第448話 賢人会

 ――賢人会。

 裏の人間や権力者たちの間で、その名が知られるようになったのは、いまから千年ほど昔の話だ。

 歴史を編纂する者。または時代の観測者。

 そんな風に呼ばれながらも、欧州の歴史を裏から支えてきた組織。

 その本拠地が、イギリス南西部のウェールズにあった。


「黒に続き、赤の席が失われた。まさか、このようなことになるとはな……」


 この組織を束ねるのが、円卓を囲う〈六色ろくしょく〉と呼ばれる者たちだ。

 しかし、六つあるはずの席は三つしか埋まっていない。

 と言うのも、

 

「どのみち、レッドグレイヴが凋落するのは時間の問題だった。狼どもにつけ込む隙を与えた時点でな。その点から言えば、楽園に感謝せねばなるまいよ。そうでなければ、いずれ我等の手で粛清せねばならぬところだった」


 四百年前に組織を抜けた黒に続き、赤を司るレッドグレイヴ家が凋落したからだ。

 レッドグレイヴがイギリスの経済に大きく貢献してきたことは事実だ。

 しかし、彼等はやり過ぎた。〈賢人会〉の役割と使命を忘れ、〈北の狼フェンリル〉の甘言に唆された。十年前、当主が殺害された時点でレッドグレイヴの運命は決まっていたのだと、緑のローブを着た白髪の老魔術師は話す。


「最初は欧州の市場を狙っているのかと思ったが、楽園の狙いは遺跡にあったようだな。赤はその足掛かりに過ぎなかったとは……〈楽園の主〉は相当な切れ者のようだ。それに誰にも封印を解くことが出来なかった遺跡を起動したと言うことは、やはり彼等は……」


 紫色の上品なスーツに身を包んだ黒髪の紳士は、そこまで口にして溜め息を吐く。

 その表情からは、戸惑いと焦りが滲み出ていた。


「ええ、ダンジョンと共に現れたことからも楽園の正体は〈渡り人〉……それも遺跡を起動できたと言うことは、〈聖典〉に記された〈三賢人ヘルメス〉の系譜で間違いないでしょう」


 膝下まで伸びる長い白髪。陶器のように透き通った白い肌。

 全身白づくめの雪のように白い貴婦人は紫の紳士の考えを肯定し、補足を入れる。

 聖典という言葉や修道服のようなものを身に付けていることからも〈教会〉の関係者と見て、間違いないだろう。それも身形から考えると、かなり高位の聖職者であることが窺える。

 緑の老魔術師、紫の紳士、白い貴婦人。

 この三人が、現在いまの〈賢人会〉を率いていた。

 しかし、円卓の席は全部で六つ。嘗て、ここには六人の幹部が座っていたのだ。

 黒は袂を分かち、組織を去った。赤――レッドグレイヴは凋落し、いまや使命を継承する者はいない。空席になっている残り一つの席は、青――イギリス王室のものだった。

 だが、女王がこの席に座ることはない。

 黒のように組織を裏切った訳でも、赤のように使命を忘れた訳でもないが、青は〈賢人会〉と別の役割を担っているからだ。

  

「〈三賢人ヘルメス〉の血は途絶えたと思っていたが、まさか後継者が現れようとは……」


 そう話すのは緑の老魔術師だ。

 ダンジョンと共に現れたことで、楽園が異世界からやってきた〈渡り人〉と言うのは予想がついていた。

 しかし、一口に異世界と言っても、この世界の外には数多の世界が存在する。そのため、グリーンランドに眠る遺跡を〈楽園〉が起動できるとは、彼等も思ってはいなかったのだ。

 あれは〈三賢人ヘルメス〉にしか動かすことの出来ないものだと知っていたからだ。

 なぜ、そんなことを知っているのかと言うと〈賢人会〉は〈渡り人〉が作った組織――正確には〈方舟〉でこの世界にやってきた異世界人の末裔が作った組織だからだ。

 と言っても、いまの彼等に祖先のような力はなく、異世界の知識も断片的なものが残っている程度だ。血と共に記憶は薄れ、本来の使命を覚えている者も少なくなっていた。

 だから楽園への対処は慎重に行う必要があると考え、様子を見守ってきたのだ。

 しかし、その結果がこれだ。

 祖先から受け継がれし、ヘルメスの遺産〈方舟〉が、楽園の手に渡ることになるとは思ってもいなかったのだろう。

 重苦しい空気が漂う中、小さく溜め息を漏らしながら白い貴婦人は口を開く。


「重要なのは、〈楽園〉が遺跡を起動したという事実だけでしょう? そのことからも〈楽園の主〉が〈三賢人ヘルメス〉と関係があることは疑いようがない。だから、王家も動いたのでしょう」


 このタイミングで〈奇跡の女王〉が動いた意味。それは〈楽園の主〉と〈三賢人ヘルメス〉の関係に気付いたからだと白の貴婦人は話す。

 シェリル王女が病に伏せているのは知っているが、孫が可愛いと言うだけで役目を放棄する人物ではないと分かっているからだ。

 感情だけで動いていては、為政者は務まらない。ましてや、青を象徴する王家の役割は大きい。孫娘の命と、祖先から脈々と受け継がれる使命。どちらが優先されるかは考えるまでもないことだった。


「お前も動くのか?」

「ええ。あの年齢詐称女の思惑に乗せられるのは癪ですけど、〈楽園の主〉が〈賢人〉であるのなら見過ごせませんから。〈星霊教会わたくしたち〉はわたくしたちの役目を果たすだけです」

 

 緑の老魔術師の問いに頷き、白い貴婦人は席を立つ。

 女王とは性格的に相容れないと思っているが、少なくとも使命を投げ出す無責任な人間ではないと白い貴婦人は信じていた。

 なら、自分も為すべきこと為すだけだと告げる。

 聖霊教会。いや、教会のもう一つの顔〈星霊教会〉としての使命を果たす時が来たのだと――


「選択を求められているのは、我等も同じと言うことか」


 深刻な表情で、ポツリとそう言葉を漏らす紫の紳士。

 白い貴婦人は振り返ることなく、二人に背を向けて立ち去るのであった。



  ◆



 教会の廊下にカツカツと足音が響く。


「最初から、わたくしたちに選択肢などありませんよ」


 どこか呆れた様子で、そう呟く白い貴婦人。

 選択肢などあるはずがない。大いなる力には、大いなる責任が伴う。

 そうと分かっているから、女王が情に走ることはないと確信しているのだ。


「〈緑〉はまだ己が立場を理解しているようだけど〈紫〉はダメね。どれほど崇高な使命を掲げようとも、血と共に人の記憶は薄れていく。〈赤〉の次は〈紫〉――そして」

 

 いずれ〈賢人会〉も忘れ去られるのだろう、と白い貴婦人は嘲笑する。

 もはや、あの組織に価値はないとさえ、彼女は考えていた。

 黒が組織から離反した時点で、こうなることは運命だったと考えているからだ。

 黒は高潔で、使命の意味を誰よりも理解していた。だからこそ腐り落ちていく組織の姿を、これ以上は見ていたくなかったのだろう。

 賢人会では使命を果たすことが出来ない。そう考えて、黒は組織を去ったのだ。

 そして、ある意味では、青――王室も同じだった。

 彼等は彼等のやり方で、自らに与えられた役割をこなそうとしている。

 そして、それは――

 

「ですが、魂に刻まれた契約やくそくだけは決して忘れることはない」


 白も同じであった。

 胸に手を当て、白い貴婦人はわらう。

 白だけは、ずっと継承してきたのだ。ヘルメスと交わした魂の契約ギアスを―― 

 だから皆の記憶が薄れようとも、自分だけ・・・・は忘れることはない。


「〈楽園の主〉シーナ・トワイライト。かの御方が本当に契約やくそくの神であらせられるのなら――」


 白い貴婦人はくすりと笑い、その金色・・の瞳で夜空に輝く白い月を見上げるのだった。




後書き

 宗教関連は実名をだすと面倒なので、いろいろと変更を加えています。聖霊教会(星霊教会)もその一つで、この世界で最も一般的で多くの信者を抱える宗教団体とお考えください。

 フィクションと言うこともありますが、異世界人が移住していることもあって現実の地球とでは歴史に様々な差違が生まれています。パラレルワールドのようなものと捉えてくださると助かります。

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