前口上

藤野 悠人

前口上

 子どもの頃、考えたことがあるんだ。僕は誰なんだろうって。あぁ、いや、別に哲学の話じゃないよ。ちょっと長い独り言。まぁ、よかったら聞いてよ。


 最初に考えたのは、たぶん小学校低学年くらいの時だったかな。おっと、早めの中二病なんて言うなよ? その言葉は嫌いなんだ。


 きっかけは、友達と鬼ごっこをしていた時だよ。体育の授業だったのか、昼休みだったのか、それはハッキリしないんだけどね。鬼をしていた同級生が、クラスメイトを追いかけているのを見た時だよ。鬼の子にタッチされると、新しい子が鬼になる。さっきまで鬼としてみんなから逃げられていた子は、その瞬間に逃げる方の仲間になる。でも、本人は何も変わっていない。なんだかそれがすごく不思議だった。


 別の例えを話そうか。例えば、そうだな……会社だ。例えば、社長が悪いことをして、逮捕されたとする。でも、社長がひとりいなくなったって、別の人が社長になれば、会社自体はなくならない。なんだかね、社員どころか、社長までが、会社っていう大きなものの、部品のひとつみたいに思えたなぁ。あ、ちなみに、今の話では世間の評判とか、株価とか、倒産の可能性っていうのは無しね。ややこしくなるから。


 また例えをひとつ変えると、そうだな……、僕自身のことだよ。


 例えば、僕が明日死んだとして、それで君の生活は変わるかい? 泣いてくれるのは大いに結構だけど、じゃあ明後日は? 来週は? 一年後は? ほら、君の生活そのものは変わらないでしょう? 世界なんて、もっと関係ないよ。ひとりの人間が死んだ生きたでいちいち世界が変わっていたら、毎日世界はひっきりなしに変化しているさ。


 それに、自分がなんで、この自分で生まれたんだろう、とかね。あ、哲学っぽくなってきたと思ったでしょ? 分かりやすく嫌な顔したよね、いま。君は分かりやすいんだよ、すぐ顔に出すから。


 でもさ、僕が生まれなかったら、君はこんなところで、哲学臭い話を聞かずに済んだ。その代わり、何をしていたろうね。部屋でごろごろするとか、どこかに遊びに行くとか、他の友達と呑みに行くかも知れない。いま一緒に話すのが、僕である必要なんてどこにもないんだよ。君の人生にとっては僕の存在だって、ある意味、交換可能な部品のひとつでしかないんだ。


 それじゃあ、僕が僕で生まれた必要って、何なんだろうって。なんというかね、そんな雲を掴むようなことを考えてたんだ。どうにも、おセンチになっちゃってよくないね。


 あ、彼女の話はするなよ? いや、昨日フラれたから、もう元カノか……。

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前口上 藤野 悠人 @sugar_san010

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