第5話 証拠
親戚の家に着いた時、盛大な歓迎を受け百合香は面食らってしまった。
そう言えばこのおばさんは親戚一の元気者だったと百合香は苦笑いした。
遅れて亨が到着すると同じように大歓迎してから「さあ話して」と司会者よろしくおばさんは中央に陣取った。
「こちらに来る間、考えたんです。なぜ百合香さんは奈美子と渉くんが通じ合うと思ったのか」
「渉は優しいのですが、強く押されると流されやすいんです。奈美子はご存知の通りとても強引で⋯⋯法事の時おそらく渉に不倫を持ちかけようとしたのだと思います」
「ああ、あれね、私もそんな気がしたのよお。奈美子ちゃんて昔から人の彼氏とか奪っていたらしいからね」
「ちょっとおばさんっ亨さんの前で──」
「良いんです。実は隆史さんと皐月さんから聞いています⋯⋯」
隆史は奈美子の兄、皐月は隆史の奥さん。
亨は奈美子の行動を怪しんですぐに二人に奈美子の事を相談したそうだ。
その時に昔から奈美子は人のものを奪う悪癖がある事を聞かされ亨を選んだのも当時亨が奈美子の周りで一番人気だったからだと聞かされた。
「隆史さんと皐月さんが奈美子と関わろうとしない理由がようやく分かりましたよ」
「あそこのご両親も西岡さんと結婚してやっと落ち着いてくれると喜んでいたのに⋯⋯まさか百合香ちゃんの旦那に手を出そうとしてるなんて」
「百合香さんが言っていることが本当なら、もし本当に奈美子が不貞を働いたら私は⋯⋯離婚しようと考えています。その為に確かめたい」
亨は真剣だった。
百合香の中で前回の奈美子の離婚は亨に呆れられたからだと確信する。
「証拠を取りましょう。私は渉の遅くなった日を、亨さんは奈美子が遅くなった日を付けるんです。同じ日が重なれば⋯⋯」
「甘いわ百合香ちゃん。それだけじゃダメよ」
おばさんがすくっと立ち上がって襖をスパーンと開け放った。
百合香と亨は急なことに驚き、現れた人物に目を瞬いた。
「ウチの子、探偵事務所に勤めているの。まあ親としては不安定な仕事に就いたと思っているけど役に立つ時が来るなんてね」
「驚いたよ「すぐに帰って来なさい!」だよ? 上司に心配されちゃったよ。こんにちは亨さん百合香ちゃん。法事以来ですね」
「陽介くん。知らなかったわあなたが探偵だなんて。会社員て言っていたじゃない」
「そりゃ探偵してますなんて言わないよ。実際会社員だし」
陽介も百合香と奈美子の従弟になる。
彼は自分達とそう変わらない歳なのに童顔のせいか、かなり若く見える。
それが探偵の仕事に都合がいいのだと言った。
「陽介くん、君に頼むとなると従姉の不貞を見ることになるよ」
「それを言うなら亨さんと百合香ちゃんの方だ。自分の配偶者の不貞を目にするんだ。それでもいいの?」
陽介は仕事は割り切って行う。それがプロだと胸を張り百合香を気遣った。
「⋯⋯本当は嫌よ。渉のそんなところ見たくはない。けれど私は渉が裏切りを行うのなら代償を受けさせたい」
「ふうん、亨さんは奈美子ちゃんに不信感を確信しているけど、百合香ちゃんは渉さんが不貞するって思ってるだけなのかな? 渉さんを信じていないの?」
「不貞を行う。それが渉の本心ではない事は信じているわ。けれど最終的に不貞をするならそれは裏切りと同じよ」
そう、あの時、言い訳しかしなかった渉。
奈美子を好きになったと言いながらも苦しそうだった。
「⋯⋯うん、分かった。正式に依頼を受けるよ。浮気調査だから基本料金と調査期間はこれで、調査期間が長くなれば一ヶ月これだけ足されるよ。あとは対象者の宿泊先に着いて行くとか諸々費用がかかったらそれだけまた足される」
「結構するのね」
「その料金は私が出します」
陽介が出した契約書に亨と百合香はサインを書き込む。
前回渉と奈美子は二人の不貞を慎重に隠していたのだから宿泊はなかった。ならば期間は土日祝祭日を除いた三ヶ月。
料金をすべて亨にお願いするのは気が引けると百合香が半分を申し出たが亨は自分の離婚のためだと譲らず結局は甘えることになった。
契約を交わし、陽介は早速明日から行動に移ると、亨は早退したがまだ時間があるからと言って二人とも会社に戻って行た。
「おばさん今日は急な話だったのにありがとう」
「良いんだよ。陽介の仕事にもなるし。それより百合香ちゃん、大丈夫かい?」
今日は何人にも心配される。
それがありがたいと百合香は頷き笑顔を使った。
「おばさん、私ね渉の事を愛しているの。だから裏切は許せないのよ。杞憂なら良かったで済まそうと思ってる」
「もし、不倫していたら⋯⋯離婚するのかい」
「私ね一度渉に離婚を告げられたの。夢の中でだけど。悔しくて悲しくて⋯⋯許せないって思った。だから今度は逃がさないって決めたの」
「今度?」
「じゃあ、本当にありがとうございました。今度は遊びに来るわ」
「あ、ちょっと百合香ちゃんっ」
まだ聞きたいことがあると言った体のおばさんに別れを告げ百合香は日が暮れる中を急いだ。
タクシーを拾う間、渉に「今から帰る」と送信すればまたすぐに「俺も今から帰る」と返ってきた。
今日は奈美子に合わない日。
そう分かっただけで百合香は安堵した。
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百合香は渉が遅くなった日を付け続けた。
その中で明らかに残業ではない時間に帰宅した日は一ヶ月目と二ヶ月目には二回。三ヶ月には四回。週に一日のペースになっていた。
そして、陽介から調査報告が届いた。
見たくはないが確認しなければ。
報告書には渉と奈美子が待ち合わせから食事。顔を寄せ合いキスを交わし、腕を組みホテルへと入り、出るまでの写真がまとめられていた。
しっかりと日付と時間が刻まれた写真は百合香が付けた明らかに残業ではない日の記録とすべて一致している。
知っていたのに、分かっていたのに。
それでも見てしまった見なければならなかった。
二人を泳がせ、証拠を形にすると決めたのは自分なのに。
百合香はトイレへと駆け込み何度も吐いた。
渉は奈美子を抱いた日に百合香も抱いていた。
それは縋る子供のような抱き方だった。
縋るなら奈美子を拒否し続けて欲しかった。何度も愛しているなんて言わないで欲しかった。
愛しているなら離婚なんて言わないで欲しかった。
吐くものはもうないのに嗚咽をあげるたびに込み上げる嫌悪感。
バスルームへ飛び込んで何度も何度も身体を洗う。
タオルで何度も擦っても渉の匂いが消えない。渉が付けた赤い印が消えてくれない。
シャワーを浴びながら百合香は座り込んだ。
渉を許さない。奈美子を許さない。
バスルームを出た百合香は同じものが届いているだろう亨に電話をかけた。
「私の心は決まりました。決着をつけましょう」
「分かりました。私も覚悟を決めました」
亨の声が頭を冷やしてくれる。
百合香は亨に「三日後に」と告げた。
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