第6話:催眠系はゲーム性に欠ける

「マスターそれはおかしいと思います」

「……」


 私はつい最近できたばかりの部下に詰め寄られている。

 彼女は薬学に長けていたことを買った私のゲームの生還者だった。


「それはただ何も知らないだけです」

「……」


 彼女の働きはとてもよかった。私の願うもの、望むものを生み出す。いわば薬学に関しては私の求めていた逸材ともいえる。

 そうして彼女はめきめきと実力をつけていき、私のゲームの一角を任せられるようになった。


「……何をそれほどまで嫌うのですか」

「……」


 部下の願いは極力叶えるようにする。それはゲームマスターである以前に、彼女のマスターでもある私のひとつのモットーだ。

 彼女の言いたいことはもっともだ。私も彼女の言いたいことも理解できる。

 だが私は頑なに口を閉ざすしかない。


「私の仕事が気に喰わないならそう言ってください」

「違う」

「ではなぜっ」

「……」


 さらに彼女の語尾は強まる。私が何も言わないことにも腹を立てているようにも見えた。しかし私は、今回に限っては彼女の願いに対して首を縦に振るわけにはいかなかった。

 それは、私の部下に対するモットーよりも守るべきモットーのためでもあった。


「答えてください!」

「……」

「……どうしてっ」


 ついに彼女は怒りをあらわにして私に問う。


「どうして私の催眠系の薬をつかってエ〇チなギミックを作ろうとしないんですか!! そんなに催眠が嫌いなんですか!?」

「すまん……催眠系は私には耐えきれないのだ……」


 そう、私は部下よりも『へき』を選んだのだった。


 _________


「あの、マスター」

「失礼、花巻。君の言いたいこともわかるし、やろうとしていることもわかる。けど、私の作ったゲームでそれをしてほしくないのだ!」

「いえ! マスターの作るデスゲームだからこそ活きるんですよ!」

「ダメなものはダメ!!」


 新入社員『花巻』。


 社会不適合、騙されやすい体質と騙されやすさにより失職。そしてまんまと私の作ったデスゲームに参加した哀れな彼女だが、元が薬学系の企業に勤めていたこともあり、薬品系を使うゲームでは他では見ないアイディアと調合技術で参加者とデス友(デスゲーム仲間)たちを唸らせている。


 私も彼女の実力に折り紙を付けている。

 彼女のおかげでできなかったことをできるようになったことが、ここ数回の企画で頻出したのだ。

 こんなに仕事ができるというのに失職したと思えば、なんだか可哀そうにも見える。あるいはよほど薬品系の仕事がブラックだったか。

 というかぶっちゃけうちも優良な仕事かと言われればそうじゃないからね。


 やってることはブラックだけど、企業形態はちゃんとホワイトでやってますよ。

 だからって求人を出してはいないんだけど。


 出せるわけないじゃん。

 だってデスゲームの制作だよ? 誰がこんなところに応募するんだよ。


「マスターにはいろいろと助けてもらいましたから。何かお手伝いできることがないかと思っての催眠を使ったギミックなんですが」

「うーん、いやー」

「何がそんなに嫌なんですか!?」


「何が嫌ァ? そ・れ・は『逃げ』だからだっ!!」

「逃げ?」


 あまりに自分の成果を使いたい花巻のしつこさに頭が切れた私は、長々と花巻に説教という名前の説得を始めた。


「いいか新人花巻。デスゲームには必ず、人の命が尽きるか尽きないかの瀬戸際を体感させることが大事なんだよ。その瞬間に諦めるか抗うかを見ることこそがデスゲームの醍醐味のひとつであって、むしろ死をテーマにしなくて何がデスだって話。それを催眠一つでラリさせて、どうぞじゃんじゃん殺しまくってくださいなんてやってみろ。誰も殺すことに何も感じなくなるぞ。確かに催眠で死ぬことへの恐怖を軽減させて、ゲームの進行をスムーズ化させるのも面白いかもしれないが、人の死を扱う以上はあっさりと殺すにしてもちゃんとそれぞれの人物にピックアップさせてあげないと、もしかしたら私たちが知らないだけで頭が冴えるヤツや思い切りのいい面白いヤツが何もできずに死ぬんだぞ。それこそ期待外れになる。それが逃げだと私は言ってるんだ。デスゲームならデスゲームらしく催眠なんてことをしないで、それぞれの人間性で勝負をさせないと。道具のひとつとして鎮痛剤のように使うのもよくない。死が身近になる。あくまで部屋の中では死ぬことへの恐怖がメインコンテンツであるならばもっと、死はレアリティを保ったものでないと。同じように性的なコンテンツでも催眠や媚薬も当人同士の愛情や関係性を丸ごと無視することになるんだから、全然つまらない。デスゲームも性的コンテンツもメインに据えているのは人間の持つ悪意や善意、あるいは欲求ならば、それをボカすような催眠や媚薬は間違いなく『逃げ』であり、もっとウンヌンカンヌンウンヌンカンヌンウンヌンカンヌンウンヌンカンヌンウンヌンカンヌンウンヌンカンヌンウンヌンカンヌンウンヌンカンヌンウンヌンカンヌンウンヌンカンヌン……」


 指をぐるぐると振りながらグチグチと話す様子を花巻はめんどくさそうに見ていた。また始まったよ、と言いたげな顔である。


「つまり、催眠は使わない方針ってことですか?」

「あぁ、何か考えがあって催眠がいいと考えてくれたところ悪いが、個人的な好みでちょっと今回は……」


 ……


 ……いや待て!


 私はこうやって嫌いなものから逃げてきたのではないのか。確かに催眠系を使うデスゲームだってある。それにクスリの治験で殺人鬼から逃げるみたいなテレビゲームもどこかで見たような見たことないような。

 ということはゲームの前に一服盛った状態にさせておく分にはゲーム性を保つのに問題は発生しないのでは?

 それにヨーロッパで起きたワールドウォーでは死への恐怖を紛らわせるために薬を推奨していたと聞く。ならばいっそクスリをメインに据えたデスゲームを作るのも悪くはないのでは?

 そうなると世界観はワールドウォーに合わせて1900年前後、クスリであることを強調させるために舞台を病院にしてやれば……


「……」

「どうしましたか」

「花巻」

「は、はい!」

「今まではゲームの一角を頼んでいたが、私の代わりにゲームマスターとして運営ができるのであれば、その催眠とやらを試してみてもいい」

「本当ですか!?」

「そうだ。私はデスゲームのエッセンスの一部として催眠が違うと言っていただけであって、催眠自体を主体とさせたものならば世界観や死生観も壊さずに参加者もゲームを楽しめるはずだ」

「なるほど……!!」


 改めて私は花巻の上司として、マスターとして花巻に問う。


「デスゲームの運営、頼めるか」

「わかりました! ですがノウハウはお願いいたします!」

「うむ!」


 こうして新人花巻のデスゲーム研修が始まった。


「……なんで、私がこんな仕事を……」

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