第5話

ナハル・トーリスは元来、元気で明るく優しい性格の娘だった。

調子の良いことを言ったりもするが、人のことをよく見ていて、村の人間にも頼りにされている、誰からも好かれるような娘だった。


そんなナハルと、その妹ルシャナの成人の儀は大勢の人間__、村人全員に見守られながら厳かに執り行われることになった。


「成人の儀?」

「そうだ。お前たちもそろそろ15になる。

ギフトのことを考えていないわけじゃないだろう?」

「ギフト……」


お世話になっていた親戚のおじさんに、そう言われナハルは考えた。

(ギフトをもらえたら、ルシャナの体は丈夫になるかもしれない)

ギフトには様々なタイプのものがある。

外見が変わるもの、体質が変わるもの、人間とは言えない、人外へと変化してしまうもの。

このように、ギフトによって生来の体質が変化してしまうことは少なくない。そしてその中には体が丈夫になるとか、そういうギフトもある。

運良くそういうギフトに当たることができたらルシャナはもう色んな我慢をしなくても良いし、ナハルも苦労をしなくて済むかもしれない。

「うん。俺たち、ギフトをもらうよ」


そうして、二人が15歳になった翌日。成人の儀が執り行われることになった。

「ナハル・トーリス。前へ」

「はい」


儀式の際には村の外から、『祝福の書』を扱うため魔法使いがやってくる。魔法使いは人間ではない。何百年、力のある魔法使いなら何千年もの時を生きることができる。彼らはまさしくギフトの神秘を体現した者たちだった。


見た目はまだ若々しい青年のような魔法使いの手が、ナハルに月光樹の花冠を乗せた。

ナハルは若干の緊張を顔に浮かべながら、『祝福の書』に手を伸ばし、ページを開く。それと同時に、魔法使いが誓文と呪文を唱えた。


「汝に神と精霊の祝福を授けよう。

“イルスタラティオ”!」


空気の澄んだ祭場が一瞬真っ白な光に包まれる。眩しくて、目を瞑らなければ灼けてしまいそうな光だった。

「っ……!」

ぐんっと全身に圧力がかかって、自分の中に何かが入っていく。ふらっと目眩がして、足元がふらつく。瞬間、吐き気に襲われ、そのまま蹲った。

「ナハル!」

「大丈夫。……神と精霊の祝福に感謝申し上げます」


ゆっくり立ち上がって、魔法使いに向かって礼をする。その時、周りからどよめきがあがった。

「?」

「ナハル…!」

ナハルはこの時、全く気づいてなかった。自分では気づけなかった。ナハルが不思議に思うのも束の間、次はルシャナが呼ばれた。

ルシャナはこちらをチラリと見つつ魔法使いの元へと向かい、ナハルと同じように冠を授かった。


ああ、とうとうルシャナは自由になれるのか。

劇的に状況が良くはならなくとも、今よりきっとマシになるはず。

そう、この時は信じていた。

「“イルスタラティオ!”」

「!」

ルシャナが『祝福の書』に触れる、その時まで。


それからのことは、全てが一瞬のことだった。

「っ…!?」

「ルシャナ?」

『祝福の書』に触れ、ページを開いたその瞬間、ルシャナの体に電撃のようなものが走る。

華奢な体にその衝撃が受け止められるはずもなく、ふらりとよろめく。それと同時に、ナハルは走ってルシャナを抱き止めようとした。

そして、魔法使いが『祝福の書』に刻まれた文字に視線を落とし悲鳴を上げるのと___、先程とは比べ物にならない閃光のような眩しい光が辺りを包むのも、一瞬のことだった。


ルシャナを抱き止めた、その瞬間。

何かが、壊れた音がした。


(おかしいな。なんだか足に力が入らない。ルシャナを抱き止めるくらい、普通にできたはずなのに。体が、ふらついて……)

閃光のような光で前が見えない。あたりは嵐の夜みたいな轟音が響いていた。変な話だ。ここは儀式のための祭場で、今日はずっと晴れなのに。

それでも、一歩動いたら死んでしまうような恐怖を覚えて、ナハルはルシャナを抱えしゃがみこんだまま、ぎゅっと目を瞑って嵐のような音が消えるのを待っていた。

何か変な匂いがする、と思ったのは音が消えて光が弱まった頃だった。


「……?」

明らかに普通でない異臭に、そっと目を開く。

目の前に現れたルシャナの顔はどうやら眠っているようだった。

とりあえず何が起こったのか確かめるべく、振り向いたナハルが見たものは……15歳になったばかりの娘には、およそ信じがたく、そして衝撃的な光景だった。


「は…」


無惨に崩れ落ちた祭場。清浄な空気は砂埃で汚れ、あたりには瓦礫と割れたガラスが散らばっていた。瓦礫の下には沢山の人が埋もれ、血を流し、倒れていた。

吹っ飛ばされた腕に、瓦礫に潰された足、飾られていたオブジェに貫かれ内蔵がはみ出た腹。

幾人もの人が叩きつけられたのか、祭場の壁だったものは血と内臓で塗りたくったかのように真っ赤だった。……何より、眩暈がするような血の匂いに吐き気がした。


何が起こったのかわからなかった。

ただただ怖くて、気持ち悪くて、不安で、ルシャナの手を握った。先程とは別の意味で足に力が入らなかった。

崩壊した祭場と血まみれの骸の山に囲まれて、ナハルはしばらく空を見上げていた。清々しい程の青天が、二人を嘲笑っているように見えた。


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Eden 春巻き @chorisu08

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