春は出会いの季節と言うけれど

リオン

春は出会いの季節というけれど。

創作リフレ店・スティリアのサーシャ様主催「Write or Read! お題で短編書いたら、激辛口で批評するよ。」

( https://kakuyomu.jp/user_events/16817330664747080216 )に参加させていただきます。


お題は「①解釈広がるスタンダード!」で挑戦しております。

 いつ……轢かれそうな猫を助けた後、

 どこで……桜の木の下で、

 誰が……知り合ったばかりの彼が、

 何をした……ピザのデリバリーを頼んだ。


お手柔らかにお願い致します。

企画の趣旨と違う、ルールに沿ってないなどございましたらご一報いただければと思います。

 更新

 10/11…「いつ/どこで/誰が/何をした」の順番通りに改稿しました。

 10/12…全体的に文章を柔らかくしました。サーシャ様から頂いた批評( https://kakuyomu.jp/works/16817330664744800702/episodes/16817330665092999233

)でご指摘いただいた個所を修正させていただきました。改めましてありがとうございました。


【本編】


 春は出会いの季節。

 確かにそう、学校も会社も全部春がスタートだ。


 わたしは、通い慣れた通学路から外れて、近道のために公園を歩いていた。

 始業式も学校も滞りなく終わり、お日様が真上の時間帯に帰路に着く。家に着いたら、お昼ご飯に念願のを注文する。そして両親の帰宅時間まで、だらだら過ごす。


 完璧に計画された一日。

 ――の、はずだった。


 視界の端に何か見えた気がして、そちらを向く。


 呑気に魔女の箒専用レーンを横断する黒猫。

 そんな猫に接近するのはかなりのスピードを出した箒と、それにまたがる魔女。


 その光景を見て、そのあと、自分でもどうしたのかは記憶にない。


 とりあえず今、わかるのは、クリーニングしたての制服が破けているところがあることと、ひざやてのひらをすりむいて血が出ていることだ。あと、腰が抜けて立てない。


 だけど、そんなことはどうでもよくて。

 自分も、猫も、どっちも助かった。


 その事実がじんわりと身体にいきわたったころ、わたしは息をゆっくりと吸って、吐き出した。どくんどくんと、壊れるのではと思うぐらいに動いていた心臓が元のペースに戻っていく。


(わたし、一歩間違えれば死ぬかもしれなかったんだ)


 そのことに気づいて、今になって足が震えてきている。でも、人であれ動物であれ、目の前で命が失われるのは避けたい。


 腕の中の黒猫が、するりと抜け出す。音もなく着地して、わたしの方を見た。

 念の為、猫には怪我がないか見ておく。手入れの行き届いたつややかな毛並み、そして吸い込まれそうなほど美しい翡翠の瞳、猫の中でもたぶん、美人な顔、そして赤い首輪。

 すぐに魔女だれかの使い魔だと分かった。

 翡翠の瞳は、魔女あるじの魔力を宿している証拠だ。


 首輪に刻まれていた呪文を唱える。すぐに飼い主である魔女とつながり、わたしはその場で彼女が到着するのを待った。手持無沙汰で、つい猫をなでる。気持ち良いのか「にゃあ」と一鳴きした。


(かわいいー!)


 その愛くるしさに一目で心を奪われていた。猫が気まぐれに体勢を変えるたび、わたしの胸の奥がキュンキュンする。


「誰かの使い魔じゃなかったらうちで飼ってたよー!」


 緊張が解けたせいか、責任感が一ミリもない発言をしてしまう。

 すると、不意におなかの虫が鳴った。周囲に聞こえるんじゃないかと思ってしまうぐらいに盛大なボリュームで。慌てて周りを見るけど誰一人として、気にしている様子はない。


 今日は二年生に進級したお祝いに、わたしの中でひとつ、決めていたことがあった。

 お祝いの料理といえばお寿司、ちょっとお高目な料理が思いつく。だけど、ここ一週間の私は、がずっと食べたかったのだ。


「おうち帰ったら、ピザ食べるんだ!」


 キミに向かって宣言しても意味ないか、と猫の方を見る。


 ――瞬間、翡翠の瞳がキラリと輝いた。



 黒猫の魔女あるじが到着する。

 多くの魔女が好んで着る黒ずくめではなく、彼女は白いワンピースに淡いピンク色のカーディガンの恰好だった。


(き、綺麗な人ー)


 ぼーっと見惚れていると、彼女は慣れた手つきでわたしの怪我と制服のほつれを魔法でなおした。使い魔の猫が彼女にすり寄っていく。手のひらのぬくもりが消えて、ちょっと残念に思っていると、魔女が申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんねぇ。痛くなかった?」

「いえいえ、猫さんが助かってよかったです」


 わたしがそう返すと「ん?」と魔女は言った。

 こっちにではなく、黒猫つかいまに。


「え? あぁ、うん。そうね」


 一見、一人で喋っているようにしか思えない。だけど、猫がみゃうみゃうと必死に訴えているあたり、ちゃんと会話は成立しているのだろう。


「おまえ、それでいいの?」

「にゃー」

「ふーん。『ご恩は返さないと』か。確かにそうね。それに」


 ちらり、とわたしの方を見る。

 何のことかわからず、首をかしげた。


「彼女がそう言ったのなら、大丈夫でしょう」


 穏やかに彼女はそう言うと、ぽん、と手をたたいた。


 人間、びっくりすると声が出なくなるらしい。

 いつの間にか桜の樹の下のベンチに座らされていた。

 それに、人が一人増えている。

 

 黒くてフワフワの髪の毛、真っ黒な瞳、黒いセーターにズボン、そして靴。

 全身、黒づくめの男の人が魔女の横に立っていた。


「え?」


 ようやく言えた言葉がこれだ。 


「ピザって、どれでたのむの?」

「これよこれ」


 目の前で男女がスマホの画面を覗いている。しかもなぜか彼のほうが急にピザをデリバリーしようとしている。

 とまっていた頭が、ようやく動き出した。


「どっ、どういうことですか!?」

「あら初めて見た? 使い魔が願いをかなえるの」


 それって――

 わたしは息をのんだ。

 前に本で読んだことがあった。魔女が従えている使い魔は自身に宿る魔力を犠牲にして、ひとつ願い事を叶えられるのだという。そして二度と使い魔の姿には戻れない。

 つまり、目の前に現れた真っ黒な彼は、さっき助けた黒猫なのだ。

 主も、居場所も、魔力も失う。それがどれだけ大変なことか人間のわたしでもわかる。


「な、なんで」問いかける声が震えていた。「どうして?」

「たすけてくれたでしょ。ごおんは、ちゃんとかえさないと」


 幼さの残る口調だったが、はっきりと彼はそう言った。


「でも、戻れないんだよ? 二度と、彼女あるじのもとに」

「うん。知ってる」

「だったら――」

「だって、きみが、かってくれるでしょ?」

「はい?」


 わたしは自分の耳を疑った。

 今、なんて言った?


「ごめん、もっかい言って」

「きみが、かってくれる、でしょ? だって、あのときそういったもんね」


 ――使い魔じゃなかったら、うちで飼ってたよー。

 いや、言いましたけども!


「あれは――言葉のあやというか!」

「あや? だれ?」

「人の名前じゃなくて……」


 しどろもどろのわたしの言い訳は、無垢な一言で消し飛んでしまった。

 ……なんだろう、何を言っても無駄な気がする。

 魔女が使った魔法が、わたしの思考にも影響を与えているんだろうか? なんとなく未来予知ができる。不思議だ。


「にしても、すごいこと言うわよねぇ」


 元の主がうっとりしたように頷いている。

 魔女さん、勢いで公認しそうになってない!?


「わ、わたし、まだこどもで!」

「見ればわかるわ。大丈夫大丈夫、なにもかもうまくいくように加護は与えておくから」


 直後に彼女が人差し指を振る。ふわり、と甘い香りがした。

 何の根拠もないが、両親への説得も、生活費も、本当に”うまくいく”気がしてきた。


「じゃあ、あとは若人でごゆっくり」


 口元に笑みを浮かべながら、魔女は消えた。どこかゴシップが大好きな親戚のおばさんを思い出す笑顔。薔薇の匂いの香りだけが残る。それも春の風がひとつ吹くとなくなってしまった。


 魔法ってすごい。


 タイミングが良いのか悪いのか、デリバリーのピザが届く。ふんわりといい匂いがした。二つの箱を受け取った。彼は元猫だし、元主の魔女はいなくなってしまったし、お金なんて持っているはずもない。ピザのデリバリーの知識はどこで知ったんだろう。なんて現実逃避をしながら、代金はわたしが支払った。

 手元にはすっからかんの財布と、ほっかほかのピザ二枚。

 わたしはがっくしと肩を落とした。


「とりあえず、うん」

「うん?」

「……ピザを食べようか」

「はーい」


 彼は嬉しそうに顔をほころばせて、ピザに手を伸ばす。


「はじめてたべるー!」

「でしょうね」

 

 春は出会いの季節、なんてよく聞く話。

 ――でも、こういうのじゃないでしょ!?


【了】

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