ。俺の気持ち、ちったあ分かってくれたか?」




 気分が悪い。写真が引き伸ばされているだけなのに、謎の不安感が残っている。




「で、顔写真に映った人達を辿った所、一つの共通点があったんだ。」




 ただ淡々と。




「全員、近々で死んでいた。」




「その女が何の為にあれをやってたかって、結局分からなかったが、自分の写真だけは見たくないよな。さしずめちょっと早い遺影って所だし。」




 会話の途中だが、私は店から逃げ出した。




 ただ、まだ今も私は死んでいないし、至って普通に暮らせている。あの女が私の帰路に昼夜問わず常に居続けている事以外は。




 死神がいつ牙を剥いてくるか分からないのが、却って怖い。



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顔写真 伊咲  @Jun1150

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