第2話


「怪しい!怪しいですよポレオ様!」

「そんなことは僕だってわかってるよ」

「あんな怪しい子供を、城に置いておいていいんですか!?」

「良いも何も、君が連れてきたんだろう、ジューク」


うっ、と返答に詰まる。

そう。あの獣のような少年を連れてきたのは他でもない自分だ。

(だって、あんな乱暴で、獣みたいな奴だと思わないじゃないか!

あんなのにポレオ様が襲われたり、危機が迫ったとしたら……!)


ジュークは助けたことを後悔し始めていた。

彼の主君、ポレオは優しい男だ。

【時計の森】で遭難した子供を保護するくらい認めてくれる。この状況はその優しさに甘えた自分への罰だろう。


(だが、あそこで俺が連れてこなければ、少なくとも少女の方は……)

少年の言うルシャナという少女は、酷く衰弱していた。まるで何日も水や栄養を摂っていないかのような。

城へ連れてきてから、とりあえず水は飲ませる事に成功したが、食べ物は一切口にしなかった。

ジュークは共にいた少年の様子も思い出して、眉間に皺を寄せる。

(なんだか、妙な子供を拾ってしまったな……)


しかし、拾った以上どうにかせねばならない。

そこらの犬猫とは違うのだから。

ジュークは大きくため息をついた。

それは隣を歩いていたポレオにも聞こえたらしく、彼はくすっと笑う。

「ジューク。頼みがある」

「はい、なんでしょう」

「今から僕は調べ物をするから、その間彼らの様子を見ていてくれ。

あまり少年を刺激しないようにね」

「はっ……はい」


ジュークは心の底からポレオを崇敬している。

彼からもらえる仕事は自分の誇りだし、嬉しく思う。

が、今回ばかりは少し、憂鬱だった。


「いやいや、この程度の仕事、熟せなくてどうする。俺はポレオ様の側近なんだ!」


ポレオと別れた後。憂鬱を振り払うようにパンッと頬を両手で叩いた。

しかし、少年の怒りを買わずに様子を見るとは、一体どうするべきか……。

庭へ出て、ルシャナの部屋を外から見た。まだ寝ているのか、窓からルシャナの姿は見えない。少年の姿も、見えなかった。


____ルシャナから離れろ!


「…………」

腰に下げた剣の柄を触る。

あの少年は、まるで昔の自分だ。

まだ、ポレオと出会う前の……。

不安定な、自分。


(あの少年は、何か隠している)


それが何かはわからないが、もしも彼らがポレオの害になるのであれば。

(ポレオ様の命令に背いてでも、斬る)



          ⭐︎


それから、数日が過ぎた。


ジュークの朝は早い。

当然のことながら、主人たるポレオより先に起きて朝の準備を済ませ、ポレオの起きる時間まで稽古をしている。


ナハルとルシャナの様子を見る(という名の監視)をするため、ジュークは彼らの部屋の下で剣の稽古をしていた。これで異変があったらすぐに駆けつけられるだろう、と思ったが故だ。

ヒュンッヒュンッと剣が風を切る音がする。


「ねぇ、ちょっと」

「……」


この時間は稽古だけではない。精神統一にもなるし、何かに集中するための時間とは気持ちがいい。


「おい!無視するな!おーい!!!」

「はっ」


朝の静けさに大声が響き渡って、現実に引き戻される。大声は、頭上からだ。

「少年……?」

「朝から!ビュンビュンビュンビュン煩いんだよ!ルシャナが起きるだろ!」

「いい加減その娘は起きても良いと思うが」

「煩い!」


ここ数日、側近としての仕事がない時はここで稽古をすることが多かった。しかし、その間にルシャナが起きている姿を見たのはたった一、二回程度。猫より寝ているんじゃないか?と思うほどには、彼女が起きて動いている姿は珍しい。


「俺たちはこの二日三日、お前の稽古の音にずっと耐えたんだぞ!そんなに俺たちが気に食わないなら、さっさと追い出せばいい!」

「む…。嫌がらせのつもりではなかったんだが、そうか」

「嫌がらせじゃない!?じゃあなんだってんだ!」


見張ってました。

と、馬鹿正直に言えるはずもなく。


「ここはいつもの俺の稽古場所なんだ。ほら、日当たりも良くて気持ちいいだろう」

勿論嘘である。いつもは【時計の森】のはずれにある開けた場所でやっている。

「仮にも客人がいる部屋の前なら稽古場変えろよ!」

ぐうの音も出ない。

全くもってその通りだが、そんなことは自分にだってわかってはいる。

(だが、部屋に入ったら怒るしな…)

それに、客人を大切にしろと言ったポレオがジュークの行動を見逃しているのは、おそらく見張りはもうジュークに任せた仕事だからだろう。

(……そうだ)


「少年、提案があるんだが」


         

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