6 ねこだしねずみを追いかけてみるか
化学実験室を出た私と藤阪は、教室に戻ってカバンを回収するとそのまま帰ることにした。
特に待ってくれとも言わなかったんだけど、自転車置き場から戻ってくると、校門の前に藤阪が待っていて、軽く手を挙げた。私も跨っていた自転車を降りると、手を上げ返す。
そのまま自転車を押して、下り坂を歩く。
「どうしよ」
私が小さくつぶやくと、ため息混じりに藤阪が言った。
「どーしよーもねーよ」
そう言っている藤阪の頭の上で、ネコミミがゆらゆらと揺れる。お互いにしか見えていないらしい、仮想の猫耳が。
「神崎のやつめちゃくちゃだ……」
そう言いながら顔をしかめる。
「クレイジーだよね」
「むしろマッドだろ。サイエンティストだし」
たしかに、とちょっとだけ口元を上げた。
「男だったらちょっと殴りたかった」
不穏なことを言う藤阪に、苦笑しながらも私は頷いた。
「男でも女でも駄目だよ今時」
そうたしなめてから、もう一度ため息をついた。
「でも、ちょっと分かる」
由真の頭は知識が人より多いのと同じだけ常識というものが抜け落ちてるのは分かっていたつもりだったけど……正直これほどとは思っていなかった。
「ネコミミかぁ」
ぼんやりと藤阪が呟く。
「うん」
私が頷いて、それっきり会話が途絶える。……なんかもう、状況がめちゃくちゃ過ぎて何を話す気にもなれない。
帰宅部にしては遅く、部活帰りにしては早い時間のせいか、他に歩いている学生も少ない。そう言えば一緒に帰ってるけど、藤阪は部活はやっていないんだろうか。
「俺は帰宅部だからいいんだけど、宮川って、今日は部活とか委員会とか行かなくても良かったのか?」
質問してきたのは藤阪の方だった。
「図書委員やってるけど、今日は当番じゃないから」
それに、さすがに今日の状況だと当番でも誰かに代わってもらうけど。
「図書委員!?」
一瞬歩くテンポが乱れてから、ぶっ、と吹き出す。
むっとした私は、押していた自転車のハンドルを軽く藤阪にぶつけた。
藤阪が一瞬ふらつく。
「本を読むの好きだよ、まぁどっちかというとライトノベルとかが多いけど」
「そうなんだ」
「まぁ、図書委員やってると準備室でゆっくり出来るのもあるけど……」
もう一度、軽く藤阪が噴いたのが分かった。
「いやごめん、意外だったしちょっと似合わなくて」
「似合わないってどういう意味よ」
「本を静かに読んでるより本を枕にして寝てそうな」
「ちょっと酷くない!?」
思わずほっぺたを膨らます。
「かわいいな、ハムスターみたいで」
そう言ってから、なんだか小声で、棒読みな感じで付け足す。
「ねこだしねずみを追いかけてみるか」
くっそつまらないし、正直ちょっとセクハラめいて気持ち悪いけど。
訳の分からない状況の中で、何とか冗談を言おうとしてくれているのがよく分かったから。
「ばっか」
私はもう一度ハンドルを触れる程度にぶつけて、少し笑った。
◆
十字路の交差点で、私と藤阪は立ち止まった。
「あ、俺こっちだけど」
右側の奥に見える駅を指さして、藤阪が言った。
「じゃあ反対方向だね」
そう言って、私が手を振ろうとしたとき、藤阪が急に言った。
「なんていうか、こういう言い方すると変だけどさ」
少し考える様子を見せてから、続ける。
「……二人で、頑張ろうよ」
じっと私の目を見つめられて。
何故だか少し、どきりとした。
「う……うん」
こくり、と頷く私。
「何を頑張るのか分からないけどさ」
そう言って苦笑した時、ちょうど横断歩道が変わって。
「じゃ!」
藤阪は急いで走り去っていった。
私はなんと答えていいか分からないまま、サドルに跨がるのを忘れて、交差点に佇んでいた。
ねこみみ。 雪村悠佳 @yukimura_haruka
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