第7話:転ぶにしても受け身はしろ

 ひとつの大きな部屋に集まった20人の女たち。

 彼女たちが今回の餌食となる金の亡者たちだ。


「これはなに」

「ねぇ、ここから出してよ!」

「ちょっと、こんなことしていいと思ってるの!?」


 各々が言いたいことを何もない天井に向かって叫んでいる。

 ヒマなサルの鳴き声にしては心がこもっているじゃないか。


『ようこそ、お集りの皆さん』

「えっ」


 部屋の四隅に設置されたモニターに仮面を付けた人が映る。

 そしてその場にいた全員がこのモニターの相手がこの部屋に閉じ込めた張本人だと認識して、さらに罵声の言葉を強める。


「ふざけるんじゃないわよ!」

「そうよ、お金くれるって話じゃなかったの!?」

『嘘は言っていませんよ。ただ、誰にあげるかとまではお話をしていなかったもので。だからこそこの場に集まってもらいました』


 仮面で顔が見えないが、声色からして相手もまた女だろう。

 自分たちと同じく女性が画面の先にいることに驚く者も見受けられる。


『ただ、20名ですか……』

「え」

『少しばかり多いですね。それでは少しだけをしましょう』

「ま、間引き?」


 仮面の女は無数のボタンが付けられたリモコンのような装置のうち赤色のボタンを押す。その瞬間に、広い部屋の隅という隅から静かに何かが漏れ出す音が聞こえ始めた。


 これはただのガスではない。人殺しの衝動を増幅させる薬品が入ったガスだ。


「な、なにこれっ」

『本当は自殺者でも出てくれれば助かるのですが、そういうわけにはいかないでしょう。なのでほんの少しですが今から始めるのお手伝いをしただけです』

「こ、ころしっ……うっ……ゴホッ!」


 部屋にいた20人は吸い込んだガスで咳き込んだ。そのあとには、もう20人の中に正気を保っているヤツなどいなかった。

 その様子を見て、上手くいったと仮面の女『花巻』は笑った。


 _________


「これでいいんですかね」

「ま、いいんじゃない?」


 花巻をゲームマスターに据えてはいるものの、監督役として私もまた隣でその様子を見ていた。今回に限っては、私の出る幕はなさそうだし、口を出すような野暮なマネをするつもりもない。

 花巻の使いたいと言っていた催眠を存分に使わせる。

 これが私の今回のゲームの目的だ。


 人数は20人。デスゲームにしても少なめな人数だからアクシデントも起きることはないだろう。

 それに参加者の思考を読みやすくするため親近感を持たせる意味を込めて、女性限定のデスゲームという設定にした。

 そして何より『女性限定』とあればクレーマー『立花』は参加してこない。


 まさか女装をしてまで参加してくるほどデスゲームに命を懸けているようなヤツではないし、立花が参加できない条件ならば来ないのも知っていた。


 ……デスゲームに命を懸けるって言ったけど、「デスゲーム」なんだから当たり前といえば当たり前なんだけど、あいつにとっちゃ意味合いが違うんだよな。


 とりあえず、これで邪魔者はいない。花巻のやりたいようにやれる環境は整えてみたが、さてさて一体どうなることやら。


「このクスリで、半分になるまで暴れさせます。しっかりと調整を済ませているので、誰かがひとりを殺したらクスリの効果が薄れるようになっています」

「ほぉ、すごいな」


「ええ、をやり続けると萎えるのと同じ原理です」

「あぁ、なるほどね」


 そんな特殊な薬の調合もできるんだな。やはり花巻は薬学担当として採用しておいてよかったかもしれない。


「ただ」

「ただ……」

「花巻、お前が思うほど人間というのは思ったように動かないぞ」

「え」


 そんなことを言っている間に、20人が収容された部屋では精神を壊した女たちが友人、赤の他人関係なく殺し合いを始めていた。

 花巻が言うには半分になるまで殺し合ってくれるようだが、モニターで見たところ、どうやらそういうわけにはいかないらしい。


「あれ、何が起きてるんですか!?」

「花巻、お前が薬の調合が完璧なのは知っている。だがな、このモニターに映る20……いいや9人は完璧なわけじゃないのだ。クスリに弱い者もいればココロが弱い者もいる。それを理解していなかったな」


 本当は10人になるまで殺し合ってくれるまでが第一の部屋だった。


 そして、たしかに一人を殺せば気が抜けたように気絶する者もいたが、中には自分の行いに対して、自らを自らで咎める者も多かったのだ。


 そう、ココロの弱い者は殺してしまったのだ。

 相手、そして自分だ。


「ど、どうしましょう。このままだと次のゲームまでに人数が……」

「すぐに止めることは」

「できません。クスリの影響を止めるためにはあの部屋に私が入るしか……」

「そんなことできるわけはない……か」


 あの部屋にノコノコと入って行けるわけはない。入った瞬間に狂った参加者たちに殺されるに決まっている。

 狂っていなくとも、閉じ込めた張本人ならば正気でも殺される可能性だってある。

 それにゲームマスター本人が、参加者と同じ土俵に立つこと自体がタブーだろう。


「……花巻」

「すいません、どうにかして!」

「そこの緑のボタンを押せ」

「え、でもこのボタンは何も起きないと」

「いや押してみろ」


 花巻は恐る恐るリモコンの緑のボタンを押す。

 その瞬間に部屋の中に新たなガスが放出されているのがモニター越しからわかった。花巻は何が起きているかがわかっていない。

 しかし、生き残った6名の様子を見て、すべてを理解した。


 正気を戻している。


「……げ、解毒剤なんて私作って」

「前にも言っただろう。私もと」


 大きな咳をした後に、生き残った6名は辺りを見渡す。

 そして何が起きたかを把握した様子だ。


「そんなっ」

「なんてっ、ひどい」


 焦る彼女たちを落ち着かせるのもゲームマスターの仕事だ。

 しかし状況が最初の説明とは異なることに対しての弁解は難しいだろう。


「花巻」

「はいっ!?」

「モニターに自分の顔を映せ」

「え、何を」

「それと、それっぽく口も動かしておけよ」

「?」


 私は後ろでマイクを握ってアーアーと喉の調整を行う。

 確かはこんな感じだったな。

 頭の中でデモンストレーションを行った後に、マイクにアダプタを接続して、機器のスイッチを入れる。


『ふっふっふ、どうかしら。私の傑作は』

「傑作ですって!?」


 参加者はいきなり部屋に響く声に驚いている。

 そして、驚いているのは参加者だけではない。


 花巻も驚いていた。


「これは……私の声?」

(静かに。もしものために作っておいたのだ。ほら喋ってみろ)


 花巻は私のアシストの通りに口パクを続ける。


『これは君たちの死を増幅させるガスよ。味のほうはどうだったかしら?』

「死を、増幅ですって!?」

「ふざけないでちょうだい!」

『ふざけるだと? ただで金をもらえると思った君たちの心の弱さがそこに倒れる友が物語ってくれているんじゃないのか? そう、これは君たちの死ぬことへの思いを断ち切るガス。とはいえ20人はさすがに多すぎた。だからこそ減らしたのだ。配当も多いほうが嬉しいんじゃないか、金が好きな君らは?』

「う、うっ……わっ……」


『でも君たちはガスの脅威から逃れた。つまりは選ばれたのだ。おめでとう、最初の部屋はクリアだ。次の部屋に向かうがよい……そこでまた新たな試練を与えよう』

「くっ……そんな、私はこんなことっ」

「でも次の部屋に行かないと私たちもっ……」


 私が次の部屋のドアを遠隔操作で開ける。

 そこにぞろぞろと生き残った女たちは重たい足取りで入って行った。


 ここでやっと私はマイクのスイッチを消し、変声機のアダプタをはずす。


「ふぅー」

「あの、マスターすいません! お手数をおかけして」

「いやまだだよ。人数が余計に減っちゃった分をなんとかしないと」

「あ、それは」

「次の部屋は死ぬ人数が限られているし、一人だけ死ぬように設定してあげればいい。そして次の部屋は全員生き残らせるようにセッティングを変えれるはずだから、その説明もしてあげれば大丈夫だよ」

「確かに、そこまで考えて……」


「……ま、ゲームマスターだからね私は」

「マスタ……先輩っ……!」


 そしてその後は人数が少なく、平和的な解決を求める参加者だけが残ったこともあり、かなりスムーズに進行していった。

 最終的にはそこから4名が脱落したが、特別ゲーム中でも仲の良かった2人が生還したのはひとつの奇跡ともいえよう。

 二人は賞金をもらい、熱い抱擁を交わしたあとにこのゲームを後にした。


 友情ものは人気がある。

 それに最近は『百合ウケ』なんてのもトレンドになっているならば、結果としては上々だろう。


 これが『ゲームマスター』である私、

 そして花巻……のちの名を『トキシック・クイーン』の最高のデスゲームを作る始まりの一歩だった。



 

    プロジェクトDXデックス

 ー「デスゲームに新たな魅力を見る者たち」ー

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