第10話:サブコンテンツもしっかりと

 どのようなゲームにも面白さや内容だけでは十分に伝わらない要素だってある。


 どんなにストーリーが売りでも、それ以外のバトルやキャラクターに魅力がなければ、どうしてもそのゲームには『クソ』のレッテルを頭文字に張られるのは仕方のないことだ。

 それは私が企画しているデスゲームも同じだ。

 メインコンテンツは『死』がテーマであるが、ただ死ぬだけのモノを作れと言われればただ単にガス室をひとつ用意すれば良い話だ。

 しかし、これはゲームだ。ボタン一つで死を描けるならば誰も喜ばない。

 だからこそ私は日々、何ができるのか、何を使えばよいのかを常に考える。なぜなら私はゲームマスターだからだ。

 生み出す側は生み出す責任を問われるのは当然のことだ。


「……」

「……ゲームマスター」

「なんだね、桜庭……いいや、と呼ぼうか?」


 私はマスターとしてモニターを通してゲームの参加者のことはを見ていた。

 しかしその中でも特筆してこの男は生きるために必要な能力や運、そして類稀たぐいまれなる勇気は目を見張るものがあった。


 死を目の前にしても恐れない心。

 相も変わらず、この男には驚かされる。


 桜庭……いいや、あえてここで私は彼を『立花』と呼ぶ。


 なりふり構わず、彼が何もかもを偽りながらこの場所にたどり着いてみせた。

 他を圧倒し、生のために身を削る。時には横着と姑息な手段を用いながら、生きることを絶対に諦めない。

 ニンゲンというのは驚かされることばかりだ。


 事実は小説より奇なりとはよく言った。

 この男はフィクションをノンフィクションにしている。

 これではゲームの持つ非現実的要素もない。


「おめでとう、よくここまでたどり着いた。報酬はそこに用意してある。どうせ貴様のことだ。まだ何かあるのだろう?」

「……」

「……ふっ、どうした。そんなにゲームはつまらなかったか? あるいはこの短いゲームの中で仲良くなった友人が目の前で引き裂かれることに嫌気がさしたか?」

「……」

「また貴様な何も言わないのだな。ゲームは面白くなくてはならない。これは当然の条理だ。だからこそ私はゲームの勝者の言葉を聞く義務がある。貴様は私に何を求めようとしている」


 立花は何も言わずに、ポケットから一つの紙袋を出した。

 それを開けて私に見せてくる。


「ハンバーガーに髪の毛は言ってたんですけど!!」

「ごくごくふつうにクレームだ!!」


 そんなことを言うために生き残ってきたのか、またこいつは。


 _________


 紙袋の中にはひとつのハンバーガーが入っていた。

 これは以前、立花がデスゲームに参加してきたときに提案してきた商品を改良して作った『人肉のハンバーガー』だ。

 手ごろで食べやすく、何が起きるかわからない忙しいデスゲームにぴったりな食べ物である反面、人道に反することを強要させてくる、食べる者の人間性を説いてくるものとして、上層部からも好評だった。


 このハンバーガーを巡って前回はとても面白い展開も見れた。

 泣きながら人の肉を食べる女性の参加者が最終的にすぐに消化液ごと吐き出したときは、もう我々も大歓声をあげた。


 そうそう! これが見たかったんだよ!!

 よく言った!! 感動した!!


「髪の毛は……仕方ないだろ。だって今回は衛生管理の悪い地下施設って設定なんだから……」

「でもお前の作るゲームの中で食中毒が死因になったらどうする」

「めんどくさぁ、それ言い出したら何にも食えないだろ」


 そんな虚弱な胃なら何も食べないほうがましだよ。

 そこは自己責任でお願いしたいところだけど、提供元はゲームマスターの私だから衛生管理の責任はこちらに向くのか……


 そしてデスゲームでよく聞くこの言葉を使うことになるとは思わなかったが「当事者以外が口をデカくするな」と思ってしまった。

 自分は全然そうじゃないのに「○○かもしれないからやめろ」とか「○○に配慮はないのか」とかうるさいヤツのことだが、今の立花がまさにそれだ。


 お前がそんなヤワなわけがねーだろ。

 食中毒は誰かがなってから考えるし、デスゲームで環境アセスメントを徹底させること自体がおかしいからね?


「それでちょっと見せて」

「ほら、ここに髪の毛が入ってるだろ」

「あー本当だ」


 立花の指摘通り、ハンバーガーの肉に巻き込まれる形で茶色の一本の髪がある。


「んー、でもこれ私のものじゃないな……茶髪だけど染めてあるわけじゃないからケミカルな味にはなってないと思うけど」


「ならなんで、いつ、どのタイミングで、これが入ることがあるんですか!?」

「クレーマーっぽいこと言ってる……」


 いや、クレームを入れに来たんだから当たり前なんだけど。

 それは飲食店に言うことなんよ。デスゲームで言うことじゃないのよ。


「だからこれは多分、入荷時に入ったものだと思う」

「え、入荷?」

「あぁ、立花は知らなかったのか。これはゲームで死んだヤツをミンチにして作ったものじゃない。別のルートから仕入れた人肉なんだよ。もちろんどうやって仕入れたものなのかは業者に聞いた瞬間に私のクビが飛ぶからわからないけどね」

「へぇー」


 なんか感心されている。

 こんなに興味津々になりますかね?


「ちゃんと血が抜かれて、皮も剥がれた状態でここに届くから、そのままミンチにするんだよ。だからもしかしたら私が確認しないまま機械に突っ込んだときにうっかりその人間の髪の毛が紛れてたんじゃないかな……ってことは私のミスか。すまないな」

「そうだったのか」

「とりあえずこのハンバーガーの肉になった人間は茶髪だったんだろうな」


 いやなんで私が謝ってるんだよ。

 ゲームに対する苦情は一億歩譲って許すけど、出されるメシへの難癖に対して誠意を込めて謝罪する必要はないだろ。

 だって私、ゲームマスターだよ? シェフじゃないからね?


「というかお前が料理してるのかよ」

「そりゃそうだろ」

「なんでだよ!?」


 立花からクレームではない単なる疑問符を付けて聞かれた。


「料理できる人を雇う金がないから私が作るしかないだろ」

「つまり、あの第二の部屋で用意された『食べたら豚になる』めっちゃ豪華な料理もおまえが作ったのかよ」

「そりゃそうだろ」


 もちろんオール無添加素材。

 見た目もバッチリでちゃんとサラダも用意(人骨を添えて)。


 なら私がシェフになるのか。


「……お前、ゲームマスターだろ」

「今更!?」


 立花らしくない正論を投げられた。

 そりゃゲームの管理だけしていればいいだけの楽な仕事じゃないから。


「もっと人員とか考えて企画しろよ。そんなんだから、いつものゲーム内容も一人で管理できるヤワなものから固定観念に囚われたものになるんだからな」

「……うっ」


 ズボォシ!


 さんざん立花のクレームを聞いてきたが、一番それが効いたかもしれん。

 それに、まったく同じようなことをちょうど先日、薬学専門の部下である花巻から言われたばかりだった。

 プレイヤー側も実感できるレベルで私色が出過ぎてるのか……


「その、人員は……いないんですよ」

「は?」


「だってぇ……デスゲーム運営とか誰が喜んで受け持つと思ってんだよ! それに安易にスカウトしてもそいつに通報されるリスクもあるし、人がよく死ぬからメンタル管理もこっちの仕事になるから……あと、物品の発注とか開発も絶対に大手には頼めないし」


 なんか仕事の愚痴になってる。

 それも立場的にお客様である立花に対してグチグチ言ってもなんにもならないというのに。


「ほぼワンオペってことか」

「当たり前だろ」


 なんなら部屋に設置してあるギミックの殺傷能力のチェックも私の仕事だ。何度自分でミスって死にかけたことか。


「お前も大変なんだな」

「なんか労われてる?」


 なんでこの期に及んでお前に慰められなきゃならんのだ。仕事だよシゴト。そこは理解したうえで割り切って運営していますとも。


「でも私一人ではどうにもならないこともあるし、どうにかして働き方改革はしないとな。実際に花巻が来てから結構楽できたこと多いし」

「ならとっととヘッドハンティングに金使え。俺が受け取らなかった賞金もあるだろ」

「持ってけよそれは」


 立花がさんざんクリアした分の賞金の余りはまだこちらで預かったままなのだ。

 はじめの頃は金庫に入れておくかと適当に保管していたが、回を重ねるごとにその量が増えていったことで今は部屋の一つが札束の部屋と化した。


 こっちもこの金持ってるわけにもいかないのよ。一応アブナイお金だから、このまま持ち続けるならいつかマネーロンダリングさせないと怖いのよ。


「ま、とりあえずシェフは雇ってみるか」

「楽しみにしておく」

「いや、お前は二度と来るなよ」


 そしていつも通り、喜怒哀楽を出さないまま部屋から出ていった。

 手元には15万円が入った茶封筒。

 もうアイツの提示額はわかっていたから、こちらで用意しておいた。


「……頑張るかぁ」


 といっても、何から頑張れば良いものか。

 ゲーム自体に何も言われなかったから、何をどうしろと言われても困るな。

 それこそ立花の言う通り、バイトを増やすことでしか改良できないのだから……


 それにどうやって呼ぼうか。


 ゲームの生還者をスカウト?

 いや、それこそリスクが大きいな。

 花巻は真面目だから大丈夫だとわかっていたけれど、他でもうまくいくとは思えない。


「……あれ、アンケート用紙は?」


 いつものその他欄に呪詛並みに言いたいことを書いてくるというのに、今回の立花はアンケート用紙を持ってきていなかった。

 珍しいこともあるもんだ。


 ……これは良いことと見るべきか。

 はたまた無反応と見るべきか。


 よく言うじゃん。好きの反対は嫌いじゃなくて無関心だって。それと同じで立花が何も言わなくなったのは、言うことがなくパーフェクトであることの証明ではなく、好きでも嫌いでもなくなってしまったのではないかと思ってしまう。

 いや、うん、良いことだ。

 どちらに転んでも相互に良いのだから。


 第一に、アンケートを書いてくることがおかしいし、それ以上に何度も挑戦してくることもイカれている。

 むしろとっとと無関心になって、アイツが正しいデスゲームの楽しみ方を覚えたほうがいいに決まってる。一旦、正しいデスゲームってなんだよ! って話は置いといて。


 そうそう、立花は合理主義者なのだ。

 私がカンペキなゲームを作った、あるいは立花は無事にデスゲームのループから逃れたと思えばいい。


 ……これは考えすぎか。


 ただ一人の参加者に気が行き過ぎだな。

 ま、人不足だって言ったし、しばらくは私たちのことを思って参加を渋ってくれるものなら嬉しいと思っておくか……


 ……なーんてことはなく。


 ……


「……おいこれはなんだ」

『君たちはゲームに参加する資格を得た。そしてこれも何かの縁だ。貴様らは何者だ』


「お、俺は川口……元ホテルの調。今は仕事がなくて……」

「小瀬優子、いくつかのの雑誌にて編集を担当していたわ。その雑誌記事内で炎上して今はフリー」

「俺ぁ蔵馬康隆。今は無職だ」

「え、蔵馬さんってあの有名店の!? というかの店長やめたんですか!? えーあそこの料理好きだったのに」

「昔の話をするな」

『……』


 ……え?


『貴様ら、少しいいか?』

「なんだ!? 何が聞きたい!」

『あのー、もしかして誰かに斡旋された?』


「あぁ、という男から」

「私もさんという若い男性に」

「俺もだ。と言ってた若坊主だ」

『……そうか』


 ……もしかしてアイツ、偽名使って仕事の斡旋してねぇか?

 だとしたらマジで何者なのアイツ……?

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デスゲームなのにつまらないのはおかしい! 琴吹風遠-ことぶきかざね @kazanekotobuki

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