第7話 想い伝える

 その晩。久し振りに帰ってきたセレジェイラの歓迎パーティをささやかながら全員で開き、賑やかな食卓を囲んだ。そしてようやく子供達が寝静まった頃、オーシュは自室で養子先の夫婦の書類に目を通していると、扉がノックされる。


『あの……、私です。入ってもいいですか?』


 か細い声でそう声を掛けてくるセレジェイラに、オーシュは動きを止め、手にしていた書類を机に置きながらぎこちない返事を返した。


「お、おう」


 短く声を掛けると、そっとドアが開かれセレジェイラが顔を覗かせた。そして気恥ずかしそうに扉を閉めると、入り口に立ったまま顔を俯かせる。


「アリーナさんが、この時間ならいくらか話が出来るだろうって……」

「……とりあえず、その椅子に座れよ」


 ぶっきらぼうにそう言うと、セレジェイラはオーシュの側に置いてあった木椅子にそっと腰を下ろし、両手を膝の上に乗せて背筋を真っ直ぐに伸ばしたままオーシュと向き合った。

 久し振りにこうして向き合って、セレジェイラは嬉しさと恥ずかしさに頬を染めて微笑むと、僅かに小首を傾げる。


「こうして向き合うのは、なんだか懐かしい。私にしたら1年しか経ってないけど、オーシュにはもう5年前の事ですよね」

「そうだな……。確かに、懐かしいって言うには十分な時間は過ぎたよな」

「元気、してました?」

「見たまんまだよ」


 そっけなく応えるその言葉にも、セレジェイラは嬉しくてくすっと笑ってしまう。


「そうですね。オーシュが元気ないなんて、なさそうです」


 すると僅かに顔を顰めたオーシュは、僅かに視線をそらして口を開いた。


「あのなぁ、俺だって感情ある人間だ。元気の出ねぇ時くらいある」

「あるんですか?」


 不思議そうに目を瞬くと、オーシュは呆れたように短く息を吐いて呟く。


「あっちゃ悪いのかよ」

「あ、いえ、そんなことないです」


 慌てて首を横に振り、ついでに持ち上げた両手を横に振って見せた。そしてずっと焦がれていたオーシュの姿をじっと見つめると、彼は気まずそうに顔を僅かにそらす。


「……あ、あんま、マジマジ見んなよ」

「……私、あなたにずっと逢いたかったんです。あなたと逢えなくて凄く辛かった。でも、絶対に逢えると分かっていたから、頑張れた」


 純粋に逢えた喜びを伝えるセレジェイラにオーシュはぎこちなく視線を向けると、彼女はふっと目を細めて微笑んだ。

 その瞬間、電気が体中を駆け抜けたように痺れ、途端に目が離せなくなってしまう。


「そ、そうか……」

「はい」

「……」


 ふいに沈黙が二人の間に落ちる。二人は互いに視線を合わせたまま、まるで時が止まったかのようだった。

 セレジェイラは、5年前にあったときよりもずっと大人になった。そしてオーシュも、年を経た分落ち着きが出ている。


「……お前は、大人びたな。正真正銘、生まれ変わった感じだ」


 長く感じた沈黙を先に破ったのはオーシュだった。

 それにセレジェイラは嬉しそうに微笑みを返してくる。


「あなたも、なんだか以前よりも顔つきに凛々しさが増しました」

「俺はお前ほど変わらねぇよ」


 セレジェイラはクスクスと笑うと、オーシュもまた小さく笑い返す。

 その表情にとくりと胸が鳴り、セレジェイラはふいに笑みを消してオーシュを見つめ返すと、彼もまた視線を投げ返してくる。


「……オーシュ」


 切なげにオーシュの名を呟いたセレジェイラはきゅっと目を細め、ポロリと涙をこぼして立ち上がった。そして吸い寄せられるようにオーシュの側に歩み寄り、その胸にすがりつく。


「逢いたかった。本当に、逢いたかった……」

「セイラ……」


 すがりついた体温の暖かさに、抑えていたものが零れ落ちる。

 この先、自分達の道が交わる事はないのかもしれない。異種族という垣根を越える事は出来ないのかもしれない。それでも、この想いを打ち明けずにはいられなかった。


「あなたが好きです。本当に、心からあなたが好きです。あなたが私に与えてくれた時間は、もう十分すぎるほどに取り戻せた。でも、あなたとの未来はこの手に手繰り寄せられないのかもしれないと思うと、私……」


 ギュッと瞳を閉じて涙するセレジェイラを、ふわりとした暖かさが躊躇いがちに包み込んだ。

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