2.

 山田組は極道としては例外的な組織だ。

 まず、トップは原則世襲とされている。その一族は本名の山田を名乗る。そして跡取り息子の名前は太郎右衛門何某。これは山田家の江戸時代からの伝統だ。さる高貴な筋から汚れ仕事を仰せつかっていた山田家が、明治維新後にアウトローに転落し、今では指定暴力団の汚名に甘んじている、ということらしい。

 僕も山田太郎右衛門何某だ。つまりは、極道山田組のトップ、若干二十五歳にして先代の跡目を継いで、今はその五年目となる組長、それが僕で、普段は山田太郎を名乗っている。

 太郎には次郎右衛門何某、通称次郎という弟がいた。太郎は本妻の息子で、次郎は妾の子だ。同じ歳の同じ日に生まれていながら、本妻と妾の子ということで、兄と弟という立場になったのが太郎と次郎だ。


 それが気に入らなかったのは前組長の妾、山田みどりだ。太郎と次郎が生まれて数年後に本妻が病気でこの世を去り、みどりは山田家に入り込んだ。既に老齢だった組長の先が短しと見るや、次郎を次期組長として擁立せんがため、陰日向に画策を始めた。一方の太郎は、若頭、櫻井兵伍の後見を受けており、両者の対立は次第に明白になっていった。

 運命に導かれるかのように事件が起きる。

 みどりは本妻の子、太郎に刺客を差し向けたのだ。刺客に選ばれたのがこの男、眞壁俊樹だ。

 眞壁は当時は最底辺のチンピラで、組との繋がりも薄かった。太郎の殺害に成功した後は、組の息のかかった裁判官が彼の罪を軽くするよう取り計らうし、出所後は多額の報酬を約束する。そういう手筈になっていた。


「……それで?」

 薄く微笑みを浮かべ、僕はそう聞き返す。

「どういうことだって聞いてんだよ。俺は成功した、山田太郎の殺害に。だがお前は生きている」

 そう凄んで、眞壁は僕を睨みつける。

「困ったものですね、みどりさんにも」

 僕はそう呟き、その女、みどりのことを少しだけ思い返す。僕にとっては母とでも呼ぶべき人だったのだが、それも件の殺害事件までの話だった。通常、鉄砲玉はもっと抱き込んでから実行させるものだ。極道としての見識の浅さ、浅はかさが出た、そう言う他はないだろう。

 僕は両手を広げると、その言葉を口にする。


「簡単なことですよ、人違い殺人です。あなたは間違えた、太郎と次郎を。あなたが殺したのは、次郎だったんです。太郎ではなく。依頼人の虎の子の次郎を殺した、それでは守ってもらえるはずはないですよね」


「!!」


 僕の言葉に、眞壁は立ち上がる。

「そんなはずはねえ! 俺は間違えてなんかいねえ……確かに確認した……次郎が遊園地に連れ出され、太郎は家に一人きりになる……その車列を確かに確認し、それから実行に移した……そのはずだ……」

 絞り出すように、言葉を続ける眞壁。その額には脂汗が浮かんでいるが、室内は十分過ぎるほど冷房が効いていた。

「僕らがそっくりだというのはご存知でしたよね。僕らは時々入れ替わっていた。あの日もそうだったんですよ」

 こともなげに返答する僕に、眞壁は飛び出そうなほどに目の玉をぎょろつかせながら、無言だった。

「……俺は……信じねえぞ」

 やがて低い、嗄れた声で呟く眞壁。若年とはいえ組長相手に、この状況でこんな口を叩けるのは大した度胸だ。このまま朽ちさせるには惜しい、馬鹿な女に鉄砲玉として使い捨てられ人生を無駄にするべきではない、そういう人材だったのかもしれないと、僕は考える。

「……いずれにせよ、あなたにはご迷惑をおかけしました」

 そう言って僕は、満面の笑みを浮かべた。

「約束されていた報酬は支払われず、刑期の短縮もされなかった。あなたはまるまる二十年喰らい込んだ。あなたの情婦——失礼。ご家族、というべきでしたね。彼女も行方知れずだ。それというのもこれというのも、山田組の跡目争いのいざこざに巻き込まれたせいだ。保証にはならないでしょうが、我々にも責任があります」

 僕はもう一度、眞壁に向かって両手を広げて見せた。

「この商売は因果なものでね、道理だけでは推し量れない、物事の情実を心得なければやっていけない。、十分取り計らいましょう。それが我々の、せめての罪滅ぼしだ」

 それから、僕は店員を呼び、合図する。

「どうやら、眞壁さんはお帰りのようだ。案内して差し上げろ」

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