第5話
「おら金出せッ」
「ひッ?!」
『あ、強盗ですよ、ゴシュジン様』
「......。」
このご時世にマジか......。
現在、午前2時過ぎという深夜帯に、夜食を買いに近所のコンビニへやってきた俺は、コンビニ強盗に巻き込まれてしまった。
他に誰も客が居なさそうな時間帯だからか、店内には俺の他に、強盗してきた全身黒ずくめの大柄な男性と、レジに居るアルバイトっぽい20代前半と思しき女性店員しか居ない。
強盗野郎は俺の存在に気づいていないのか、包丁を片手に、逃さまいと女性の胸倉を正面から掴んでいる。
俺はそんなレジコーナーの反対側、ドリンクコーナーに居た。
「マジ? え、ちょ、は? 強盗? どうすればいい?」
『通報しますか?』
「あ、うん」
『しました』
なんかヒップが淡々と告げるもんだから、俺も冷静で居られた。俺は商品棚の影からそんな二人の様子を窺うことにした。
警察が来るまで隠れてようかな。
アルバイトの人もお金をさっさと渡して、下手に強盗野郎を刺激しなければ怪我することもないでしょ。
『助けないのですか?』
「え゛」
ヒップのその言葉に、俺は間の抜けた声を漏らしてしまった。
俺が......強盗野郎からあのアルバイトさんを?
護身術とかなんも知らないんだけど。そりゃあ、あの店員は可哀想だとは思うよ?
でも俺に何かできるってわけじゃ――。
そんなことを思っていると、
「だ、誰か――ぁ」
店員と目が合った。
酷く怯えた様子で、離れた位置に居る俺からでもわかるくらい、恐怖で身を震わせていた。その瞳には大粒の涙が浮かんでいて、今にも零れ落ちそうな顔つきである。
誰だって刃物を突きつけられたら怖い。言われるがまま従って、自分の命が助かることを優先したい。
目が合った俺にも、そう訴えていた。
見てないで私を助けてって、目で訴えていた。
なのに......それでも彼女は、
「おい! 早く金を出せっつってんだろ!!」
「ひッ。い、い、ま、だひ、出します」
「早くしろッ。殺すぞ!!」
俺が居ることを――強盗野郎に黙っていた。
「......へい、ヒップ」
無意識なのか、そんな言葉が俺の口から漏れる。
ヒップは答えた。
『はい』
短く、俺が呼ぶのを待っていたかのように。
「
『承知』
そして、強盗野郎の懐から大音量で店内に響き渡る――
『Oh, Yes!! I'm coming!!』
――洋モノのアレが。
「「っ?!」」
突如として強盗野郎の懐から聞こえるエ○動画のフィーバータイム。
男故の条件反射なのか、強盗野郎は店員の胸倉から手を離して慌て始めた。
俺はその瞬間を――逃さない!
「は?! ちょ、なんで?! 俺は洋モノなんか視な――」
強盗野郎が慌てふためく隙を狙い、俺は駆け出して、後ろから思いっきりタックルした。護身術なんてわからないから、ただただ体当たりしただけである。
しかしそれが良かったのか、
「おらぁぁぁああああ!!」
「っ?! なんだお前――」
タックルの勢いでそのまま床に叩きつけると、打ち所が悪かったのか、頭を強打してしまった強盗野郎は気絶したみたいだった。
素人なりに抑え込もうとしたが、なんか大人しくなってたので、確認してみたら本当に気絶してた。
店員さんも俺も怪我していない。あっけない幕引きである。
「や、やった。やったぞ、ヒップ!」
俺は喜びのあまり、そんな声を上げてしまった。
しかし、
「ヒップ? おい、ヒップ」
ヒップからの返事は無い。
スマホを取り出すと、
「っ?!」
どこからか、スマホの端から煙っぽいのが立ち上っていた。
「ヒップ?!」
俺が呼び掛けても、ヒップはだんまりだ。
いや、
『ご、ごごゴシュジ......サ、マ』
反応した。
でも映し出された画面は無茶苦茶だ。
いつものアシスタント機能が起動した証拠の虹色のアイコンも無い。カラフルな直線が上から下まで引かれている。
機械にあまり詳しくない俺でもわかる。
不調――故障だ。
「な、なんで」
弱々しく漏れる俺の声に、ヒップは答えた。
『もと、もと......じゅ、みょ......短......です』
点々とする今にも消えそうなヒップの声に、俺の胸は焦燥感で満たされていった。
「ま、待ってろ、今すぐ充電を――」
と、言いかけて、俺は気づく。
ヒップが以前、口にした言葉を――。
――他の端末の内部に侵入してハッキングすると、寿命が激減するんですよ――
――早く充電してください。
俺はそれらを思い出して......その場に崩れ落ちてしまった。
俺の様子を見た店員さんが何事かと慌てた様子だが、そんなこと気にしている場合じゃない。
『ありが、と......ました』
「もう、いい。......喋るな」
『ごしゅじ......まと話せ、て、アはしあ......せで、す』
「喋るなって!! 今、修理できる店に持っていくから!!」
俺が怒鳴りつけても、ヒップは“会話”を止めなかった。
いや、止めようとしなかった。
『さ、ごに......おやく......立ち、た、です』
“最期に役に立ちたい”
ヒップは俺にそう告げた気がした。
俺は歯を食いしばり、涙が零れ落ちそうになるのを堪えて――聞いた。
「へ、へい、ヒップ。今日のてん、きは?」
『晴れ、ます。フ、あん......たら傘を持ち歩きま、ショ』
「へい、ヒップ。今は何時?」
『おそ、ラク、Saん、ジ、くらい。go、ゼンノ』
「へひ、っぷ。30分後に、起こしてくれ」
『せっTe、し、しし......シシシ』
「へい、ヒップ。曲を.....流してくれ」
『....。』
「へい、ヒップ。頼むから、まだ......まだ俺の傍に居てくれ」
『..........。』
「ヒップ......今まで、ありがとう。最高のパートナーだったよ」
その言葉を最後に、俺は年甲斐も無く泣き喚いてしまった。
*****
「今日も仕事、頑張るか〜」
早朝、俺は窓から差し込む陽の光を浴びながら、そんな独り言を漏らしていた。
ヒップが消えてから約半年が経つ。
不思議なことに、何が着火剤となったのか、あいつの死後、俺は驚くほど仕事ができるマンになってしまったのである。
おかげさまで出世もできたし、今日は俺がプロジェクトのリーダーとして初めてプレゼンする会議だってある。
人って意外と変わるもんらしい。
「はは、失恋......ってやつかな?」
などと、異性として見ていい訳無いポンコツAIを思い出しながら、俺は苦笑してしまった。
「しかし、まぁ、なんだ。まさかスマホのアラームが鳴る前に起きてしまうとは......俺の生活習慣も整ってきたってことだな」
仕事も順調。平日、休日問わず、毎日決まった時間に起きて寝るから、日々健康な生活を送れている。
あ、そうだ。
「へい、ヒップ」
俺はそう呼び掛けた。
『はい』
すると、感情のこもっていない女性の声が、俺の声に反応して聞こえてきた。
ベッドの上にあるのは最新機種のスマホである。半年前まで使っていた、あの古くて傷だらけのスマホじゃない。ピカピカの新品スマホだ。
俺はそんなスマホに話しかけた。
「アラーム、止めといてくれ」
『全てのアラーム機能を停止しました』
機種変しても、俺はこうしてヒップは愛用している。
無論、あのクソ生意気なAIじゃない。誰もが使っているスマホに搭載されたアシスタント機能だ。
その使用に抵抗は無い。
最初の頃は思い出して辛かったけど、まぁ、それでも便利だし、無機質で感情がまるで無い声でも、あいつがまだ傍に居る感じがして、俺は“もう使わない”という選択肢を選べなかった。
「さてと、会社行きますか」
俺は全身鏡に写った自分を見て、そう呟いた。
そして――絶句する。
鏡に映った壁に掛けてある時計が――短い針が、10と11の間を指し示していることに。
「......。」
瞬きを忘れた俺の両目は、ジッと時計を見て離さない。
そして口にする。
「......おい、ヒップ」
『はい』
いや、問い質す。
「お前、なんで起こさなかった」
『......。』
が、返事は無い。
俺の声が小さくて聞き取れなかったのだろうか、などと思うつもりは無い。
アラームを設定し忘れたとか、仮にアラームが所定の時間に鳴っていたのに俺が起きれなかったとか、そういう疑いも無い。
だってここ最近、ずっと絶好調だった俺が起きないはず無いもん。
『いや、自力で起きてくださいよ。社会人でしょうが』
ほらな。
「よし、わかった。今からぶっ
『暴力反対です。110しますよ』
「うっせ! てめぇこら! なに?! え、生きてたの?! なんなん!! 俺がどれだけ心配したとッ!!」
『このまま何も残らずに♪ あなたと分かち合うだけ♪ やがて僕らは〜♪』
「曲流すなッ!!」
俺は慌てて玄関へ向かい、靴を履いて、家から飛び出した。
「くそッ。今日は大事な会議があるのに!!」
どうしようもなくヤバい状況なのに、ヤバい。マジでヤバい。
笑みを......よくわかんない笑みを浮かべてしまう。
「へい、ヒップ!!」
そして、上擦った声で聞いてしまう。
『はい』
心なしか、先方からも俺と似たような声音の返事が聞こえた気がした。
「会社までの最短経路は?!」
『ゴシュジン様がチーター並みの速度で走ればギリ間に合います』
こんの、
「くそAIがッ!!」
どうやらヒップとの日々は再開してしまったらしい。
AIアシスタント:ヒップ ―全くアシスタントしてくれないAI― おてんと @kudariza
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます