3.魔女と案山子の子育て
そうして魔女の子育てははじまるわけですが。
もちろんそれは、簡単なことではありません。頼れる相手もいなければ必要な知識もなくて、ついでに心の準備だって全然なかったのですから、当然です。
ですが実をいうと、頼れる相手は、ひとりだけいたのです。
「ああ、どうしよう、お腹が空いたのかしら。ねぇ案山子さん、どうしよう? 私はおっぱいなんて出せないし、この星にはお乳をくれる動物もいないし……」
目を覚ますなり泣きはじめた赤ちゃんに弱り切って、ほとんど泣き言のように魔女がいうと。
『あそこに見える大きな木、あれはおそらくミルクの樹です』
意外や意外、なんと案山子さんがそう教えてくれたのです。
魔女は大急ぎで納屋から錐を引っ張り出してきて、畑の横に生えていた大きな樹に穴をあけてみました。するとたちまちミルクの樹液が溢れだして、用意して置いた桶に溜まっていきます。
綺麗な布にミルクを含ませて赤ちゃんの口元に持って行くと、小さな口がちゅうちゅうと吸い付いてきます。
「やったね!」と魔女は案山子さんにいいました。
『やりました』と案山子さんもいいました。
※
案山子さんと協力して、魔女は赤ちゃんを大切に育てました。
赤ちゃんが起きている間はガラクタで作ったオモチャであやしたり、一生懸命話しかけたり、歌いかけたりして。
寝付いたらチャンスとばかりに地下の倉庫にもぐって子育てに役立ちそうなものを探して、だけど案山子さんの『お嬢さんが起きましたよ!』という声が聞こえたら、すぐさま大急ぎで階段を駆け上って。
冷蔵庫には新鮮なミルクを切らさないようにして、ミルクをくれるミルクの樹は、どんな作物よりも大切にいたわって。
郵便箱に赤ちゃんが届いてから、魔女の生活はがらっと変わりました。
それまではただやり過ごすだけでしかなかった時間が、一分一秒まで充実し始めたのです。
目一杯忙しくて、目一杯幸せな毎日。
自分が百年生きた魔女だということを、魔女はほとんど忘れそうになりました。
そこにいたのは動物園の魔女ではなく、ただの新米のお母さんだったのかもしれません。
だから、赤ちゃんが魔女のほうに手を伸ばしてはじめて『ママ』といった時には、案山子さんと一緒になってわんわん泣いて喜んだくらいです。
※
小さな赤ちゃんは、やがて小さな女の子へと成長します。
魔女はもう、ひとりぼっちではありませんでした。
何度も読んで読み飽きた本は、今では読み聞かせたり、文字のお勉強に使ったりしています。
畑は大きく耕して、倉庫で眠り続けていた種をいろいろ育ててみたりします。
誰も聴いていなかった楽器には、今では演奏に合わせて歌ってくれる声があります。
「おかあさん! おかあさん! おかあさん、だいすき!」
そういって畑仕事をしているエプロンに抱きついてくるその子が、魔女はその何倍も大好きです。
ため息は、もう全然つきませんでした。
動物園の魔女 東雲佑 @tasuku_shinonome
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