第8話 想い重ねて……

 痛いほど真っすぐに伝えて来る彼女の気持ちは理解できる。オーシュにしても同じ気持ちなのはやはり口には出来ない。だから彼はこれから進む自分の道を口にしなければならなかった。


「……俺は、もうすぐ大神官になる」

「……」

「大神官になれば、今みたいな生活は出来なくなって故郷の神殿から出る事はなくなるだろう」


 そっと綿帽子で包むような柔らかな抱擁の中、ポツポツと語られるその言葉にセレジェイラはまた瞳を閉じた。

 

 セレジェイラにも分かっていた。彼が進むべき道と、進まなければならない道があることを。それが正しいのだと分かっていても、何も言わずにいることができなかった。


「……それでも、私はあなたが好き」

「……」


 その言葉に柔らかかった抱擁に力が篭り、そっと目を開いたセレジェイラの視界が大きく傾いでいく。


 何が起きたのか一瞬分からなかったが、背中に当たる柔らかな感触と軋む音、そして上部から自分を見下ろしているオーシュの姿に状況を把握する。


「お前の両親のように、禁忌とされる一線を越えたら……」

「オーシュ……」


 自然と顔に熱が集まってくるのを感じたセレジェイラは、この後の事を思うと早鐘のように胸がなる。


 もしも禁忌を犯したら、また自分のように悩む子が出来るのかもしれない。

 そう思うと胸が痛んだが、それでも一度気付いてしまったこの気持ちを今更白紙には戻したくはない。それだけ、自分はこの人が好きだと自覚している。

 滲んでいた涙が、目尻から零れ落ちた。


「……好き」


 震える手を伸ばし、そっとオーシュの頬に触れてみる。

 怖くないわけじゃない。この先のことなど分かるはずもない。それでも、自分は彼と共にありたい。そして何より、今なら、両親の気持ちが分かる。

 きっと、父と母も同じ気持ちだったに違いない。


 相容れない間柄だからこそ余計に駆け出した想いは、簡単には止められない。

 相容れない間柄だからこそたとえほんの一瞬でも、心が繋がっていることを実感したい。

 それが、絶対に許されない事だとしても……。


「オーシュ……」


 求めるように掠れた声で名を呼ぶと、オーシュの頬に触れていた震える指先がぎゅっと握り締められた。

 真剣さを帯びた彼の眼はきゅっと切なげに細められたかと思うと、握り締められた手を強く引き寄せられ、セレジェイラの視界が一瞬にして暗くなる。

 唇に押し当てられた暖かな感触に一瞬目を見開いたが、セレジェイラはすぐにそれを受け入れて彼の首に腕を回した。


 どんなに蔑まれてもいい。疎まれても、嫌われても、全てを無くしても……今この瞬間にすがりたい。


 引き寄せられて少しだけ浮いた体が、再び柔らかなベッドに沈み込む感触を身に受けながらセレジェイラは彼に全てを委ねたのだった。

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鳥籠の天使 陰東 愛香音 @Aomami

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