第4話

 「お前は社会人としての自覚があるのかッ!!」


 「申し訳ありませんッ」


 現在、俺は絶賛怒られ中である。


 職場の上司に、他の社員が居るオフィス内で、大声で怒鳴られている最中だ。


 原因は言うまでもなく、今朝寝坊したせい。


 『朝からうるさい人ですね〜』


 んで、ヒップが諸悪の根源である。


 こいつは俺のスーツのポケットから平然とした口調で話している。


 それも今が初めての発言ではない。俺は怒られてから10分近く経つが、こいつは俺が怒られ始めてから、こうして独り言に走っているのである。


 無論、俺に聞こえるということは、上司にも聞こえていると思ったが、


 「聞いてんのかッ?!」


 「は、はい。反省しております」


 『人は過ちを繰り返す哀れな生き物です。きっと明日も寝坊することでしょう』


 「大体お前はだな――」


 まったく聞こえていない様子なのだ。


 俺が不思議に思っていると、ヒップが不敵な笑い声を漏らしながら、その答えを口にした。


 『ふっふっふ。実はこの端末から発する音響を調整して、このオヤジには聞こえないようにしているんですよ。モスキート音的なアレです』


 え、なにお前、そんなことできんの。


 言われて気づいたが、たしかにヒップの声はいつもより音が高い気がする。


 『だからゴシュジン様にしかアイの声は聞こえないんですよ。今年で32になるゴシュジン様はまだ耳が良いってことですね』


 こ、こいつ、一言余計っていうか、全部余計っていうか......。


 俺を今叱っている上司は50代もいいとこなジジイだから、ヒップの声を聞かれずに済んだ訳だ。


 「おい!!」


 「はい!!」


 が、俺はそんなヒップを気にしている場合では無い。


 頭を下げ続けて、ただただひたすら謝るしか無いのだ。


 このくそAIのせいで。


 『はぁ。仕方ありません、ここは一つ、アイがゴシュジン様を助けてあげましょう』


 え?


 ヒップがやれやれと言った様子で、聞き捨てならないことを言い出した。


 助ける? 俺を? お前が? どうやって?


 俺が頭を下げつつ疑問に思っていると、突然、上司の机の上にあるスマホが――


 『あんッ! だめぇ! 激しすぎぃ!!♡』


 「「っ?!」」


 女性の、それも色気しか感じさせない声が、このオフィス内に鳴り響いた。


 何事かとどよめいたのは俺と上司だけではない。


 この場に居るほぼ全員が、俺らを注目し、その視線の先を上司の机の上にあるスマホへと移す。


 「ななななななな?!」


 上司が慌てだす。


 当たり前だ。職場でエ○動画が大音量で再生されたのだ。


 上司は慌てて、ヤバい声を垂れ流し続ける自身のスマホを手にとって、電源を切った。


 相当慌てていたのか、電源を切るまでにかなりの時間を要したようで、このオフィスに居る社員全員が上司に注目する。


 やがて静寂の間と化したオフィスにて、上司は視線を自身が手にしているスマホに向けたまま俺の名前を呼んだ。


 一瞬、返事に遅れた俺だが、上司はそれを気にせず、次の言葉を述べる。


 「さっさと仕事しろ」


 俺は慌てて自分の席へと駆け出した。



*****



 「はぁ。マジでヤバいよ......。上司悪くないのに、あんな辱めを受けさせるなんて......」


 帰宅した俺は、充電が切れたスマホを取り出して充電をし、スマホを再起動させた。


 すると例のアシスタント機能が起動され、画面状に見たくもないアイコンが映り出て、ヒップが言葉を発する。


 『過ぎたことを気にしたって仕方ないですよ』


 「上司のスマホをハッキングしたお前が言うな」


 そう、上司のスマホが急にエ○動画爆音で再生し始めたのは、言うまでもなくヒップがその端末をハッキングしたからである。


 今朝に続いて二回目のハッキング。見境無いこいつをどう処分すべきか、俺はそろそろ決めないといけない気がする。


 俺は呆れ口調でヒップに語りかけた。


 「お前なぁ。やって良いことと悪いことがあるだろ」


 『スミマセン、ヨク聞キ取レマセンデシタ』


 「こ、こんの......」


 『なにやらゴシュジン様は落ち込んでいる様子なので、アイが慰めてあげましょう』


 「お前は機械だろうがッ」


 女性の声で慰めるなどと言われ、すぐにそっちの方面を意識してしまうのは、俺が一匹の哀れなオスだからだろうか。


 そう思うと、ちょっと泣けてきた。


 『安心してください。ゴシュジン様の好みを熟知したアイが厳選したアダルトなビデオを用意しました。私の奢りです』


 「ねぇ、それ俺のクレカだよね? スマホに登録した俺のクレカを使って買ったんだよね? ?」


 『“勝手に買って”......AIがしょうもないオヤジギャクを検知しました』


 「おいこら! なに適当に流してんだ! 人の金でエ○動画買いやがったな?! このクソポンコツAIがッ」


 『上々 友情!♪ 万事 まじ 快調!♪ ななななななな!♪』


 「だから曲流すなって!!」


 俺は近所迷惑にも関わらず、声を荒げてスマホを叱りつけるのであった。

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