とある町のよくある話(ふせい)

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第一話_不正会計発、選挙経由、発覚行き

 202×年9月、ある町の商工会にて不正会計があったと地方テレビ局のニュースにて流れた。

 内容としては「前年度、障がい者支援などに関連して町が支出した補助金について、会計業務を担う自治体商工会が作成した収支報告書に支出の根拠があいまいな会計が見つかった」というもの。

 すぐにネットの波の中に消えそうな話題ではあったのだが、なにぶん筆者の地元に近い町の出来事であることから興味を抱き、情報を集め始めた。すると、大変興味深い話になったので途中経過ではあるが備忘録代わりに此処に記す。


 抑々の発端は202×年の雪解け間近な頃、町の職員が呑みの席で「商工会の不正会計がありやがった!」と吹聴していたのが当時の監査委員の一人の耳に入ってしまった事。折しも統一地方選の年で監査委員会や定例議会も終わっており、町内は町長や町議に誰が立候補するのかが話題の中心だった。

 その町長選は3期務めた役場出身のA氏が勇退、後任には副町長で同級生でもあるC氏が立つと早々に表明しており、町議選は元議長やベテランの勇退や新人の立候補の表明を併せて定員12名のところ立候補表明者が13名というのがその時点での状況であった。

 これが急転したのが3月、町議を5期務めていたベテランのB氏が突如町長選に立候補を表明し、ほぼ同時に町内で商店を営むD氏も立候補を表明。無風と思われた町長選が2期ぶりに行われる事となる。


 ここで面白いのが、各町長候補者に対する町民の評判が各者ともそんなに良くなかったというもの。やれ「女癖が…」だの「出張先で…」、「吞み方が…」など、「正直、誰でも同じ?」と言う声が当時は多数挙がっていたと言う。

 変わって町議選、B氏が鞍替えしたことにより定員同数の無投票当選というのが大方の予想となり、それは4月の選挙公示日まで続いていた。


 さて、前段の不正会計吹聴の件、耳に入った監査委員のX氏も現職の一人として立候補を表明しており、当選後も監査委員を継続することを明言。「火のないところに…」と言う事で調査に乗り出す事を親しい人に漏らしていた。

 これを伝え聞いて慌てた陣営もいたのだろう。X氏の家業は農業で、商工会とは一定の距離を置いており派閥・会派にも属していない「一匹狼」的な議員。調べるとなれば徹底的な追及が行われることは目に見えていた。ましてや現職の議員の中には商工会の役員を兼任、並びに親族が商工会の長を歴任していた方や商工会経由の融資を受けている方もおり、仮に不正会計が事実ならば追及は免れない。ましてや吹聴していた町職員が言っていたとする金額は過去数年間で「4億超」で、それほどの巨額不正なら管理する行政側の責任も問われてしまう。監査の目を逃れようとするのは必然だったのかもしれない。


 そして選挙公示日、朝早くから町長・町議候補の各陣営が役場前に集まっていた。大方の予想通り、町長候補3陣営・町議候補12陣営が八時の開場に合わせ立候補届を提出し、選挙戦が始まった。

 この時、多くの町議陣営は公示日のみ選挙活動を行い、立候補が締め切られる午後五時をもって選挙活動を終了し、後援者や協力者を労う予定だったと聞いた。

 そして午後五時過ぎ、いくつかの町議陣営に衝撃が走った。「昼過ぎに町議候補として届を提出した方が出たらしい、選管に確認したから間違いない」と。その方はY氏と言い、B氏の町議時代から後援会の幹事長を歴任し、今回の町長選も後援会長に名を連ねていた。

 当然B氏陣営に各町議候補陣営から問い合わせが殺到した。「本当なのか?」「どういうことだ?」「何故だ?」「知っていたのか?」。後にB氏から聞いたのは次の通りである。

 公示日の朝、B氏陣営は選挙事務所にて出陣式を行っていた。下馬評ではB氏・C氏・D氏では5:4:1で若干B氏有利とされ、現職町議からの支持もB氏優勢でB氏自身も手ごたえも感じていたという。後援会長としてY氏がB氏へ激励と必勝の挨拶を行い、B氏を乗せた選挙カーを在所する運動員と見送った。その後Y氏は「用を済ませてくる。」と事務所を退出。Y氏の家業も農業のため、家の仕事を片付けに行ったものとその場にいた方々は特に気にしていなかったらしい。


 B氏が異変に気付いたのは昼休憩として選挙事務所に戻る寸前だった。事務所から「Y氏が町議に立候補したらしい」と連絡が入っていた。急いで事務所に戻ったB氏が見たのは、事務所の真ん中でパイプ椅子にどっかりと座り、ニヤニヤしながらB氏を見つめるY氏だった。Y氏はB氏を視認すると徐に立ち上がりB氏の前に立つ。

「帰ってくれ。」

 その時、B氏はこの言葉を出すので精一杯だったと回想しており、心中は「やられた」の言葉が渦巻いていたという。「裏切られた」というなら理解できるが「やられた」とはどういうことか?

 小さい町の選挙「あるある」ではあるが、新たに立候補を表明した後に各町内会や各地区の自治会長及び地元企業に挨拶させていただくのが一般的で、後援会長や役員が随行するのが慣例である。B氏も例に漏れず町長選に立候補を決めた際、Y氏と共に挨拶を廻っていた。その際にはY氏は町議選に出ることを誰にも言っておらず、B氏もY氏は後援会長として自分を支えてくれるものと信じていた。

 B氏を支持していた町議候補陣営としては「寝耳に水」であり、外部から見たB氏陣営は「子飼いの町議を当選させるために当日まで秘密にして“無かった”はずの選挙を“させられた”」という逆恨みに近い裏切り者の罵りを浴びせる事となる。そもそも選挙戦が無いものと思い公示日当日分しか選挙運動の準備をしていない陣営が多数いたため、B氏は終始弁明に明け暮れ、その後の選挙期間中はほぼ寝られなかったと述べた。いずれにしてもB氏を支持していた各町議候補陣営からの信用を失い、その後の選挙戦に影を落としていく。


 B氏がY氏の出馬を「知らなかった」というのが真実と仮定したならば、Y氏の公示日当日の行動は以下のように考えられる。

 選挙事務所にてB氏を見送った後、前もって用意していた届出書類を持って約四〇㎞離れた隣町にある法務局に行き供託金を収め、返す刀で役場へ行き立候補届を提出した足で事務所へ向かいB氏を待っていた事になる。そしてB氏と別れた後、自宅にて選挙事務所を立ち上げ夜を通して看板や選挙カーを用意して翌日から選挙運動を行ったという。夜を通して準備をしたという事は実際に看板を作成した業者や拡声器等の電器機器の段取りや配線を請け負った業者より確認が取れており、秘密裏に準備を進めていた事が窺える。


 ここでどうしても疑問が残る。長年“議員”と“後援会長”という蜜月を過ごしてきたB氏とY氏。なぜY氏はB氏にとって「裏切り」と思われる “電撃出馬”を決めたのか?

 もともとY氏はB氏とは別の地区に居を構えており、地元の信用も厚く町内の評判も上々で、もし事前に出馬を表明していたとしても、当選は確実であっただろうと言われていたほどの名士であった。過去には町長候補と町議候補が一緒に挨拶に回る事もあったことから、B氏の事前挨拶時に随行するY氏の出馬を併せて表明していれば、余計な確執を熾すことは無かったのではないかと推測する。


 では何故、“電撃出馬”しなければならなかったのか?後にY氏が周囲に語った理由としては「前々よりB氏の政治姿勢に疑問を持っており、町政に関しても自ら何とかしなければと思う気持ちが強くなり今回の行動に至った。」と述べていたという。


 本当だろうか?町政に関して云々以降の理由ならば衝動的に行動に移したというのは理解出来なくもない。

 ならば、その政治姿勢に疑問を持つB氏と討論もせず、後援会長という重役に収まって公示日前日まで選挙活動の応援をしていたのは何故だろうか?

 様々な方々から話を聞くにつれ、ふと筆者は思いついてしまった。

「この“電撃出馬”で得をするのは…」と。

 間違いなくC氏陣営だろう。Y氏電撃出馬によるB氏に対する各町議陣営の信用低下は、各々についている後援者の信用低下に繋がり、票が離れる事は想像に難くない。結果的に町長選を有利に進めることが出来たのだろう。黒幕がC氏陣営としたならば、B氏が「やられた」と思ったのも納得できるものだ。

 そして町議選が行われるという事は「落選者」が出るという事。その標的は…

「X氏か…」

 監査委員にして一匹狼、委員の継続と不正会計の調査を明言している現職。前副町長のC氏としては行政側の追及は躱したいのは勿論、前述の「4億超」が大げさにしても執行側として「知らなかった」は考えづらいし、「後ろ暗さ」は前町長A氏を含め多少はあるのだろうと推測される。

 加えて前町議選のX氏の獲得票数は当選はしたものの前々回を大きく下回り、高齢になった事で勇退を考えていたところに今回の不正会計の件、これが無ければ出馬していなかったという事もあり、出馬に対する準備不足は否めなかった。

 対抗馬の評判を落とし町長選を有利に進め、且つ現職の監査委員を落選させることにより不正会計の追及を躱す、あわよくば監査委員を子飼の議員に任命して不正会計自体を闇に葬る…流石にこれはと筆者も思うが、ある意味これを裏付けかねない現象が公示日の夕方に起きていた。

 前段で「多くの町議陣営は午後五時をもって~」と書かせてもらった。本来選挙活動は午後八時まで行ってもよい事になっており、無投票当選がほぼ決まっていた各町議陣営は立候補が締め切られる午後五時をもって選挙活動を終了する予定だったのは既に述べた。各陣営は当選祝いや労いのために事前に用意していた食事等を無駄にすることは出来ず、今後の選挙に対する決起集会と位置づけ労をねぎらい、その後の選挙戦を戦ったという。

 だが、公示日の午後五時を過ぎても選挙活動を行っていた町議陣営があった。それらの陣営は午後八時まで選挙活動を行い、「明日もよろしく」と締めたという。当然祝賀のための用意もされておらず、無投票と噂される中でのY氏の出馬を知らされていない運動員はさぞ困惑していたであろう。


 ここで公示日午後五時以降に選挙活動を続けた陣営は何処か?と調べたところ、商工会に強いパイプを持っている陣営とC氏に近いとされている陣営であった。最後まで気を緩めないなどと言えば聞こえは良いが、どう考えても事前にY氏の出馬を知っていたからの行動と取られても仕方のない事であろう。

 一手で複数の効果を狙うよう策を練る…どこぞの軍師顔負けの計略と思ってしまったのは筆者だけだろうか?


 時は進んで投票日、結果はB氏を抑えC氏が町長に当選。町議選はX氏が9票差で最下位ながら当選、次点は商工会役員を兼務する陣営であった。


 宣言通りX氏は監査委員に立候補し調査を開始。実際に不明朗な金銭の流れがある記述を確認し、監査委員会にてこれを追及。春先より町と商工会は双方弁護士を建て調査を開始。内部調査を進めている中の9月に外部に発覚するに至った。


 未だ疑問は残る。

 ・何故外部に発覚する前に発表出来なかったのか?

 ・過去数年にわたる不正があったと言うなら、何故今まで監査が機能していなかったのか?

 ・調査に数か月掛かっているが、中間報告等が無かったのか?

 ・会計士や税理士という数字のプロではなく何故弁護士を双方建てたのか?

 ・誰がどうやってY氏を口説き落とし電撃出馬をさせたのか?

 など、多数の事象が調べ切れていない状況ではある。

 ただ言わせて欲しいのは、弁護士とは「依頼人の利益を法によって守る」のが仕事であって、決して「法の下に正義を示す」のが仕事ではないという事であり、同時に「利益を守る」とは「不利益を少なくする」と同義である。あくまで個人的な考えであるが概ね間違ってはいないだろう。依頼人(町・商工会)の利益とは何か?少なくとも隠蔽や過少申告では無い事を祈りたい。


 最後に、町内にまことしやかに流れているヨタ話を書いて、一端筆を置かせてもらう。

 ・今頃、町と商工会の若い連中が遡ってカラ伝票作ってるわ。もう出来たんじゃないか?

 ・すでに警察動いてるって聞いたぞ…よくやるわ、あいつら。

 ・新副町長、あんなに正義感が強い人だったのに…

 ・議会質疑の時、課長連中が発言者を睨んでたわ。まるで「余計な事言うなよ」って感じで。

 ・議会は追及派に一度騒がせてから無かった事としてチャンチャンするってよ。

 ・誰が生贄になるんだか…責任感強い奴だろうが、喜ぶのは実際使った奴らだろうな。

 ・どうせ「なあなあ」で終わるんだろ…

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