第4話 甘え下手

笑顔が怖い。

面白いことが起きた時の笑顔は、まだマシだけど、ただの日常会話でしている笑顔が怖い。


意味が分からないのだ。

高校の教室なんか、笑顔のオンパレードだ。みんな、自分達の会話が世界一面白いとでも言うかのように笑っている。

普通、そんなに笑う?


そんな笑顔が溢れる教室に居続けるのが辛かった。

ストレスがMAXで溜まるのが木曜日。

4日頑張ってきて、あと1日頑張らなくてはならないもっともエグい曜日、木曜日。

午前の授業を乗り越えたお昼休み、不良ちゃんは呟く。


「ダメだ。保健室に行こう」

\



「お。いらっしゃい」


パソコンで何やら作業をしていた荒川先生が迎えてくれる。


「保健室の先生って、パソコンで何やってんの?」

「えっとね、来室記録」

「え?私のことも書いてんの?」

「うん。仕事だからねー」

「見せて!」


見せれるわけないだろうと、29歳のカナエちゃんは脳内でツッコむ。


「いいよ」


いいんだ……。社会人としてはどうなんだろう。

パソコンの画面を眉間にシワを寄せて見る不良ちゃん。そこに自分の名前の欄の「来室理由」には「相談」と書いてあった。


「相談‥‥‥?」

「まあ、実際はただ雑談してるだけだけどね」


雑談というより、私達の会話は不満の言い合いだった。

学校や社会、家族に対して募った不満をお互い吐き出している時間。

普段の荒川先生は、生徒にも教師にも好かれている、いつもニコニコしている優しい保険の先生って感じだけど、私と2人きりの時には、割と毒舌だった。


「香川先生は、自分がイケメンだと思ってるところがキツい。髪型で誤魔化してるだけで、実際の顔面偏差値は40くらい」


「吉田先生は、自分が面白いと思ってるよね。この間、授業を少し覗いたんだけど、気の弱そうな眼鏡の男の子がノートに書いてた絵をみんなに見せてんの。<こいつ、授業中にこんなの書いてるぞー>って。クラスの子達は、その男の子よりも吉田先生に引いてたね」


「事務員のおっさん、全然仕事しない。よくあれで給料貰えるなって逆に感心する」


こういう系の話をしている時の荒川先生は、優しくはないけど、楽しそうだった。


「荒川ちゃーん。足擦りむいちゃったー」

「わあ、痛そう。すぐに絆創膏と消毒液を準備するね」


話の途中で他の生徒が入ってくると、瞬時に穏やかな表情に戻って仕事をこなした。

そんな荒川先生を、私は格好いいと思っていた。

理想の自分を継続するために、暇そうな生徒に悪い部分を吐き出す。


私、そのゴミ箱の役割になれたことが嬉しかった。

そんなある日のことだ。


「カナエは真面目過ぎるのかもねぇ。ストレス解消方が下手っぴ」

「はい?」

「この部屋には、私とカナエしかいないんだから、もう少し甘えていいんだよ」

「は!?甘えるとかないし!」

「ハハ」

その時の荒川先生は、少し寂しそうな表情をしていた。



\

今なら分かる。

私が甘えることができないのは、その人のことを信用していないから。


だから、アルハラオヤジのことを誰にも言えていない。

あれは、ただの障害事件だ。

見た目は治ったけど、右頬の内側がまだ痛い。

右頬に手を添える。


そうだ。私は痛かったのだ。


ふと、目を上げると、見飽きたショッピングモールが見えた。

もう、家が近い。


家に帰る前に、この足が痛いけど動ける、アドレナリンドバドバ状態でやっておきたいことがある。


スマホを取り出して、10年以上前の卒業式に交換した荒川先生のLINEを立ち上げて、いきなり、アルハラオヤジの悪口を書いて送った。


こんな時間に、ずっと昔の生徒のわけの分からないLINEに返事なんかくるはずがない。そう思ってスマホをしまおうてした瞬間、スマホが震えた。


<そいつサイテーだね。訴えた方がいいよ!>


あの頃と全く変わらない様子に、つい笑みが溢れる。

久しぶりに、本当のコミュニケーションを取れた気がした。




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荒川先生の平和な世界 カビ @adatitosimamura

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