2.想い出の番人

 小さな小さなその惑星で、魔女はたった一人で暮らしています。

 話し相手は郵便箱の横の案山子さんくらいのもの。

 その会話の内容にしたって、


「案山子さん、なにか届いてる?」

『何も届いてません』


 たったこれだけ。

 あとの言葉は全部ひとりごと。ため息をついても誰も聞いていない。


 どこまでも広がる、見渡す限りのひとりぼっち。



   ※



 魔女がまだ魔女になる前、彼女にはたくさんの友達がいました。

 それぞれにひとりぼっちを抱えた、どこにも行き場のない動物たち。そんな大勢のみんなと一緒に、彼女はこの星にやってきたのです。


 最初はとても賑やかでした。ようやくたどり着いた自分たちだけの場所、大切な友達が残してくれた安住の星で、彼女と動物たちは毎日を仲良く暮らしていました。

 けれど動物たちはやがて、彼女を置き去りにして命を終わらせはじめたのです。

 ひとり、またひとりと命を終わらせて、『想い出の動物園』の住人になってゆきました。


 そうして最後の友達を動物園へと見送った時、彼女は自分でも知らないうちに『想い出り』になっていたのです。


 想い出守りになったあと、彼女は加齢トシをとることができなくなってしまいました。

 あれから百年よりもずっと多くの時間が過ぎて、いつしか『魔女』と呼ばれるほどの長い年月を生き続けて。

 けれどそれでもまだ、彼女は――魔女は、若い頃の姿のまま。

 永久に年老いることなく、想い出を見守る番人として生き続ける宿命。


 ひとりぼっちを、影のように引き摺りながら。




「案山子さん、なにか届いてる?」

『何も届いてません』


 返事は最初からわかりきっているのに、今日もまた魔女は案山子さんに話しかけます。

 一人分の畑のお世話をして、読み飽きた本をまた読んで、庭に椅子を出して楽器を弾きます。

 話し相手は誰もいない。ため息をついても誰も聞かない。郵便箱はずっと空っぽ。

 想い出は、ただ想い出。


 そんなやりきれないひとりぼっちに耐えかねて。

 魔女は今日もまた、答えのわかっている質問をするのです。


「案山子さん、なにか届いてる?」



   ※



「一件の荷物が届いています」



   ※



 案山子さんのいつもと違う返事に、魔女はしばらくポカンとしていました。

 ですがややあって言葉の意味を理解すると、今度は杖も帽子も投げ捨てて郵便箱に飛びつきます。


 心を隅から隅までびっくりで埋め尽くしながら、箱を開けて。

 開けた途端に、さっきよりも大きなビックリで魂までを塗りつぶします。


「……赤ちゃん?」

 

 郵便箱の中では、りんご色のほっぺの赤ちゃんがすやすやと眠っていたのです。


「……案山子さん、この子はいったい、どこから流れ着いたの?」


 魔女の質問に、案山子さんは『わかりません』と答えて。


『ですが、女の子です』


 求めていたのとは違う答えに、魔女は「……そう、女の子」とひとしきり考えを巡らせて。

 それから、郵便箱から赤ちゃんを抱き上げて、いいました。


「……ならこの子は、この私の娘になるのですね」


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