最果ての発掘者

藤野 悠人

最果ての発掘者

 この世の果ての、更に果て。誰にも辿り着けないほど遠くに、ひとつの山がありました。そこは巨大な鉱山で、山の中にはたくさんの鉱石が眠っています。


 ある男がたったひとりで、その鉱山を掘り続けていました。彼が着ているのは、土で汚れた作業着。持っているのはツルハシと、スコップと、ハンマーでした。ヘルメットは着けているけれど、ライトはありません。しかし、鉱山に空いた穴の中の暗闇を、彼は誰よりもはっきりと見ることができました。


 男は仕事道具を持って、坑道の中へ通じるトロッコに乗り、穴の中へ入っていきました。しばらくトロッコを走らせて、真っ暗な坑道をただひとり、どんどん奥へ。もっと奥へ。


 しばらく行くと、地上の光が全く届かないほど、深い場所へやって来ました。しかし、そこは真っ暗な場所ではありませんでした。


 坑道の壁には、不思議な光が星のように多く、月のように優しく輝いていました。色も様々でした。その中で最も美しい、黄色の輝く光を見つけた男は、その壁に向かって歩いて行きました。


 黄色の光の正体は、壁からほんのちょっと飛び出した石でした。男はツルハシを振るって、周りの壁を掘っていきます。


 固い壁を叩き、少しずつ、少しずつ、壁の中の石がはっきりと見えるようになってきました。男は、ツルハシからスコップに持ち替えて、周りの柔らかい土を掘り始めました。


 ザクザクと土を掘り続けると、黄色い石が少しだけ動きました。男は慎重に、周りの土をどかしながら、その石をゆっくりと、壁の中から取り出しました。


 壁の中から現れたのは、一抱えほどもある大きな黄色の石でした。男は、その石の名前を知りません。でも、その石の中に何が入っているのかは、この世界の誰よりもよく知っていました。


 黄色の石の中には、不思議な景色が広がっていました。まるで、一抱えもある石の中に、ミニチュアのような景色が広がっているのです。その中で、二人の少年が話をしている姿が見えました。


 石の中にいる二人の少年は、学校であった面白いこと、嫌いな先生の悪口、一緒に遊んでいるゲームの話、将来の夢などを話していました。他愛のない話も、誰にも話さない秘密の話もありました。


「友達の思い出か」


 石を掘った男は、石の中に映る少年の様子を見て、優しい声で呟きました。


 別の場所には、ゾッとするほどに鮮やかな青い光を放つ石がありました。男は、その石も丁寧に掘り出しました。


 その石の中には、ある家の一室のミニチュアのような景色が見えました。部屋の中に、一組の夫婦がおりました。妻は声を上げて泣き、夫がその隣に優しく寄り添っています。


「そうか……、子どもを亡くした記憶か」


 男は夫婦に同情して、一筋だけ涙を流しました。


 更に別の場所には、真っ白でピカピカした石がありました。男がそれを掘り出すと、石の中では小さな子どもが空を飛んでおりました。青い空の中を、たくさんの鳥と一緒に飛んでおりました。


「ふふふ……、小さい頃に見た夢なんだな」


 男は愛おしそうに、その石を撫でました。


 別の場所には、毒々しいほどに赤く、不気味な光を放つ石がありました。男は、それも丁寧に掘りました。掘り出してみると、赤だと思った石は、まるで血のようなどす黒さの混じった、なんとも恐ろしい色をしていました。


 その中では、裁判所が見えました。被告人の男を、女性が大声を上げて罵っておりました。彼女は、被告人の男に家族を殺されていたのです。


「そうか、そうか……、殺したいほどに憎い奴の思い出なのだな」


 男は、ただそれだけ呟きました。


 男は、掘り出した石をトロッコに載せて、鉱山から出ました。外へ出ると、その石を渡り鳥に渡しました。渡り鳥たちはそれを持って、海の向こうへと運んでいきました。


 ここは、この世の果ての、更に果て。誰にも辿り着けないほど遠くにある鉱山の中。山の中に眠っているのは、たくさんの心であり、物語でした。


 あるものは、大切な思い出。


 あるものは、辛くて忘れられない痛み。


 あるものは、美しいほどに悲しい記憶。


 そして男は、その心のひとつひとつを、永遠に掘り続ける発掘者。そして、必要とする人たちに、その石を届け続けるのです。


 この鉱山から遠く、もっと遠くの世界にいる、物語の書き手たちに、この心を託すのです。

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最果ての発掘者 藤野 悠人 @sugar_san010

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