3.

 眞壁が店員に案内されて去っていった後、彼が溢した酒の滴がテーブルに広がっている様子を眺めながら、僕は小さく溜め息を吐く。

 今頃は地下の別室で眞壁は始末されていることだろう。この居酒屋は山田組の所有物で、店員も僕の子飼いの連中だ。そうでなかったら、こんな密談をするためにわざわざ選んだりはしない。

 眞壁の最後が安らかならんことを、僕としては願うしかない。


「実は、ね。あんたは正しかったんだよ、眞壁さん」

 すっかり冷めてしまったお猪口の口縁を人差し指でくるりとなぞりながら、僕は呟く。


 山田次郎右衛門何某。僕の生まれた時の名前だ。


 つまり、どういうことなのか。

 眞壁は成功していた、山田太郎の殺害に。

 山田次郎である僕はあの日、まんまと遊園地に連れ出された。不審感を覚えた僕はお付きの連中を撒くと自宅に取って帰したのだが、時既に遅し、太郎は殺されていた。


 あの時の光景を、僕は生涯忘れることはないだろう。

 居間の低い卓の前、座布団の上で、太郎が正座している。その様子はいかにも行儀が良く、目を閉じたその顔は穏やかで、まるで眠っているかのようだ。

 だが、彼の額、それから全身を、銃弾が貫いていた。太郎の背後は、彼から飛び散った、それから流れ出た血液で染まっていた。

 眞壁は忠実に正確に、彼の仕事を果たしていた。太郎の最後がどうやら穏やかで、死ぬ前に少しも苦しまなかったらしいこと、それだけがこの話の救いだった。あるいは、死の恐怖に直面してもそんな表情を浮かべられる、太郎はそんな風な超越的な人間だったのかもしれない。いずれにせよ、眞壁の最期が穏やかであることを僕が願う理由は、死に際しての太郎のあの表情をおいて他にはない。

 

 太郎は確かに、そういう人間だったと、今の僕は思う。腹違いの子であるにも関わらず見た目はそっくりで、実の親にすら見分けは付かなかったが、内面は全く違っていた。生まれながらにして人の上に立つ存在、地の塩であることを、年端も行かない子供のころから明らかに示していた。

 そして太郎は山田家に入り込んだ僕を、嫌な顔ひとつせず、双子の兄弟として受け入れた。入れ替わりを提案したのも太郎だ。

『僕らは、つねに敵に囲まれている。一番の身内だって信頼を置いてはいけない。彼らは良かれと思いながら、僕らを合い争わせようとする。だからこそ、僕らはどちらが上で、どちらが下であってはいけない。二人の合作で、山田太郎を作り上げるんだ』

 太郎はそう言った。

 それもまた、太郎の慧眼であったのかもしれない。太郎は聡明な分、極道の汚れ仕事には向かない部分もあった。一方僕の狡猾さもまた、生来のものだった。


 だから、僕は太郎との約束を、その死後も果たした。


 太郎の死後に僕が太郎に成り代わるのは、太郎も望んでいたことと、僕は思っている。

 太郎の葬式が終わってから、実は僕が太郎だと、若頭の櫻井に打ち明けたのだ。実は次郎に入れ替わっていたのだ、殺害を恐れて、今まで次郎の振りをしていたのだ、と。

 当然、櫻井は疑う。僕はDNA検査を提案した。僕とみどりのDNA検査の結果、二人に親子関係が無いことが示された。このDNA検査はみどりには秘密で、検体はこっそりと採取された。

 どうやったのかって?このカラクリは簡単だ。殺人事件の直後に、僕は太郎の検体をこっそりと取っておいたのだ。太郎は既に葬儀が済んで埋葬されているから、太郎の遺骨の方には検査の手が及ばない。

 そうやって太郎に成り代わり、実の母親であるみどりを追い落として、山田組の支配権を確立した。


 最初に言っただろう、これは僕の、復讐の物語だと。

 太郎でもあり次郎でもある、僕の兄であり弟、二人で一人の存在、それを永久に引き裂いた人間たちを、僕は一人残らず地獄に送ったのだ。


(了)

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山田太郎の復讐 平沢ヌル@低速中 @hirasawa_null

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