8.読み専相転移
前回のエッセイで、テンプレアンチに贈るたった一つの処方箋と言ったが、そう言えばもう一つ処方箋があった。
それは、例えばカクヨムで総合トップを飾るような作品のタイトルと数字だけ見て、自分と比較して、嫉妬と鬱屈を溜め込む、まあ私のような書き手に対する処方箋だ。つまり、自分への処方箋を自分で出している状態だ。
完璧な処方箋とは言えないが、『相転移』という現象を理解することで、自分と他者の状態の違いをより良く理解し、苦痛を軽減できるだろう。
で、読み専相転移とは何なのか。
まずは、核分裂の連鎖反応などをイメージしてほしい。
核分裂は、一つの核分裂により発生した粒子が、ある確率で、また次の核分裂を引き起こす。
だが、これがある程度密集して起きていなければ、連鎖反応を引き起こせる状態にはならない。途中で止まってしまうのだ。
連鎖反応に発展するか否か、それ次第で壁の向こう側に行けるか行けないかが決まるが、これを満たすためには複雑な条件設定が必要になる。
そして、読者の連鎖反応にも、似たような作用があるのではないかと思う。一人の読者が「これ面白いよ!」と言えば、それは次の読者に肯定的な反応を引き起こす確率を上げるが、かと言って一つの反応では連鎖を引き起こせる確率は低い。巨大な連鎖反応に発展するには、様々な条件がそこに適合している必要がある。
そして、この連鎖反応には読み専の寄与が非常に大きい。一人一人の力学ではここに達することはできないからだ。
そして、大事なことがある。
「web小説の現状を鑑みると、ジャンルやテーマ設定によっては読者の密度が閾値に達しないため、面白いとかなんとかの問題ではなく読み専相転移を引き起こせないのではないか」その可能性だ。
つまりだ。
トップランカーと自分の作品は、この条件からして根本的に異なっている。
読み専相転移を起こすための条件を満たせば自分の書きたいものから外れてしまうならば、同じ土俵で勝負するのは間違っている。
他の人は普通はあなたの作品とそれらの作品を同じカテゴリに入れて数字で比較はしないのだから、自分自身がそれによって比較することをやめることだ。
そんなジャンルの助けがない作品に書籍化ルートを提供するのが例えば公募で受賞することだが、昨今のラノベの公募も読み専相転移を起こせる作品を志向しているし、公募の評価が多少あったとしても読み専の多数派はそう簡単には動かない以上、いずれにせよ狭き門となる。その現状を鑑みると、公募に精神を委ねすぎるのはやっぱり危険だ。
結局のところ正解はないのだが、
「自分の物語の力だけでなんとかなることと、なんとかならないことはある」
という認識は、この困難なweb小説業界で精神を病まずに生きていく上では必要なことだろう。
ただし、ジャンルが適合していても、読み専相転移を引き起こせるとは限らないということも念頭に入れておくべきだとは思う。
「人気ジャンル書けばどんなもんでも読まれる」
とか
「あんなの運だけで実力などない」
などと腐すには当たらない。
そこに相転移を引き起こすための探索も試行錯誤も自分ではしていない以上、そこに存在するだろう価値基準の評価は不可能だ。
また、『そこ』に達する方法はなかったとしても、その姿勢から何か学べることはあるはずだ。
自分の書きたい作品の骨子にはこだわりつつも、離脱させない工夫、読者の意識に対して楔となるようなポイントの作り方、続きが読みたくなるようなヒキの作り方の工夫。そのために創作意図や書き方を歪める必要はない、あくまで自作品と自分の読者、そして自分の作品を読んでくれるかもしれないまだ見ぬ誰かのために行うのだ。
それを目指すことは、たとえ大多数の読者に訴えかけなかったとしても、一人一人の読者に対しては意味のあるアプローチとなるのではないかと思う。
薮を突いて蛇を出す創作論 平沢ヌル@低速中 @hirasawa_null
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