confiture

@rapport

第1話

 目まぐるしい自動車たちの往来。信号の辺りで蟻みたいに働いている工事現場の作業員たち。月の光なのか街灯なのかもよくわからない可笑しな明かりは、あたり一面を嘲笑うかのように煌々と照らしている。そんな中にいると、時々自分が誰かもわからなくなってしまう。

 次第に明かりは速度をもち、その体積と質量を変えながら渦のように形を変えてゆく。僕は怖くなって、その場を駆け出す。ぐちゃぐちゃに混ざった光の渦が、周囲を巻き込みながら、徐々に速度を上げて僕を飲み込もうと進みはじめた。中心はドス黒く、大きな音を立てて迫ってくる。僕は必死に走る。飲み込まれないように、その危険な渦の周囲に触れないように。蟻たちは渦の中へと消えてゆく。僕は恐ろしくなって、スピードを上げ、息を切らし顔を歪ませながら一本の逃げ道に縋って走る。

 渦は大きな音を立て、木を薙ぎ倒し、瓦礫を引き摺り込み、建物を破壊し、世界を飲み込みながらどんどん迫ってくる。僕は少しずつ疲弊し、足が震え始め呼吸が苦しくなる。口の中は血の味でいっぱいになり、鼓膜が弾けるほどに凄まじい渦の地面を削る音の中で、視界もだんだんぼやけていく。やがて渦は僕を捉え、疲れ切った僕の足を巻き込み始める。まず右足が捻じ切られ、その後左足、胴体へと向かっていく。僕は粉々になり原型のない自分の体を半開きの濁った目で冷静にじっと見つめながら考える。無くなる。亡くなる。

 

 気づくと朝、僕は自分の家の前に立っていた。ああ、今日も逃げ切った。僕は思う。吐き気がするほど明るい太陽の光は、動き始める早朝の東京の街を包んでいた。

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