最終話 エピローグ
教室の前にできた長い長い行列を抜けると、そこは喫茶店でした。
なんて言っても、これだけじゃ何のことだかわからないだろうね。
今日は、うちの学校の文化祭。そして私は、隣のクラスでやってる喫茶店に来ていた。
さっきの長い長い行列は、み〜んなここに入るために並んでいる人たち。多分、どのクラスの出し物よりもたくさんの人が来てると思う。
こんなにも大盛況な理由は、ひとつしかない。
「いらっしゃいませ──って、瑠璃ちゃん!?」
「来たよ、伊織ちゃん。その服、かっこいいよ」
出迎えてくれたのは、ギャルソン服に身を包んだ伊織ちゃん。もちろん、かっこいい!
教室の前の行列は、ほとんどみーんなこれ目当てだ。
久保田先生の起こした事件からしばらく経って、伊織ちゃんは、見事学校生活に戻ってた。
戻ってくるのを待っていた、主に女の子たちは大喜び。
特に同じクラスの子たちは、文化祭までに戻ってくるのを願って、伊織ちゃん専用のギャルソン服を作っていたっていうから、その喜びはいっそう大きかったみたい。
「それにしても、朝からほとんど働きっぱなしなんでしょ。少しは代わってもらってもいいんじゃないの?」
伊織ちゃんが運んできてくれたコーヒーを飲みながら言う。
普通こういうシフトってのは、担当してるクラスの子たちが同じくらいの時間で交代するようになってるけど、伊織ちゃんだけは例外。他の人の、2倍か3倍は働くようになっていた。
それ以外にも生徒会の仕事があって、文化祭の間は、ほとんど休める時間なんてないんじゃないかな?
「うん。みんなからも、少しは休憩してもいいって言われたんだけど、学校休んでる間は準備を全然手伝えなかったから、少しでも何かしたかったんだ」
「伊織ちゃんらしいや」
「それより、さっきから聞きたかったことがあるんだけど……」
「うん? どうかした?」
「その格好、どうしたの?」
ほんのり顔を赤くしながら、私の姿をまじまじと見つめる伊織ちゃん。
ああ、これか。
今の私は、黄色いヒラヒラ〜っとしたドレスを着ていた。
中世とかのお城のパーティーで着るようなやつだ。
「クラスの出し物? でも、歴史の研究発表の展示って言ってたよね?」
「そうだよ。けどそれだけじゃあんまり地味だから、受付係になった人は、こういう歴史っぽいコスプレをすることになったの。宣伝にもなるから、ちょっとだけなら外に着ていってもいいよって言われたんだけど、変かな?」
「変じゃない! その……すっごく、可愛いから」
うぅっ!
また、すぐに可愛いって言う。伊織ちゃんからそう言われたことなんて何度もあるけど、今でも言われる度に、けっこうドキッとしちゃう。
そんな私達の間に、別の声が割って入ってきた。
「なあ景村。彼女と話したいのはわかるけど、他の客の相手もしてくれないか。みんなお前目当てで来てるんだよ。俺が注文とりにいったら、あからさまにガッカリされたぞ」
言ってきたのは、景村くんと同じくギャルソン姿の男子。
いけないいけない。伊織ちゃんは仕事中なのに、ついいつもの調子で話しちゃった。
だけどそこで、伊織ちゃんが言う。
「僕、ほとんど休み無しで働くかわりに、いつでも好きな時に、30分だけ休みとれるって約束だったよね」
「ああ。そういえば、そうだったな」
伊織ちゃん、そんな約束してたんだ。
まあ、みんなよりずっとたくさん働いてるんだから、それくらいやってもいいか。
けどこの流れって、もしかして……
「その休み、今からとるね」
「今から!?」
やっぱり。
それを聞いた男子は大慌てだ。
「待て待て。そりゃ、そういう約束にはなってたけど、いくらなんでも急すぎるだろ。お前目当てで来てる奴ら、俺たちで相手しなきゃいけないんだぞ!」
確かに、それはきついかも。
今の話が聞こえたのか、周りからの視線が突き刺さる。
「だって、瑠璃ちゃんがそのドレス着て外に出られるのって、ちょっとだけなんでしょ。だったら、その間少しでも一緒にいて、もっとしっかり見ていたい」
周りからの視線も凄いけど、そう語る伊織ちゃんの眼差しも、めちゃめちゃ真剣だった。
そんなに見たいの!?
言われた男子は、困ったように伊織ちゃんと私を何度も交互に見るけど、やがて観念したみたいに言う。
「まあ、せっかくの文化祭なんだし、彼女と一緒はいたいよな。わかったから、さっさと行ってこい」
「ありがとう。戻ったら、今までの倍は働くから」
そうして伊織ちゃんは、コーヒーを飲み終わった私の手をとる。
「それじゃ、行こうか」
「えっ、ちょっと……」
それからは、あっという間。
伊織ちゃんに手を引かれたまま、周りの人たちの視線を浴びながら教室を抜け出す。
どこに行くのか相談もしないまま、連れていかれたのは、人のいない校舎裏だった。
「ごめん。急に引っ張ってきて、強引だった?」
「いいよ。いきなりだったから、ちょっとびっくりしたけどね」
伊織ちゃんっていつも周りに気を使うから、こんな風に自分のやりたいことを優先させるのは珍しい。
「多分、浮かれてるんだと思う。こんな風に瑠璃ちゃんと一緒に文化祭回れるなんて、少し前まで思ってなかったから」
「ああ──」
何かが違ってたら、伊織ちゃんは、今ここにいることはなかったかもしれない。
そう思うと、こうして一緒にいるってのが、とても嬉しいことに思えてくる。
「ところで、どうしてここにきたの?」
今日は学校中が賑わってるってのに、ここには人もいなけりゃ何もない。
てっきり、文化祭を楽しもうと、他のクラスのお店や出し物に行くんだと思ってた。
「瑠璃ちゃんのドレス姿、しっかり見たいから。できれば、二人だけで」
「えっ、さっき言ってたのって、本気だったの? って言うか、なんで二人だけでなの?」
「だって、可愛すぎてみんなが瑠璃ちゃんに注目するのは、なんだか複雑だから」
「いや、そういうのは私のセリフだから!」
私の百倍くらい注目されてる伊織ちゃんに言われても、ツッコミどころしかないよ。
そんな言葉通り、伊織ちゃんはこれでもかってくらい、私の姿をじ〜っと見つめてた。
せっかくだから、私も改めて、伊織ちゃんのギャルソン姿を見る。
ああ──
「──可愛い」
「──かっこいい」
そんな声が重なったもんだから、なんだか恥ずかしくなって、それからフフっと笑い合う。
「ねえ、瑠璃ちゃん。キスしていい?」
「へっ?」
突然の言葉に、一瞬キョトンとする。
「あっ、もしかして、また渇きが起きたとか? 私の精気、必要なの?」
久保田先生の薬で引き起こされたのは別にしても、伊織ちゃんが周期的に渇きを発症するってのは、今までと同じ。
我を忘れて血を吸うってことはないし、私だってさすがに何度もホイホイ吸わせるのは無理だけど、キスで精気をあげるくらいなら、やってもいいよ。
「いや、そうじゃなくて……そういう、精気を渡す以外でのキスをしたいなって思って。僕ら、まだ一度もやってないよね」
「あっ……」
そういえば、今までやったキスは、精気を吸い取られたあの一回きり。
ああいう、事故や人工呼吸みたいなのとは違う恋人のキスってのは、まだなかった。
いいよ。だって私たち、彼氏彼女なんだし。
そう言おうとして、なのにカーッと顔が火照ってきて、うまく言葉が出てこない。
な、なにこれ?
喋れなくなったけど、キスしていいよって気持ちは本当。
って言うか、私だってしたくなっちゃった。
だからかわりに、コクコクって何度も頷いた。
見ると、伊織ちゃんの顔も、私に負けないくらい火照ってる。
お互い真っ赤になってて、なんだかおかしい。
そして、どちらからともなく、唇を重ね合う。
私たちが初めて交わした本当のキスは、とろけるように甘かった。
完
昔一緒に遊んでた吸血鬼の男の子が学校の王子様になって溺愛してきます 無月兄 @tukuyomimutuki
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