まだ見ぬその日
空が白み始めた頃に目を覚まし移動を始め、サカイたちはそれまで歩いていた林から出た。先にサカイが斜面を登ってから、ウィルを引き上げるようにして、どうにか街道に合流できた。
シキャナはサカイのことを待っていると言い、林に残ることを選んでいる。やはり、
街道を急ぎ足で進み続け、宿場町が見えてくる頃には、日はすっかり上っていた。
サカイがあの話をしてから、ウィルは必要最低限のことしか言葉にしない。サカイが話したことをどのように思っているのかは、ウィルの中に秘められたままだ。話すと決めたのは自分だから、サカイは後悔していない。何か起こるならその時はその時だろう。
サカイが町に着いてすぐ、門の警備に尋ねてみると、商隊の馬車はこの町に無事にたどり着いていた。彼らから、仲間が他にも来るかもしれないことが伝えられており、彼らが泊まっている宿屋も教えてくれた。
商隊はサカイたちが合流する可能性を考えてくれたらしく、まだこの町から出発していないらしい。
警備の話を聞いて、ウィルは安堵したのか深く息を吐いた。
「俺はここまでだ、あんた一人で宿屋まで行くといい」
警備が離れてから、サカイはウィルにそう声をかけた。それまで、簡単な返事しかしていなかったウィルは驚きの声をあげる。
「なぜだ? 君が護衛してくれたのは事実なんだ。宿まで来れば、この町までの分の報酬くらいは貰えるかもしれないぞ?」
「そりゃそうなんだが、
サカイはすぐにその場から去ろうとした。だが阻むように、
「待ってくれ!」
ウィルはサカイの肩を掴んだ。思っていたよりも強い力だった。
「せめて、私からは謝礼を渡したい。ここで待っててくれ。君がいなかったら私はきっとここにはいない。無事な馬車に、私の財布があるはずだから」
「要らねぇよ」
「だが」
サカイは素早く身体を動かし、ウィルの手をほどいた。
「金に困ってないからな。要らねぇ。あんたの大事な家族とやらに使ってやりな」
「しかし!」
ウィルはそこでふと黙り込んだ。周りに誰もいないことを確認してから、何かを思いついたように静かに切り出す。
「君は永遠に生きるのか」
それを聞いたサカイは、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「さあな。案外、あと数年で死ぬかもしれねぇぞ。
「君が傭兵という生き方をしているのは、年をとらないことも理由なんだろう。同じ場所にいたら、嫌でも周りの人は君の不老に気づく。君の生き方は、寂しい生き方だ」
「勝手に色々言ってくれるじゃねぇか」
「すまない。だが今、ふと思ったんだよ。金が要らないというのなら、私は君ほど腕の良い傭兵はいないと宣伝させてもらう。それに、私の子にも君のことを伝えようと思って」
「あんたの子供に?」
サカイはウィルの意図が掴めず、怪訝そうに眉をひそめる。
「もし、何か困った事があった時、薄紫の髪の傭兵を探しなさい。その名はサカイという。その人がいたから父さんは生きて帰ることができた。きっと、お前のことも助けてくれると。それを、もし大人になっても覚えていたら、お前の子供にも伝えなさいと」
「そりゃ、勝手にすればいいが何のつもりだ」
「面白くないか? もしかしたら、いつか君は、君が出会う前から君のことを知っている地ノ人に会うかもしれない。孤独な生き方をしている君に、せめてささやかな楽しみを」
サカイはその言葉を頭の中で反芻させ、それから「何だそれ」と面白そうに声を出す。
「無理矢理な礼の仕方だな」
「それはわかっている。でも、私は無理矢理にでもお礼をしたいんだ。昨日は、話したくないことを君に話させてしまったのだろうし」
「いや。話すと決めたのは俺だから気にすんな。でも、あれだな。昨日から思ってたが、あんた商人向いてねぇ。人が良すぎる。今すぐやめたらどうだ」
「ああ、仲間や家族にもよく言われるよ。いつか騙されて商売に失敗するってね」
本当に聞き慣れた言葉なのだろう。ウィルは苦笑している。
「わかったよ。それこそ奇跡でも起きねぇ限り、あんたの子孫とやらには会えないと思うが。あんたがどれだけ俺に感謝してるかは十分に伝わった。その気持ちはありがたく受け取っておくぜ」
ウィルは「ありがとう」と言って、深々と頭を下げた。
「私は君のことを忘れないでおくつもりだ。君の生きる道に幸あれ」
頭を上げ荷物を持ち直すと、ウィルは町の中に消えていく。サカイはそれを静かに見送った。
サカイにも分からない。自分がどれだけ生きていくことになるのか。
サカイは同じ場所に留まりすぎないようにしているから、同じ地ノ人に会ったことは今までない。
天ノ人とも依頼を通してしか関わらないから、同じ天ノ人にも会ったことは今まで――そこまで考えて、サカイは薄桃の髪を持つ一人の天ノ人を思い出す。少なくとも、あの男以外に、サカイは同じ天ノ人に会ったことはない。
サカイは、自ら覚悟を持ってこの生き方をすることに決めた。だから、今までさほど気には留めていなかったが、この生き方は確かに孤独だろう。
これまでずっと隠してきたが、ウィルのように、サカイのことを明かせるような、そんな地ノ人がいてもいいのかもしれないと思った。
こちらが血を飲んでも狂わない体質であり不老であることを明かすことで、手に入るものもあるかもしれない。
手始めに、クラージュで会ったあの情報屋の女はどうだろうか。なかなかに肝のすわった面白い女だった。試みてもいいかもしれない。
シキャナからの依頼が終わったら、サカイはクラージュの港を利用してこの大陸から離れるつもりだった。この大陸には十年ほど滞在していた、そろそろ頃合いだ。港に行く前に、情報屋に顔を出してみようではないか。
だが、ウィルとサカイが会うことはおそらくないだろう。
最初から、旅程の途中まで付き添う予定で、商隊の護衛を受けたために最小限の情報しか聞いていない。彼らがどの街に住んでいるのかさえサカイは知らなかった。
だからこそ、もし、いつか彼の子孫に会えたなら。その願いを叶えられたなら。確かに面白い。まだ見ぬその日が来る時、己はまだこの生き方を貫けているだろうか。
サカイはそこで、考えても無駄だとでも言うように首を振った。ウィルの背が見えなくなっていることを確かめ、そのまま道を引き返し始める。
商隊からの依頼を受けた時、なぜこんな街道を通るのかサカイは文句を言ったが、少なくとも今はこの依頼を受けてよかった、そんな強い思いがサカイの内を満たしていた。
天ノ血―傭兵サカイは依頼とともに永遠を生きる― 泡沫 希生 @uta-hope
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