第9話:クレームは一人来るぐらいがちょうどいい
「ようこそ私のゲームへ」
「……」
目の前には不思議な仮面をかぶった男がいる。
どうやら私は捕まっているようだった。
「……ふぅむ、どうやら自分がどのような立場にいるのかをわかっていないようですね」
「……」
私の様子を見て、仮面の男はクスクスと笑いながら言葉を続けている。
私のことを縛っている椅子。これは学校の椅子だ。
そして暗いながらも立体模型やホルマリン漬けの魚が飾っているのを見るにこの場所は理科室なのだろう。
そんな異質な空間に私と男の二人だけがいる。
「……ふっふっふ、まさか私のことを知らないとでも?」
「……お前は誰だ」
本当に私は男のことを知らない。一体なんの因縁があって私のことを捕まえて、あろうことか椅子に縛り付けいるのかも検討すらつかない。
「私ですか、いいでしょう。私はミスターゲィム。今から行われるデスゲームのゲームマスター。そしてあなたは私の作るデスゲームの挑戦者です!」
「……」
「どうしましたか? あぁ、もちろん助けは来ません。この場所は山奥の廃校を使っていますので、無線も届かないでしょう。それにしてもずいぶんと落ち着いていますね。もっと驚くと思っていたのですが」
話を聞いてだいたい何が起きているのかを把握した。
私は拉致されたようだ。そして、このミスターゲィムと名乗る男の遊びに無理矢理付き合わされる羽目になったといったところか。
……しかし、この男……
「……」
「私が用意したゲームは難問だらけ。もし生きて帰ることができれば……」
「……おい」
「賞金は白紙の小切手といきましょう。あなたの好きな金額を差し上げます。どうですか、たった一人の挑戦者がたった一枚の小切手のために行うゲーム、実に……」
「おーい」
「……うるさいですねぇ……あなたは本当に自分の立場を理解しt」
「いや……その……」
「? 何か質問でも?」
私が抱えていたひとつの疑問を仮面の男に尋ねる。
「……もしかして私のことも知らない?」
「え? もちろん、街で歩いていたあなたを捕らえただけなので……」
「えーっと……私もゲームマスターなんだけど……」
「……え?」
どうやらこの仮面の男は私のことを知らずに拉致って来たらしい。
ということは、私が以前に企画したデスゲームで仲間が死んだことへの恨みを晴らしに来たわけではないのか。
それはまぁよかったとして、ちゃんと参加者のバックストーリーは調べておかないとダメだとクレームが飛んでくるぞ。
……いや、クレームが来るのは私だけか。
_________
「え、えーあなたもデスゲーム作ってるの?」
「え、まぁそうだけど」
「えー」
急に居心地が悪くなった。
営業でミスって同業者を捕まえちゃったみたいな雰囲気だ。
「……ふ、ふっふっふっ……はーっはっはっは、まさか私のゲームに私の同士が引っかかるとは、面白いじゃないか!」
「……」
……はっ!!
ここで私はあのクレーマー『立花』のデスゲームにおけるファッショナブル精神について語られたことを思い出した。
この場所は学校の校舎。そしてこうやって話しているゲームマスターもキャラを崩さずにゲームの進行をしている。
ならば私もやることは一つ。
流れに乗っかってあげることだ!!
「これは……まさか自分の行いの罰ということか……ははっ」
「せいぜい笑っているといい。しかし、あなたが生きて帰れるのは結局のところ、あなた次第だ」
「……そうか、わかった。いいだろう、このゲーム受けて立つ!」
「はっはっは! いい顔をするじゃないか!」
よーしよしよし。それっぽくなってきた。
ミスターゲィムもキャラが乗ってきたのか声の張りが良くなっている。
そうか、環境や人物の行動次第で状況や空気を換えることもできるのか。
なんか思いがけない収穫だったな。
「では最初の試練を始めよう!」
「……くっ」
『第一の試練』
「このビーカーに鍵を入れた。しかし、ビーカーには硫酸が溜まっている。さぁ、勇気をもって手を入れて取り出すことができるのか!?」
「……なぁ、ちょっといいか?」
「どうした?」
概要を聞いたところでいくつかの質問をしておく。
もしかしたら抜け道があるかもしれないからだ。
とはいえ、だいたいこの手のゲームで聞くことは決まっている。
逆に言えば『これを聞かれたらヤバイ』ものを聞いてみるのだ。
「この理科室の硫酸を使ったのか?」
「もちろん」
「じゃあふたを閉めてあるけれど、ビーカーに移してからどれくらい常温で放置している」
「え、放置? えーっと、今開けたばっかだから……」
「おっけー」
その言葉を聞いて私は急いで蓋を開けて、ビーカーの鍵を取り出した。
もちろん手にはべっとりと硫酸がこびりついている。
「え、え?? はやっ!?」
「はい! 手を洗う!!」
鍵を取り出してすぐに手を理科室にある水道で洗った。
ちゃんと水道は通っているらしい。確認していなかったから危なかったが、どうにかなってよかった。はーアブナイアブナイ。
「え、どういう」
「いや、硫酸は硫酸でも理科室にあるのは実験用に希薄させた『
「……」
これにて『第一の試練』クリア。
続きまして『第二の試練』
「今度は数学ですね……これは、大学の数ある名門校の中でもトップクラスを選抜するために用意された至高の難問……ってちょっと計算早い早い!」
『第二の試練』クリア。
続きまして『第三の試練』
「はぁ、はぁ……今度は屋上から向こう側に渡る綱渡り……でも、そう簡単には渡れませんよ! 何といっても途中にはあなたを振り落とすためのノコギリの振り子が……あれ!? 避けてる!? そして綱の上で走ってる!?」
『第三の試練』クリア。
続きまして『第四の試練』
(以下省略)
「……」
「ふっ、これで全ての試練をクリアした、よくぞここまでブベラァ!!」
さっきからこの男の生意気な態度が気に食わなかった。
だから勝者特権を使って思い切り殴った。
「痛ァ!」
「手をわずらわせやがって」
ここまでの試練は全てが私の理解の範疇に収まっていた。
第一の試練は花巻から授かった理科知識から。
第二の試練は過去問でやったことあった。
第三の試練は音と距離感の目測で。
第四は……ま、言わなくてもいいや。
それに何よりも私がゲームマスターであることが一番の要因だった。
一体誰が今までギミックのテストプレイをしてきていると思っている。
「ここまで苦労なくたどり着いたのはお前が初めてだ。いいでしょう、素晴らしい成果には素晴らしい報酬を用意しなくては……」
「……」
いや、その……
実のところデスゲームの主催張ってる身だからあまりお金に困ってはないんだよなぁ……
しかし、何か物足りない気もする。
これは……なるほど……そうか。
「さぁ、何を望む」
「ブベラじゃない」
「……え」
「そこは笑うところだ!」
まさか私があの立花と同じことをするとはな。そう思えば、アイツがやろうとしていることもなんとなくわかってしまった。
どんなゲームでも面白くなくてはならない。
それがデスゲームでもだ。
「どんな状況でもゲームマスターとしての役割は忘れるな。いきなり拉致られて、怒りのあまり私がお前を殴ることもわかっていたはずだ。だったら、殴られた後も毅然と振る舞え! それと、硫酸も数学の問題も丸パクリだ。いくらでも対処法はネットに落ちてることも考えておけ!!」
「はっ、えっ」
「え、じゃない!」
「す、すいませ」
「違う! そこは「弱者の分際で何を偉そうに言う!」と言え!! それがゲームマスターの役目だ!!」
「うっ……」
いつの間にか私が仁王立ちして、ゲームマスターであるはずのミスターゲィムが正座で下を向いていた。
「……」
「……はぁ、いや金はいらん。その金でもっといい立地といい道具を用意して新しいゲームを考えろ」
「え、しかし」
「いい、ゲームをするならそれ相応の価値を払うべきだ。無課金ユーザーと同じに見るな」
「……は、はいっ!」
私は話の中で書いていた一枚の紙を正座でうなだれるミスターゲィムの前に置く。ここまであの立花と同じことをするなんて自分でも驚いている。
「それじゃ、言う通り生きて帰るぞ私は」
「は、はい」
「それと、そこに言いたいことを全部まとめておいた。だから、ちゃんと見てくれよ」
「はっ、はいっ」
私は普通に当然のように学校の玄関から出て行った。この学校は外から見るとこんなにもボロボロだったのか。廃校を使っていたと言っていたが、ここまでオンボロだったとは。
もう今は夜ではなく朝の時間帯だった。
朝日を浴びて校舎の窓に日が差していく。
「くっ……うっ……」
玄関で正座をしながらミスターゲィムは泣いているようにも見える。仮面からでは良く見えないが、肩が小刻みに震えているのが見える。
私はあの紙に書いたのはこのゲームの問題点を指摘した箇条書き。そして、私がクリアする際に考えていた攻略手順。
最後に一言「学校という舞台を活かして、学校にある道具でやりくりをする発想力は見事。これからもそのクリエイティブな考えは大事にしていってほしい」と。
「……あ、アニキっ」
……はぁ。
ミスターゲィムから漏れた声を聞かなかったことにして、私は朝日を背に山を下っていった。
__________
「ばぁーーーーっ………」
「どうしたんですかマスター」
「あぁ、花巻か……いや、ちょっと面倒なことにまきこまれちゃってな。私がなぜかデスゲームに参加することになったんだ」
「つまり、研修ってことですか?」
「……ま、そういうことになるのかな?」
いつもの仕事部屋に戻ってきた私は、花巻に今回の一件について話した。研修というわけではないのだが、私が生きて帰ってきて手ぶらな以上は研修と説明したほうがいい。
「……で、いやまったく。山の中だから帰り道で迷ってまーまー大変でさ」
「それでそのゲィムさんは?」
「わからん。けどもう同業者とはプライベートであうのは勘弁だな」
花巻に向かってへらへらと笑っていると、いつものように部屋の扉が大きな音を立てて開いた。
どうやら私のゲームが終わったようだな。
それに、まーたコイツが生き残ってるよ。
「ふっ、よく来たな……立ば……松田」
「おいっ、第三の部屋のギミックが難しすぎてだれも最初でクリアできなかったじゃないか! なんであんな鬼仕様に……」
「……」
「……どうした、何を笑っているゲームマスター! 何か言え!」
……ま、クレームが来るのは勘弁だが、あるに越したことはない……か。
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