The seeker

 ”骸”または”屍”。そう呼ぶに相応しい死体だった。

 両指や鼻や耳といった先端部は歪に消え去り、衣類を帯びていない露出部の皮膚や肉が著しく欠損している。加えて、頭から足先までが濡れているのは、強力な殺虫成分を含む忌避性薬剤がタップリと噴霧スプレーされた所為だ。


 死体の傍らには、宇宙空間で使用される船外活動服EMUにも似たズングリとしたシルエット ――《動甲冑アームスーツ》―― 軍用歩兵装備として知られる対NBCスーツが佇んでいる。


 「キリが無いねぇ……」

 外部スピーカー無しでは会話が成立しない程の気密性・抗弾性を誇る頭部ユニットヘルメットの内側で、ボヤキめいた男性の声がこぼれた。

 顔前に配置された情報端末モニターは、薬剤噴霧から15分以上が経過してなお、袖口や口腔から小型の《蟲》を延々と吐き出す死体を映し続けている。


 「……でもまぁ、そろそろ始めるとしますか」

 直視に耐えない光景の中、飄々とした口調の草臥くたびれた声が再び独りごちる。


 「発見日時、西暦2131年4月12日木曜日、東部標準時UTC-5PM3時18分……現在地、州間高速道路57号線、旧イリノイ州マークハム近郊……状況コード《10-31C》」


 コミカルな低頭身に反して全高2m近い巨躯がひざまずき、肩口や頭部に内蔵されたカメラユニット群がレンズフォーカスを繰り返し始める。


 「被害者は骨盤形状から成人女性……損壊激しく年齢推定は困難……」

 

 検死スキル持ちのA.Iからサジェストを受けつつ、時折死体に触れながらの独白は続く。


 「射創GSWから見て、至近距離からの拳銃弾の発砲」

 「命中弾は頭部に三発、心臓付近に三発……」

 「断定は出来ないが、顔面の具合から死亡して1日程度が経過……」

 「十中八九、日常的に銃器を扱うプロフェッショナルの犯行。なお、殺意の高さから怨恨の線も否定できない……そんなトコかな?」


 そこまで口にして再度立ち上がり、今度は頭上へと大型拳銃が向けられる。

 

 ――直後、花火ソックリの破裂音。

 空に、数キロ先からでも視認可能な信号弾の煙が漂いだした。

 

 《動甲冑》を纏った人物は、これで用は済んだとばかりに死体から離れ、色褪せたツタウルシやアメリカヅタが絡まる中央分離帯へ。

 そのまま人間離れした跳躍力を見せ、見晴らしの良い高所へと着地を果たす。


 朽ちた標識が続く南西の方角に広がるのは、黒々とした曇天。

 合衆国内戦で気象兵器が多用された結果、行政府が発表する降水確率チャンス・オブ・レインなど、何の役にも立たない。


 「参ったな……雨で痕跡が消えちまうぞ。随分と面倒じゃないか……」


 気弱な台詞と溜息が漏れるが、動甲冑マスクの下では、薄ら笑いらしき表情が浮かんでいる。《シカゴ》方面から接近する土煙に気づいた後は、更に口角が吊り上がった。



 数分後、履帯クローラ特有の騒音を撒き散らしながら”土煙”が急停車する。

 これからの調査拠点となる装甲輸送車APCの到着だった――。

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婬櫃 -the casket あーてぃ @ptgmgm

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