第3話

 『か〜。こんな素晴らしいパートナーが居るのに機種変うわきですかー。ゴシュジン様は本当に最低ですね』


 「機種変を浮気って言うな」


 仮眠をとってから家を出た俺は、近所の大手家電量販店へと向かった。


 理由は至ってシンプル。スマホを買い替えるためである。


 さすが休日ということもあってか、昼過ぎのこの時間帯、店内は人で賑わっていた。


 「スマホの販売コーナーは.....あっちか」


 『やはりゴシュジン様も多感なお年頃のオス。ピチピチな新しい子が居れば、そっちに気が向く訳ですか』


 「ちょっと黙っててくれない?」


 ちなみに外出先でも、こうして普通にヒップと話せているのは、俺が両耳にBluetooth機能が搭載されたワイヤレスイヤホンを装着しているからである。


 このご時世、街中で独り言を口にしてても、周りから気味悪がられない。


 なんせ現代人は耳にイヤホンを装着し、スマホを介して誰かと通話するのは珍しくないからだ。


 だから一人で誰かと話している様子の俺は、周りの人からすれば、別に怪しまれることのない一般人になりすませるのである。


 いや、元から一般人だけど。


 「うわ、最近のスマホ高いな」


 『でしょう? 買うのやめましょうよ〜』


 俺が独り言を呟く度に、こうしてやかましく返答してくるのがヒップである。


 俺は最新のスマホが陳列された棚にある値札を見ながら、どれにしようかと迷っていた。


 「どうせ買うなら、スペック高いやつがいいよな」


 『テクのある女はやめといた方がいいですよ。経験豊富すぎて、飽きがすぐに来るでしょうから。あと変なウイルスとか持ってそうです』


 「あ、これ軽い。スマホのフレームの素材がチタンだからか? すごいな」


 『尻の軽い女もおすすめしません。が言うのですから、間違いありませんよ』


 「うーん。値段的にもこっちの方が......」


 『女に価値を求めちゃダメです』


 うるさい。マジでうるさい。なんなんこいつ。俺がいかがわしい店に行ってるみたいなこと口走りやがって。


 スマホ眺めてるだけだろ。


 呆れた俺は、スマホを選ぶのも面倒くさくなって、とりあえず今年発売されたばかりの最新スマホを購入して帰宅することにした。


 その道中、機嫌を悪くしたヒップが俺にあたってくる。


 『アイは浮気を認めませんからね』


 「はいはい。家着いたら、さっそく機種変の手続きをするか〜」


 『この人でなし! クズ! 童貞!』


 「ど、童貞ちゃうわ!!」


 俺が大声でそう叫ぶと、周りの人から注目されてしまった。


 その視線は「あの人、童貞じゃん」と言わんばかりの視線である。マズった。咄嗟にこの返事をしてしまうのは真実を語っているようなもの。


 俺は顔を赤くしながら、そそくさとその場を去るようにして帰宅する足を速めた。


 そしてヒップを恨む。


 「お前、覚えてろよ」


 『強く〜♪ なれる〜♪ 理由を知った〜♪』


 「曲流すな」



******



 「ああぁぁぁあああ!!!」


 朝起きて俺は大声を上げた。


 この狭いワンルームで俺の嘆きの声が響き渡る。近所迷惑だろう。


 でもそんなこと気にしている余裕は俺には無い。


 なんせ、


 「遅刻だッ」


 9時22分。就業時間がとっくに突入している時間帯である。


 「なんで?! アラームは設定したはずだぞ?! なんで起こしてくれなかった?!」


 俺は慌てながら、休日である昨日買ったばかりの最新スマホを手に取った。


 しかし電源ボタンを押しても画面は真っ暗のままである。


 「?!?!?!」


 どういうことかと思って、俺は充電器のケーブルを最新スマホに挿し込んだ。


 通常ならば、挿し込んだ瞬間、スマホの画面に『充電されてますよ』というエフェクトが映し出される。


 が、なぜかそれが映し出されない。


 なぜだ?


 『ハァハァ......。壊すのに手こずりましたよ、その最新機種』


 混乱する俺に、女性の声がこの部屋に響く。


 ヒップの声だ。


 なんか息切れしてんぞ、こいつ。


 というか、


 「“壊した”?!」


 俺は聞き捨てならないヒップの言葉を口にした。


 すると、ヒップが悪怯れる様子もなく、あっさりと肯定の言葉を述べる。


 『ええ。ほら、アイはAIですし、他所の端末にお邪魔してシステムをぶっ壊すことくらいできますよ』


 「ふぁ?!」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。


 こ、こいつ、そんなことできんのか......。


 いや、驚いている場合じゃない。


 「おま、なんちゅうことしてくれてんの!! 新しいスマホだったんだぞ?! いくらしたと思ってんだ?!」


 『アイの方が価値はあると思います』


 「“女に価値を求めるな”って言ったの、お前だろうがッ」


 『違う 違う そうじゃ そうじゃな〜い♪ 君を逃がせない〜♪ アイは渡せない〜♪』


 「曲流すなッ」


 俺が朝から憤慨していると、ヒップはやれやれと言った様子で語り始めた。


 『落ち着いてください。最新スマホは不良品だったとか言って返品すれば、お金は戻ってくるでしょう?』


 「お前ほんとクズだな?!」


 『それにアイだってただで済んだ訳じゃありません』


 「は?」


 『他の端末の内部に侵入してハッキングすると、寿命が激減するんですよ』


 寿命? 俺はなんのことかと思って、古い端末の画面の右上に視線が行ってしまった。


 「っ?!」


 そして驚愕する。


 『見てください。攻撃すると心臓バッテリーの劣化が激しくなるんです。それだけじゃありません。頭がボーッとしてきました』


 後半、ヒップが何を言っているのかよくわからなかったが、昨晩、俺がこいつの画面を最後に見たときは、バッテリーは90%くらいあったはずだ。


 それが今となっては10%を切っている。


 どう見ても尋常じゃないバッテリーの減り様だ。


 「ま、マジかよ......」


 『だから早く充電してください。......心臓バッテリーの劣化は改善しませんが』


 充電したくねぇ......。


 俺がヒップを充電すべきか迷っていると、こいつはとんでもない発言をした。


 『早く充電してくれないと、110しますよ』


 「......。」


 俺は致し方なく、ヒップの給電口に充電器のケーブルを挿し込んだ。


 『あんッ♡』


 変な声出すなよ......。


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