第8話:不思議ちゃんは中間あたりで死んでほしい

「嘘だろ……一体何が起きている」


 私は鉄で覆われた部屋の中で驚愕の声を漏らした。

 部屋のモニターには、殺し合いをする人間たち。愚かに人間性を吐き出すように仲間として切磋琢磨した友を殺す様子が見える。


 ただ、そこには私の知らない光景が映っていた。


「これは、どういうことだ……」

「……おい、ゲームマスター」

「!?」


 私は背後から声をかけられた。

 いつの間に部屋の扉を開けて入ってきていたのだ。


 ……違う。私がこの状況を理解できていないからこそ、部屋への侵入を許してしまったのだ。それに、この男は私のいる部屋をすでに知っていた。


「お前はっ……立花か!?」

「いや今日はだ」

「そうか……すまない。それどころじゃない。一体何が起きている」


「……わからない」

「……わからない、だと?」


 謎のクレーマー『立花』はまたしても生還者としてこのデスゲームを脱出してきた。

 また当たり前のように参加しているし、当たり前のようにクリアしていることは置いといて、立花でもこの事態を把握していない。


 今回のゲームはかなりの長丁場になった。

 ゆえに、途中で一名だけ棄権できるための措置をとっていた。

 もちろんその正体を知っている者や知らなかった者も参加者にはいたが、どうにかして立花はその棄権の枠をもぎ取ってきたのだ。


 だから正確にはクリアではない。

 賞金がでないのだから生還ではなく棄権が正しい。


「お前、今月分の家賃と光熱費を取りに来たんじゃ……」

「ぐっ……がはっ……馬鹿言うな。金よりも命だろ……」

「……」


 あの立花がそんなことを言うなんて……


 このゲームでいったい何が起きている……!?


「くそっ、すべてはヤツのせいだ」

「……ヤツ、というとやはりアイツか……だろう」

「そうだ。彼女の行動を全て見て来ていたが、彼女は間違いなくこのゲームを壊している」

「それは身を挺して知っている……」


 ザザザッとゲームの終了を知らせるマイクのノイズ音が部屋に広がる。

 そこに立っていたのは私が最も恐れていた存在だった。


 アリス。皆がそう呼ぶ彼女は部屋の中で笑って口を開けて話始めた。


『えー♡♡ これマジでめっちゃ面白いんだけどー? でもよくわかんないまま終わっちゃったぁー♡♡ もうマジで難しすぎー、もっと簡単なのにしてよー♡♡ それでもう次の部屋に行ってもいいの? えーめんどくさーい、ここでやろうよー、だってここだけ電波いいからケータイ使えるじゃーん♡♡』


「くそっ、なんであんな奴が生き残ってるんだっ!!」

「それはこっちのセリフだ! アイツのせいで俺も死にかけたんだからな!!」


 彼女はデスゲームを破壊するもの。

 壊すもの、それは死の概念でも友情でもゲーム性でもない。


 このデスゲームの『ダークな世界観』だった。


 _________


『ちょっと次の部屋どこなのーちゃんと矢印ないとわかんないんだけどマスっち!』


 姫村有栖ひめむらありす


 姫とかアリスとか、もう名前からしてアレだが、彼女は俗に言う「不思議ちゃん」と呼ばれる人種だ。

 しかし、そこが問題ではないし私の作ったゲームにももちろん何度かその手のキャラは参加していた。

 ではなぜ彼女が異端なのか。


 理由は明確。生き残っているからである。


「くそぉ、アイツ……私が三日三晩考えたギミックをノータイムでクリアしやがる……」

「やはりか。マスっちの想定外のことが起きているのは確かなのか……」


 最初の部屋の暗号解読は一切のヒントもなくアリスはクリアした。

 入力した番号は『1219』

 誰一人ミスの番号を入れること無くアリスは解読してみせた。


 参加者は皆、驚いていた。どうして番号がわかったのか、と。

 それに対してアリスは「なんとなく?」と答えをぼかしたのだ。稀代の天才だと参加者はそのセリフを聞いて思っただろう。


 だが私だけは真実を知っている。


 アイツ、自分の誕生日を入れただけだ!


 しかも一回ミスるごとに一人死ぬと説明したうえでのこの暴挙だ。本当に信じられん。


「そのあとはアリスの護衛隊みたいなのができて、アリスのために死ぬとかわけわからん理由でそいつらもいきなり死んで……もう、マジで無理無理、何考えてるかマジでわからん……」

「マスっち、落ち着け」

「うるさい立花! それとその呼び方やめろ!」


 いつの間にか私のことをマスっちと呼んでいる。これもアリスのせいだった。

 何度もちゃんとゲームマスターと呼べと言ったのに、頑なにマスっち呼びをやめなかった。さらには、他の参加者も乗っかってほとんど全員が私のことをマスっちと呼び始めたのだ。

 もちろん最初は無視した。

 最初は……ね。


 しかしゲームの説明のタイミングで、


「ねぇーマスっち、これ使えるの」

『あぁ、いくらでも使え』

「あ! マスっちで反応した! キャッキャッ、もうマスっちはマスっちだもんねー♡」

『……』


 と、うっかり答えてしまったのだ。


「ちくしょー! ダメだってわかってるけど、いい加減、反応しないとアイツら話が通じなくなって来てたんだよ!!」

「しかも悪運が強いせいで生き残る。ルール理解できずに勝手に最初に死ぬタイプ、あるいは作者の好みで結構無駄に長生きさせられるタイプのくせに!」

「そう! やられ役なのに、ただ容姿と言動が天然なだけで人気ランキングの3位ぐらいに収まるタイプのくせに!!」


 立花と私がアリスに対して言いたいことを言いまくる。私たちの後ろで花巻が「ずいぶんと造詣が細かいなぁ」と呟いている。その後、面倒事になりそうだと察したのか、花巻は別の仕事のために部屋を出て行った。


「どうするんだよコレ! このまま最後のゲームまでゲーム性台無しなまま終わることもあり得るぞ!」

「なんとかしたい……けど、脈絡なく殺すのは……」


 いいや、アリスを殺す動機などいくらでもある。

 第一に立花たちがその犠牲になっているのだから、それに対する制裁を加えるのも良い。


「あ、あの下に何かある!」


 と、アリスが言ったことで参加者の大半が落とし穴に自ら落ちた。


「ここにさっきの部屋のアレ、ハメるんじゃね?」


 と、アリスが言ったことで即死ギミックだらけの部屋を逆走する羽目になった。

 このタイミングで立花は脱出ができたのだが、何でもない「アレ」を探すために逆走した残りのメンバーは全員死んでいる。

 疫病神と呼ぶにふさわしすぎる。

 しかし当の本人はそんな気もなく……


「間違ってたゴメーン」


 と、素直に謝るのだ。

 これで変に悪びれないところもまた責めようにも責めれない要因でもある。


「ふざけるなよ、私のゲームをあんな運だけで攻略するなんて!」

「だが見ろ、もう最後のゲームだ。それに残りのメンバーを見ろ!」


 たしかにアリスたち生存者たちは最後の部屋にたどり着いていた。

 ところが状況が悪く、もはや残っているのはアリスともう一人の女『奥田』だけとなっていた。


 この部屋には常に毒の入ったガスが充満している。つまりこの場にとどまること自体が死に直結する。

 だから二人のどちらかが解毒薬を飲んで生き残らないといけない。


「これでアリスが勝つのだけはよくない!」

「いや、もうこの際振り回した挙句に勝ち抜けた方が……」

「違う、あのままふわっふわな態度のまま生きているのが気に喰わん!」


 ここで立花と意見が対立する。私はデスゲームのゲームマスターである。

 そのため人間性を否定するようなみっともないことはしないが、さんざん荒らしに荒らして何もしないで終わるのだけは、死んでいった者たちの弔いにもならない。


 最後のゲームが始まった。

 そしてもちろんのこと両方生存のルートも存在する。解毒薬を互いに飲むだけでいいのだが、この部屋の状況を見る限りはその選択はしないだろう。


「あ、おーちゃんだ」


 おーちゃんというのは奥田の呼び方だ。アリスは参加者全員に何かしらのあだ名を付けて呼んでいた。


「……」

「どうしたのおーちゃん」

「アンタのせいで……あんたのせいで何人死んだと思っているのよ!?」

「え?」


 ……おや。これは……


 最後の最後に報復するパターンか。

 確かに奥田と、護衛隊になっていた男のひとりで、一番みっともない死に方をした『村井』とは仲が良かったようだった。

 それに対して怒り心頭なのだろう。


 そんな中でも、二人だけの部屋ではアリスと奥田の口論は続いていた。


「あなたが殺した分まで、あなたのことを殺さないと! じゃないと! じゃないとっ!!」

「おーちゃん」

「その名前で呼ばないで!」

「……おーちゃん、危ないよそれ」


 アリスはいつもの口調で奥田の持っているナイフを指す。

 奥田は返すように指ではなくナイフをアリスに向ける。


「……危ないですって。あなたのほうがよっぽど」

「おーちゃんっぽくないよ。みんな知ってるよ。おーちゃんはそんなことしないって」

「……みんな、みんなって誰のこと」

「もちろん、ここにいるみんなだよ。ほら村井君も言ってる」

「む、村井……あなたその名前……」

「うん、おーちゃんのこと、知ってたから」


 不思議ちゃんらしいファンタジックな説得が始まる。

 その言葉に何人がほだされて死んでいったことか。


「私っぽくない?」

「うん、だってわたしも知ってるもん。おーちゃんはみんなに優しい人だって。それに、おーちゃん言ってたでしょ、人を殺しても人は生き返らないって」

「……う」


 あ、ヤバイ!


「おいおい奥田ちゃん! 押されるな!!」

「やっちまえ! アリスの言葉に惑わされるな!!」


 外野の私と立花はモニターに向かって叫ぶ。

 応援の言葉などマイクを付けていないため彼女たちには届かない。


「だから、ね? おーちゃん、人を殺そうとしちゃダメ。私も悲しいんだから」

「悲しい……うっ……私っ」

「うんうん、つらかったね……あ、ほらあそこにオクスリあるから一緒に!」


「いえ、私は飲まないわ」

「えっ、おー……ちゃん?」


 え、おーちゃん!?


「いやいやおーちゃん、それは違うって!」

「飲ーめ! 飲ーめ!! 飲ーめ!!」


 何故か外野の私たちのほうがうるさい。


「私、村井君がいない世界なんていたくないもの。それにきっとあなたの綺麗な心の中には村井君も私もいるはず……だから、汚い私をこの場で……」

「おー、ちゃん……?」

「ぐふっ……ガスの効果がここまで……姫村……いえ、アリスちゃん。だから私の分まで……生き……」


 奥田はクスリの影響を受けやすい体質なのは私は知っていた。しかし、それでもある程度の免疫はあるため、これくらいの毒ならば問題はなかったはずだ。

 だが、崩れかけた精神面がそうさせたのか、奥田の体を想像以上の速さで毒が蝕んでいった。

 そうして、奥田は時間切れを迎える前にその場に倒れた。


「……」

「……」


 ほんの少しの沈黙が部屋の中にこだました。


 アリスは倒れた奥田の目を閉じさせて仰向けに寝かせる。

 そして、一人で解毒剤を飲んだ。余った数滴分を奥田の口に流す。

 それでも奥田は目覚めることはなかった。


「おーちゃん……」


 アリスは悲しんでいるように見える。

 まさか、最後の最後にこんな展開になるなんて……


「その、トムライ……って言うんだよね?」


 アリスは奥田が着ていたグレーのパーカーを亡骸の上にかける。

 そして自分の着ていた上着を山の形に整えてからそっとその上に置いた。


 これは……墓か?


「おーちゃん大丈夫、大丈夫だからね」


 アリスは奥田の持っていたナイフをその上着の山の上からそっと差し込み、ナイフの刃に何かをマーカーペンで書き始めた。


「……アリス」

「ただの不思議ちゃんじゃなかったのか?」


 彼女は異端児だった。しかし部屋にたった一人になった彼女はただの愁いを持つ少女のようにしか見えない。

 それを代表するかのように、上着とナイフの即席の墓が目の前にあった。

 そのナイフには一言。


『おやすみ、さん』


 ……


 ……


「……」

「……」


「あれ、おーちゃんって岡田だっけ、岡山だっけ?? ……うーんわかんないからいいや、やーめたっ♡ あ、そうだそうだ! さっきの部屋、ワイファイ繋がってたからラインしとこーっと♡♡」


 そう言ってゴールに向かわずに彼女は逆走していった。


 ……


「おい立花」

「ちょっと、ラスボス的な感じ出してアイツ殺して来る」

「おう行ってこい」


 こうして、立花はあっさりとアリスを銃殺した。

 これにより立花は『棄権者』改めて『真の生還者(仮称)』となった。

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