③ 永遠コンポート
窓から帰宅したブラックベルに、魔道士二人はより詳しい事情を話した。
つまりスイートアートは少子化と情報化社会の昨今、昔のように菓子で子供を誘惑し、その時間を奪う事が出来なくなってしまったのだ。よって、その命はあと一年に満たない──治せと言われたから、てっきり何らかの病と思っていたが、なるほどダチュラが断るのも頷ける話だった。
話し終えたスイートアートは、鼻水を垂らしながら泣きじゃくった。
「死にたくないよぅ……。でもこのままだと死んじゃうよぅ……いやだあ!」
だがブラックベルにはもう答えが出ていたので、ペイントメイズに視線を移し、
「マリカ。付き添いが貴女で良かったわ」
「子供の絵を描けっていうんでしょ? あたしの絵の具はそんなに長続きしないし、そもそもモデルになる子供がいないし」
「リリーの生クリームを絵の具に混ぜればいいわ。モデルの子供はそうね、あ! いるじゃないの──ええい、二度手間になった! 待ってて、すぐだから」
また竹箒に腰掛けて窓から飛び出すと、今度はものの数秒で帰ってきた。その小脇に、ベビードール姿のダチュラを抱えて。
床に転がされたダチュラが声もなく首を横に振るが、ブラックベルは気にした風もなく、
「さて。役者も“材料”も揃ったわ。始めましょうか」
かくして始まった儀式の結果は大成功といえた。
スイートアートは半永久的な魔力源を獲得したし、ペイントメイズもまた、子供の肉体というめったにない題材に触れられたと満足していた。
カンバスから飛び出した少女は、それ以上は決して成長しない事と引き換えに、幼いがゆえの美をすべて兼ね備えていた。
その黒髪は濡れたように艶やかでもったりとして、大きな黒目がちの瞳は、左の方がやや内側に寄っていて愛くるしく、その頬も唇もぽってりと膨れている──特に首から下は、スレンダーなダチュラの裸体をモデルにしたとは信じがたい、西洋の画家が描いたような肉感的な、理想のぽっちゃり体型であった。
リリーになぞらえ、ベリーと名付けられた彼女は大きく両手を広げた。
「リリーお姉ちゃん、いつものやって」
スイートアートは待ってましたとばかり、まろやかな尻を鷲掴みにするとぽっこりと膨れた腹に唇を押しつけ、ぶるるるるっと震わせた。
ベリーは心底嬉しそうに笑い、くすぐったがるくせに「もっと、もっと」とせがむのだった。
その背中へペイントメイズは絵筆を押し当てた。
「ベリー、少しじっとして」
「はいっ!」
「いい子」
絵筆をほんの数回、左右に走らせただけでペイントメイズはベリーに半袖のシャツとミニスカート、フリルの付いた靴下とシールタイプのスニーカーを履かせた。
これに反応したのは意外にもダチュラだった。
文字通り身ぐるみを剥がされた彼女はブラの位置を直しつつ、
「なんだ、仔豚にそんな服着せたって僕とは似ても似つかないじゃないか」
ベリーは振り返り、ダチュラを見るなり、
「ママ」
と呼んだ。ダチュラはその言葉の意味が一瞬分からず、何度か瞬きをしてから、
「ママ⁉︎」
「違う違う、ママはこっちよ」
そう言って両肩を持って向き直らせたのはブラックベルだ。
ベリーの視線の先にはペイントメイズがいた。彼女はローブの袂から五芒星のネックレスを取り出し、自ら描いた娘の首に掛けてやると、その柔らかな額に自らの額を押し当てた。
ただそれだけで良かったのだろう、ベリーはペイントメイズの頬にキスをして、そそくさとスイートアートの手を取った。
「行こ、リリーお姉ちゃん。あーし、お腹すいたぁ」
「ええ。なんでも作ってあげる」
そしてスイートアートはブラックベル、ペイントメイズ、ダチュラを見て、深々とお辞儀した。感謝を言葉にすれば、ベリーはたちまちペイントメイズの元に戻ってしまう。あくまでも“ペイントメイズの娘を半永久的に誘拐した”という形でないといけない、魔道とはそういうものなのだ。
だがブラックベルは微笑し、ダチュラはベリーと舌を出し合い、被害者役のペイントメイズだけは無視を貫いた。
姿見の彼方へ消えた二人を見送り、ようやくペイントメイズは溜息を吐いた。
「母親なんて柄じゃないんだけどなぁ、あたしぃ」
「でも上出来だったわ」と、ブラックベル。
「君らには後日、ウチの店で買い物してもらうからな」と、ダチュラ。
こうして、誰も知る事のない魔法の夜は終わりを告げた。
日が昇ればブラックベルとダチュラは雑貨屋でレジを打ち、ペイントメイズはアトリエで絵筆を執る、魔法でもなんでもない日々が始まる。
──それから数日。夜の帳が降りてすぐだった。
すべて新調した三重ロックをことごとく突破し、雑貨屋の扉が勢いよく開けられた。
そこに立っていたのは、言わずもがなネグリジェ姿のブラックベルである。
「ダチュラ〜ぁ! 今夜はピザパーティーよ! ピザパ、ピザパ! ピ・ザ・パぁ〜!」
占いでブラックベルの来訪を的中させていたダチュラは、あの夜と同じ下着とベビードールを着て、レジカウンターの椅子の上で鼻を掻くのであった。
「わかったからドアを閉めろ。薄着なんだから、お互いさ」
──その頬を少し、赤らめて。
Fin.
マジカルナイト・カーニバル K @superK
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