秋の遠足
空峯千代
秋の遠足
父が亡くなってから、僕は言いようのない何かを失った。
その何かはうまく言葉では説明できない。けれど、人が生きていく上で大切なもの。そして、多くの人が持っているはずのものを自分だけが持てずにいる。
まるで胸に穴が開いてしまったような。漠然とした喪失感を感じながら過ごしていたら、いつの間にか僕は高校生になっていた。
転校を繰り返した僕と母は、海の近い田舎に移ることになった。
大した娯楽もなく、コンビニは一件だけ。よく言えば自然が豊かな、穏やかな土地で僕ら親子は暮らしている。
別の土地、違う学校で生活することに慣れてきた僕は、新しい高校でも順応は早かった。
成績は中の下。部活はせず、これといった特技もない。
落ちこぼれと言えばそうだが、僕は平穏に日々を過ごせるならそれでいい。
当然、友達も目立たず暗すぎない奴と仲良くなった。学校で話せるくらいの距離感でいい。そういう人間が二、三人いれば充分だ。
穏やかな学校生活が送れればそれでいい、僕みたいな人間がいる反面。
どこの学校にも一人くらいは問題児がいるものだ。
うちにとっては、
粳田は、金髪で目つきが悪い。
髪の色を注意されると、大声で「生まれつきだ!」と怒鳴る。
いかにもなヤンキーだ。
そして彼はどういう訳か、急にうちを訪ねてきた。
「……何か用かな」
なるべく簡潔に済ませたい。誰かに見られる前に、早く。
僕は、彼の言葉を待った。
しかし彼は口を開かず、代わりに袋を差し出してきた。
ビニール袋から見える物体は、アルミホイルで包まれている。
「焼き芋、ばあちゃんが持ってけって」
ん、とこちらに差し出された袋。そこから、懐かしいような香ばしい香りが漂っている。
僕は大人しく彼から袋を受け取った。
すると、粳田はなにもなかったみたいにさっさと帰っていく。
僕もなにもなかったみたいに、家の中へ入った。
学校の不良と関わってるような余裕、僕にはない。
そう思っていたのも束の間、粳田と関わる機会が訪れるまで時間はかからなかった。
なんとなくコンビニで売っているアイスが食べたくなり、夜の散歩ついでに外へ出た。
自転車を漕いでいると、風が頬を掠めていく。
秋らしい気温で心地のいい夜だった。
しばらく自転車を走らせ、コンビニが見えてくる頃合いに、僕の目は見覚えのある金髪を捉えた。
思わず自転車を止めると、やはり粳田だ。
建物の陰に隠れていた彼は僕に気づいたようで、僕と目が合った瞬間大きく身体を震わせた。
「俺は、犯人じゃない!!!!!」
粳田から発せられた威嚇のような叫びに怯む。
しかし、彼の叫びを言葉として飲み込んだ僕は、彼の腕を掴んで駆け出した。
「何するんだよ!」
「逃げるんだよ、どこか遠くへ」
粳田は、右手に血の付いた包丁を持っていた。
その包丁は、持っていたハンカチで丁寧に包み、鞄の中へと隠した。
彼を港まで引っ張ってきた僕は、正直この事態を冷静には吞み込めていない。
ただ、彼をこのまま放っておくことができなかった。
「これからどうすんだよ」
「街へ行こう。そうすれば、しばらくは逃げ切れるはずだから」
「金は?」
「僕が出すよ。いくらかは持ってるから」
いつか自動車学校へ行くために貯めておいた金が手元にある。
このお金で、しばらくはネカフェを泊まり歩けるだろうと思った。
「なんで俺にここまでするんだよ」
「だって犯人じゃないんだろ」
『俺は、犯人じゃない!!!!!』
あの叫びは、僕にとって悲鳴のように聞こえた。
だから、僕は夢中になって粳田の腕を取ったんだ。
しばらくして粳田は、頭を掻いてひとこと「わりい」とだけ言った。
僕は、それをこれから始まる逃避行の了承だと受け取った。
秋の遠足 空峯千代 @niconico_chiyo1125
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます